12.答え
「彩那さん、アイス買ってもいいですか??」
「いいよ」
「ありがとうございます! 彩那さんは何にします?? 私は何にしようかなぁ」
食材を買いに来て、アイスコーナーに差し掛かれば、キラキラした目でアイスを買っていいか聞いて来る。
嬉しそうにアイスを選ぶ姿は年相応。普段は大人っぽいから、こういう姿を見るとやっぱり歳下だな、って思う。
作り置きをしてくれたり、ほとんど私のためだから食材買い出しの時の会計は私持ち。最初は抵抗されたけど、納得してもらった。
「今日はチョコミントじゃないの?」
「チョコミントもいいんですけど、この新作も悩みますね……うーん」
真剣に悩む紫音ちゃんが可愛くて、これは貢いじゃうよなぁ、なんて変に納得してしまう。
「彩那さんは決まりました?」
「とりあえず、チョコミント以外」
「はは、ですよね。知ってました」
「悩んでるみたいだけど、ふたつ買う? 今日食べなかった方は来週来た時に食べたらいいよ」
「……っ、来週……そうやって、自然に来週って言って貰えて嬉しいです。じゃあ、冷凍庫に入れさせてもらいますね」
言葉に詰まったけど、すぐに嬉しそうに笑ってアイスを2つカゴに入れた。紫音ちゃんの言葉で、私から来週のことを話題にしたことってなかったのか、と気づいた。思えば、毎週来ているのに、家に紫音ちゃんの私物は1つもない。
こんな言葉一つで、そんなに喜んでくれるんだ、となんだか胸が苦しくなった。
会計を済ませて、買ったものを手にしている紫音ちゃんを盗み見る。
さりげなく車道側を歩いてくれたり、私に渡す袋は軽いものしか入っていなかったり、常に気遣ってくれる。目が合うと優しく笑ってくれて、私の話をうんうん、って楽しそうに聞いてくれる。
今でさえこんなに良いところが沢山あるのに、付き合うことになったら紫音ちゃんはどう変わるんだろう? と自然と考えている自分に気づいた。
一歩踏み出してみようかな。
「では、そろそろ帰りますね」
「あのさ、紫音ちゃん……今日泊まっていかない?」
「……え? 泊まり、ですか?」
「着替えなら貸すし、だめかな?」
「あー、その、お誘いはそれはもう嬉しいのですが帰ります。私の気持ちを知っていて誘うなんて、私の事好きなんじゃ? なんて勘違いしそうになるので、そんなこと言ったらダメですよ」
一歩踏み出すっていってもどう切り出そうかな、と考えていたら紫音ちゃんが帰る時間になってしまった。しかも断られている。それもそうか。私の気持ちは伝えてないんだし。
「勘違いじゃないよ」
「ですよね。ちゃんと分かってます。勘違い……ん?」
こてん、と首を傾げたまま、考えている紫音ちゃん。反応を待っていれば、期待半分、不安半分といった顔で見つめられた。
「あの、彩那さん? 勘違いじゃない、って……期待してもいいってことですか?」
「うん。紫音ちゃんは、まだ好きでいてくれてる?」
「もちろん好きです!」
「良かった……私、結構甘えるし、重いって言われるけど平気?」
「え、大歓迎ですけど……もしかして、付き合ってもらえたり……?」
「うん。お願いします」
「えぇぇ、どうしよ。本当ですか?? 付き合ってくれるんですか……? 冗談とかじゃなくて??」
「少し落ち着こう?」
「いやいやいや、無理ですって。え、いつから??」
「とりあえず、座ろ」
混乱している紫音ちゃんの手を引けば大人しくついてきてくれたから、ソファに座らせた。
「彩那さん、ドッキリとかだったら早めに言ってくださいね」
「ふふ、そんな事しないって」
少し落ち着いた紫音ちゃんが、大丈夫です、分かってますから、みたいな顔をして言うから笑ってしまった。疑り深すぎじゃない?
「じゃあ、本当に、私の事……その、好きってことですか」
「うん。まだ、紫音ちゃんと同じだけの気持ちを返せないかもしれないけど……紫音ちゃんが好きだよ」
「ーっ!!」
「紫音ちゃん、真っ赤」
「あー、見ないでください……ちょっと待って……こんなの知らない」
真っ直ぐに好きだと伝えてくれていたのに、私がただ一言好きと伝えただけでこんなに真っ赤になるなんて、ギャップありすぎじゃないか、と早速知らなかった一面を見ることが出来て嬉しい。
両手で顔をおさえて唸っている紫音ちゃんには少し時間が必要かな、と飲み物を準備しに立ち上がれば、それすら気づいていないみたいだった。私も少し落ち着こう。
「彩那さん。なんで離れるんですか」
「っ!? 飲み物を用意しようかな、って」
後ろから抱きしめられて、心臓がはねた。首筋に顔を埋めてくるから、柔らかい髪の毛がくすぐったい。
「いい匂い」
「でしょ? ローズティーにしようと思って。紫音ちゃん飲める?」
「飲めます。でも、いい匂いっていうのは紅茶じゃなくて……彩那さんです」
「っ、ちょっと……」
さっきまで真っ赤になっていた子と同一人物だろうか? 耳元で囁かれる声が全然違うし、首筋や耳に口付けが落とされた。
「彩那さん、こっち向いてください」
「ん……少し待って?」
「無理です。待てません」
紫音ちゃんは紅茶を淹れる時間も待てないらしい。確かに待たせたもんな、と振り返れば、余裕の無い表情が目に入った。こんな表情をさせているのが自分だと思うと、胸が高鳴った。
「彩那さん……」
頬に手が触れ、優しく撫でられる。同意の意味を込めて目を瞑れば、息を飲んだあと、ゆっくり唇が重ねられた。
「ん……っ、しおんちゃ……」
「はぁ……かわい……」
ぼんやりする頭で、紫音ちゃんはキスが上手いな、なんて考えていたら再び唇が重ねられて、シャツの隙間からするりと手が入ってきてそれどころじゃなくなった。
「ちょ……っと、まって」
「待てません」
あの、紫音ちゃん? ここで? ここでなの? ホック外すの慣れてない?? もういい大人だし、泊まりに誘ったのは私だし……何回目のデートで、みたいなことはないけれど最初はやっぱりベッドがいい。あとはお風呂にも入りたい。
「んっ、だめ、待って。はい、この手も離そうね」
「……はい」
さっきまでは強気だったのに、私の拒否にしゅんっとして、シャツの中に入っていた手が離れた。
「紫音ちゃんに問題です」
「……もん、だい??」
怒ってないの?? というようにキョトンとして見つめてくるから、頭を撫でておいた。
「ここはどこでしょう」
「……彩那さんのお家です」
「うん。私の家の?」
「……キッチンです」
「正解。最初なのに、ここ?」
「っ!! あー、もう、ごめんなさい。キスで理性とびました……ベッド、行きたいです」
素直で可愛い。でも、ごめんね。お風呂が先。
「その前にお風呂入りたい」
「えぇぇ……お預け……」
「紫音ちゃんもお風呂入るでしょ? 下着も私のでいい?」
「……彩那さんがお風呂に入ってる間に下着だけ買ってきます」
「1人で大丈夫?」
「はい」
「これ、鍵ね。お風呂、途中で入ってきてもいいからね」
「えっ!? ちょっと、彩那さん!?」
呼び止められたけれど、聞こえないふりをしてお風呂場に向かった。さて、紫音ちゃんはどうするだろう?
「出たよー。次どうぞ。着替え置いてあるから」
「ありがとうございます。鍵、戻してありますので。彩那さん、寝ないで起きててくださいね??」
「うん。多分大丈夫だと思うけど、寝てたらごめんね?」
「多分っ!? すぐに出てきますから! 絶対起きててくださいね!」
結局入ってこなかった紫音ちゃんは、私の回答に不安を覚えたらしい。反応が可愛くてつい意地悪したくなる。Sじゃなかったはずなんだけどな……
ベッドの上でスマホをいじっていれば、紫音ちゃんが髪を拭きながら寝室に入ってきた。濡髪のイケメンがいるよ……
起きていた私を見て安心したように笑った紫音ちゃんがカッコよくて、お風呂の後にしたのは失敗だったかもしれないな、なんてちょっと思った。
「あの、彩那さん、この服って……」
「ん?」
複雑そうな表情を見て、元カレのものだと思ってるのかな、と察した。
「大きめのTシャツが好きで何枚か持ってて。私のだから安心して」
「そっか、彩那さんの……これを着ている彩那さん、見たいです」
「え?」
「大きめのTシャツを着た彩那さん、絶対可愛いですよね」
「あ、うん、ありがとう……? そのうちね」
「約束ですよ?」
なんか予想外の返答が返ってきた。見ても別にいいことないと思うけどな、と思っていれば、紫音ちゃんがベッドに片膝をついて、ゆっくり唇が重ねられた。
自然とキスをしてくる紫音ちゃん、やっぱり慣れてるな……
「……ん、紫音ちゃん、髪乾かさないと」
「そのうち乾くので、いいです。それより、早く触れたいです」
「風邪ひいちゃうでしょ。ドライヤー取ってくるね」
「また!? またお預けですか!? 彩那さんがいじめる……」
焦らしているようで申し訳ないな、とは思うけど、少し私が落ち着く時間が欲しい。
「乾かしてあげるから」
「……それなら、まあ」
ドライヤーを取って戻ってくれば、紫音ちゃんは大人しくベッドの上に座っていた。風を当てれば気持ちよさそうに目を瞑ったから、思う存分綺麗な顔を堪能しよう。
「はい、終わり」
「ありがとうございます。彩那さん、ここ来てください」
ここ、と示されたのは紫音ちゃんの足の間で、どっち向きで座ろうか悩んだけれど、驚かせたくて向き合うように座った。
「っ、あやな、さん……」
「お待たせ」
「はい。いっぱい待ちました。なので、もう待ちません。というか、待てません」
「うん。もう待たなくていいよ」
「ふー、かわい……結構限界なので、あんまり煽らないでください」
そういう紫音ちゃんは確かに余裕が無さそうで、深呼吸をした。私も緊張しているし、紫音ちゃんに身を委ねようと目を閉じた。
「あー、もう……彩那さん可愛すぎるんですけど……可愛すぎてつらい……なんなんですか? えっちの時の甘え方なんて、私の心臓止めに来てます?」
ギュッと私を抱きしめながら、ぶつぶつ呟いている紫音ちゃん。これは、褒められてるってことで良いのだろうか?
「私より先に彩那さんを抱いた人がいると思うと、元カレ達の記憶を抹消したくなりますね。こんな事、思ったこと無かったです」
「それはお互い様、ってことで。私も、今までの紫音ちゃんの相手に嫉妬してる」
「……そうですよね」
私の言葉に、紫音ちゃんは気まずそうに目を逸らした。今までの人をどんな風に抱いてきたのかは分からないけれど、きっと優しく抱いたんでしょ?
私は独占欲が強い事を自覚しているし、過去のことを持ち出しても、お互い傷つくだけでいいことなんてない。
「これからはお互いだけ、でしょ?」
「もちろんです。彩那さん以外には触れたいとも思いません。ずっと、大切にします」
そう言って笑う紫音ちゃんの表情が優しくて、私も紫音ちゃんを大切にしようと誓った。
お読みいただきありがとうございました!第2章完となります。
第3章開始までお時間頂きます。