16.紹介
彩那視点
「紫音ちゃん、お待たせ」
「彩那さん、お疲れ様です。会いたかったです」
仕事を終えて、待ち合わせをしていたお店の前で紫音ちゃんと合流した。
月曜日の朝に会ったのが最後だから、4日ぶりになるのかな? こうして、会いたかったと言って貰えるのは嬉しい。
「私も」
「え、可愛い……では、行きましょうか」
ドアを開ける前に気合いを入れているけど、気合いを入れなきゃいけないのって私なんじゃない? ”何も心配いらない”とは事前に言われたけど、認めないとかあるかもしれないし……
「お、来たね。いらっしゃい。カウンターでいい?」
紫音ちゃんがドアを開ければ、親しげに声がかけられて、すぐにこの人が真帆さんだって分かった。紫音ちゃんと雰囲気がよく似ている。
「彩那さん、カウンターでも大丈夫ですか?」
頷けば、真帆さんに返答して、慣れたようにカウンター席に誘導してくれた。何人かのお客さんからも親しげに声をかけられているから、お互いに常連なんだろう。私にも、さり気なく視線が送られているのが分かった。
「彩那さん、叔母の真帆ちゃんです。真帆ちゃん、私の恋人の彩那さんです」
「初めまして。横川 彩那です」
「初めまして。高宮 真帆です。紫音と美和子から聞いて、会えるのを楽しみにしていましたよ。思っていた以上に素敵な方ですね。記念すべき1杯目は私に任せてもらっても?」
「……無駄に顔がいいんだから、その流し目やめてもらえる? 彩那さんを誘惑しないで。美和子ちゃんに言いつけるからね」
「これくらい挨拶じゃん。手を握った訳でもないのに」
……うん。美和子の言う通り、チャラい。綺麗な顔立ちで、紫音ちゃんで見慣れていなかったら見惚れていたかもしれない。
身長は紫音ちゃんと同じくらいか、それ以上。2人並んだらさぞ絵になるだろうな……
「はぁ? 手とかぜっったいにダメだからね!」
「おー、余裕ないねー」
「そんなものありませんけど!! 真帆ちゃんは彩那さんに触れるの禁止! いい!?」
「はいはい。昔はあんなにまーたん、まーたんって可愛かったのに……ほら、呼んでみな? 可愛くまーたん、って」
「嫌」
「私の可愛い可愛い紫音たんが反抗期で悲しい……」
「紫音たん言うな」
嫌そうにする紫音ちゃんを楽しげにからかう真帆さんを見て、確かにこれは気合を入れる必要があるかもなぁ、と苦笑した。
こんな風に反抗している紫音ちゃんはなんだか新鮮。
「彩那さん、ちょっと紫音のこと紫音たんって呼んでみて貰えます?」
「ちょっ……」
「紫音たん?」
「ーっ!?」
「いいね、彩那さん分かってるねー! あれー? 言われたくなかったのに真っ赤になってどうしたのかなー?」
「うっっざ!! あ、彩那さんにじゃないですからね? 彩那さんからならどんな風に呼ばれても嬉しいので!! 本当ですからね!」
うん、可愛い。ニヤニヤする真帆さんとの攻防がしばらく続いて、紫音ちゃんが反抗するほど真帆さんは可愛くて仕方がない、という感じだった。
「はぁ……疲れた……」
「ふふ、仲良いんだね」
「そうですね。彩那さんを連れてきたら絶対ああなると思ってました。今までは、当たり障りのない挨拶をして終わり、って感じだったんですけど、彩那さんには絶対違うだろうなって思ってて。あれは親しい人に見せる真帆ちゃんなので……普段はあんな感じです」
ぐったりカウンターに突っ伏した紫音ちゃんは、新しく来たお客さんを接客している真帆さんの方を示して言った。
視線の先を見れば、さっきの無邪気な笑顔ではなく、穏やかに微笑んでいて、大人の女性、という雰囲気の真帆さんが居た。
「どうしたの?」
美和子の言う通り、あれはモテるだろうなぁ、と真帆さんを見ていたらそっと手を握られた。不安そうに見上げられて、普段は身長差もあるし見上げられることなんてないからなんだか新鮮。
「……真帆ちゃんみたいな大人の方がいいですか?」
「どうして?」
「だって、ずっと真帆ちゃんの事見てる……」
拗ねたように言う紫音ちゃんにキュンキュンする。何この可愛い子??
「真帆さんがいいって言ったらどうするの?」
「えっ……真帆ちゃんはもう美和子ちゃんを見つけちゃったから、彩那さんが辛い思いをするだけです。彩那さんがどれだけ魅力的でも、真帆ちゃんも”高宮”だから……この前少し話したけど覚えてますか? うちの家系のこと」
動揺しつつも私のことを第一に考えてくれる紫音ちゃんは、身体を起こして真剣な眼で私を見つめてくる。
「うん。諦めが悪い、だったよね?」
「そうです。この前は濁しちゃいましたけど……好きな人が出来たら、その人しか見えなくなるんです。私は彩那さんに出会うまではそんなの信じてなかったんですけどね……親族の話を聞く度に、自分には無縁だろうって思ってました。むしろ、話を聞く度に激重だし、”高宮”に捕まっちゃった相手が可哀想だなぁ、とまで思ってました。だから、もしも彩那さんが他の人を選ぶなら……それで彩那さんが幸せになれるなら、ちゃんと身を引きますから。でも、好きでいることは許してください……ごめんなさい」
泣きそうな顔でそんな事を言う紫音ちゃんを見て、ちょっとからかおうかな、なんて思った少し前の自分を殴りたくなった。
「……ごめんね。真帆さんのことはなんとも思ってないよ。私が好きなのは、紫音ちゃんだから。身を引くなんて言わないで? 激重なのは私もだし、誰にも渡さないって言ってくれた方が嬉しいな」
「彩那さん……はい。絶対、誰にも渡しません」
「うん」
良かった、と再びカウンターに突っ伏した紫音ちゃんの頭を撫でればもっと、というように見上げられて可愛さに頬が緩む。お酒も飲んでいるのと安心したからか、少しすると寝息が聞こえてきた。
「あれ、紫音寝ちゃった?」
「はい」
戻ってきた真帆さんが優しい目で紫音ちゃんを見ていて、大切に思ってるんだなって伝わってくる。
「彩那さん、あー、彩那ちゃん、でいい?」
「はい。敬語も不要ですよ」
「ありがとう。紫音に好きな人が出来たって聞いた時、紫音も見つけたのか、って嬉しかったんだ。付き合えることになった、って連絡を貰った時も本当に嬉しくて……紫音を選んでくれてありがとう」
「いえ、そんな……むしろ私でいいのかなって」
「紫音には彩那ちゃんしかいないよ。高宮側は満場一致で歓迎すること間違いなしだから安心して。紫音から何も聞いてない?」
紫音ちゃんから”何も心配いらない”と言われたのは本当だったみたい。
「一応、何も心配いらないとは言われています」
「言葉足らずだなぁ……昔の話だけど、親族に反対されて駆け落ちとか、引き離されて衰弱したりとか、色々と悲劇があってね。同意の上なら反対は許されないってことになってる。一応、家訓ってやつになるのかな。もちろん、相手が望まなかったり、無理矢理とかは親族総出で引き離すよ。そっちも、まぁ過去には色々と、ね」
真帆さんから、知りたいなら教えると言われたけれど、お断りしておいた。知りたくなったら紫音ちゃんに聞くと伝えれば、それがいいねと優しく笑ってくれた。
「うーん……」
「紫音ちゃん、起きた?」
「あれ……? うわっ、もしかして寝てました!?」
「うん」
「すみませんでした……退屈でしたよね」
「真帆さんとお話してたから大丈夫だよ」
「そうそう。紫音の恥ずかしい話なんて教えてないから大丈夫」
「あぁ、最悪……もう帰る……」
美和子ともこんな感じのやり取りをしていたし、紫音ちゃんへの接し方がよく似てる。きっと、ここに通ううちに美和子が真帆さんに似ていったんだろうな。
拗ねる紫音ちゃんを宥めて、今度は美和子も混ぜて4人で会おうと約束して真帆さんのお店を後にした。
「あの、彩那さん……真帆ちゃんから何を聞きました?」
「ふふ、秘密」
「えぇ……こわぁ……」
「ほら、帰ろ?」
「帰ります!!」
手を差し出せば、嬉しそうに恋人繋ぎをしてくれた紫音ちゃんは一気にテンションが上がったように思える。
泊まりの約束をしていたし、明日は紫音ちゃんも休みだからゆっくり出来る。出かけてもいいし、のんびり映画を見て過ごすのもいいな。紫音ちゃんに何がしたいか聞いてみよう。
紫音ちゃんとなら、きっと何でも楽しいだろうから。




