15.嫉妬
紫音視点
「あー、疲れたぁ……」
「お疲れ様。彩那効果が絶大だったね」
「彩那さん効果って何……?」
「幸せオーラが溢れてるというか、人を寄せつけない笑顔だったのが変わったというか……間違いなく、彩那と付き合えることになって起きた変化でしょ」
閉店後、美和子ちゃんと駅に向かいながら、忙しかった今日を振り返る。普段はそこまでお客さんに話しかけられることはないけれど、今日はなんだか凄かった。何時に終わるのかとか、明日も仕事なのかとか聞かれたり、連絡先を渡されそうになったり。
美和子ちゃんの言う幸せオーラ? が溢れてるなら、話しかけられないんじゃないの?
「彩那と知り合ってから穏やかになったけど、今日はまた一段と優しい雰囲気になってるから、お客さんも話しかけやすかったんだと思うよ」
不思議そうな私に気づいて、美和子ちゃんが教えてくれた。
「そんなに違う?」
「違う」
「自分では何も変わってないと思ってるんだけどな」
「まぁ、自分では分からないかもね。この後彩那のところに帰るんでしょ?」
「ううん。自分の家に帰る」
「へぇ?」
本当はこのまま彩那さんの家に帰りたい。でも、もう寝る準備をしているだろうし、迷惑をかけたくない。あとは、彩那さんと一緒に寝たら絶対触れたくなる。別々に寝るのも嫌だし。
「こんな時間に行ったら迷惑じゃん」
「ちょっと、私はそんなこと気にされたことないけど?」
「私が遅い日は美和子ちゃんも仕事だったじゃん」
「……確かに」
「あとは、美和子ちゃんにはそういう気が起きないし?」
「若いねぇ」
ニヤニヤしながら見られて、自分から言ったのに恥ずかしくなった。こんなこと話したなんて、彩那さんに怒られちゃうかな?
「あ、そうだ。今週金曜日に真帆ちゃんの所に彩那さんを連れていくことになったよ」
「メッセージもらったから知ってる。やっと会える、って楽しみにしてたわ」
「彩那さんも、楽しみって言ってくれてて」
「遂に紫音が彼女を紹介するのかー。感慨深いわ」
「色々お世話になりました」
「私も仕事終わるの早い日なら行ったのに」
「4人では、また改めて」
「だね」
美和子ちゃんと出会わなければ彩那さんにも出会えなかったし、感謝しかない。
「じゃ、頑張れ~」
「……頑張れ?」
「何でもなーい! 気をつけてね! また明日」
「うん。美和子ちゃんも気をつけて」
何故かニヤニヤしていた美和子ちゃんと駅で別れて、彩那さんにメッセージを送ろうとスマホを開けば、少し前にメッセージが送られてきていた。
【終わったら電話して? 起きて待ってるから】
「なんだろ……あ、彩那さん? 今終わりました」
『お疲れ様。今日、凄かったんだって?』
「え?」
『紫音ちゃんがお客さんからひっきりなしに誘われてたって』
「え……なんで知って……? 美和子ちゃんか……」
すぐに、ニヤニヤしていた美和子ちゃんが浮かんだ。これ、絶対楽しんでるでしょ。確かに誘われたけどどれも断ったし、連絡先だって受け取ってないのに。それはちゃんと伝えてくれたんだよね?
『会いたい』
「……っ、すぐに行きます」
『うん。待ってる』
会いたい? そんなの、私だって会いたい。
電車が来るのが普段より遅く感じて、彩那さんの家の最寄り駅に到着するなり、久しぶりに全力疾走。
とにかく、彩那さんに1秒でも早く会いたかった。
「はぁ……は……あや、なさん」
「え、紫音ちゃん大丈夫? 早いと思ったら、走ってきたの?」
「ちょっと、まってくださいね……っ」
彩那さんから貰った鍵を早速使って、オートロックを開けた。感動する間もなく、彩那さんの部屋に向かう。エレベーターを待つ時間すら惜しくてボタンを連打してしまった。
部屋のインターホンを鳴らして、ドアが開いたと共に玄関に崩れ落ちた私と視線を合わせるように彩那さんもしゃがんでくれて頭を撫でてくれた。
彩那さんを抱きしめる予定だったのに、かっこわる……
「お茶、ありがとうございました」
「ううん。落ち着いた?」
「はい。こんなはずじゃなかったんですけどね」
「急いで来てくれて、嬉しかった」
「それなら良かったです……っ、あやな、さん?」
ソファに横並びで座っていた彩那さんが私の太ももに乗ってきて、向かい合わせになった。やっば……かわいい。すっぴんでこの可愛さってどうなってるんだろう?
「……んっ」
可愛いなぁ、とボーッと見ていたら、首に腕が回されて、唇が重ねられた。待って、やばぁ……嫉妬? 嫉妬なの? どんどん深くなる口付けに、こんな嫉妬ならいくらでもして欲しいな、なんて考えながら身を委ねた。
「ごめん」
「なんで謝るんです? 嬉しかったのに」
少しすると満足したのか、私の首筋に顔を埋めて、ポツリと謝られた。
「紫音ちゃんは嬉しいって言ってくれるんだね」
「だって嬉しいことしか無かったので。会えないと思ってたのに会えたし、キスして貰えたし」
「そっか……ありがとう」
「こちらこそ。本当に、嫉妬してもらえて嬉しいですよ。彩那さん、顔見せてください。もう1回キスしたいです」
彩那さんの反応から、元カレ達は違ったんだろうなぁ、なんて思いながらも、私は違うということをしっかり理解して欲しかった。言葉でいくら伝えても、不安は残るだろうから。
「紫音ちゃん、帰っちゃう?」
ねぇ、可愛すぎますよ? 本当に可愛い。このままベッドに連れこんでもいいですか??
「帰りたくないです」
「紫音ちゃんが大変じゃなかったら、泊まってほしい」
「もちろん、泊まります」
こんな可愛い彩那さんを置いて、家に帰るなんて選択肢は無い。
「良かった。お風呂入るでしょ?」
ぱあっと笑顔になった彩那さんは私の上から降りてしまって、引き止めたいけれど、もう遅い時間だし彩那さんは朝早いよね……ここは、素直に従おう。
「はい」
「脱衣所に紫音ちゃん用のケースを用意したから、使って? 着替えとかは入れてあるから」
「えっ、ありがとうございます……お風呂お借りします」
「うん。ゆっくり入ってきて」
脱衣所に行けば、置いていった着替えは私用にと空けてくれたケースに畳んで入れてあった。ちゃんと恋人になる前は全部持ち帰っていたから、この光景は物凄く嬉しいし、私が帰った後に用意してくれた彩那さんの気持ちが何より嬉しかった。
「彩那さん、お風呂ありがとうございまし……た。待たせすぎちゃったみたいですね」
「んー、おかえり」
待っててくれたことにキュンとして、ソファで目を閉じていた彩那さんが眠そうに目を擦る姿に更にキュンとして、おかえり、の言葉に愛しさが募る。これ以上好きにさせてどうするんです?
「寝ましょうか」
「うん」
「歩けます?」
「うん」
”うん”しか言わなくなった彩那さんの手を引いて、寝室に移動すれば枕が2つ並んだままになっていて、もうこのまま一緒に住めないかなぁ、なんて考えてしまった。
「彩那さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
ベッドに入った彩那さんを抱き寄せれば抵抗なく身を委ねてくれて、すぐに寝息が聞こえてきた。
普段きっちりしている人の隙というか、ギャップにずっと心臓がうるさい。無防備すぎてちょっと辛いけど、信頼されてるってことだし、大人しく寝ようと目を閉じた。




