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神は死んだ  作者: 汲々岩泥
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蒼い灯りへ

空を見ていた。散歩中のことだった。


鉛状の鈍重な塊がいつも体にのしかかっている。理由は解らない。いや、理由が有り過ぎるのかもしれない。


でも、空を見ていると、ほんの少しだけど、この重みが和らぐのだ。


神様に信者が付いてくる様に、質量のある物体ほどその万有引力が増す様に、「大きい」には「小さい」を引き付けてくれる性質がある。


それと同様に、僕は空に引き付けられる。空というのは誰にでも開かれた心理カウンセラーだ。全世界の鬱屈とした地上の民を丸ごと受け止めてくれる器量があるのだ。


もうしばらく空を見つめていた。もう少しだけ。すると。


バッファローが現れた。奴はこういった。


「つまらない」


「ああ、苦しい」


「神は俺を救済なんかしてくれない」


「あんな浮気野郎には俺を救えない」


「俺だけを見てくれる奴が欲しい」


「俺だけ幸せになりたい」


奴はそう捨て台詞を吐いて、あっという間に溶け出した。跡には頭蓋骨だけが遺った。歪に捻じ曲がりながらも、空へ向かって大きく伸びたあの双角が印象的だった。


意味が解らなかった。いやそれ以上に……


僕は気分が悪くなったので帰りたくなった。


机には少年が俯いていた。


少年の辺りは酷く無愛想に見える。机にベッドに、いくつかの漫画本や小説が詰まった小ぶりの本棚がちょこんとある比較的ミニマルな部屋だ。

バトル漫画から、恋愛小説に、物理学の本や、哲学書まで、まあまあ幅広いジャンルが取り揃えられている。


僕はやはり考えていた。なんだアイツは。だいたい牛が喋るなんて意味が解らない。きっとあれは夏の白昼夢だったに違いない。


でも、アイツの気持ちが解らない訳ではない。


確かに空は全ての人の共有物だ。救われているのは

僕だけじゃない。


僕は所詮多数の中の一つでしかない。僕を救済したくて救済してしている訳ではない。僕が勝手に救済されているだけだ。



僕の存在は、初めから無いのだ。



その瞬間あの塊が一層重くなったのが解った。目のあたりが腫れぼったく感じた。


口の中が渇く。湿気が少なくて、喉が噎せる。咳が止まらない。


叫びたくなる。でもダメだ。僕は良い子だから。お母さんを心配させては行けない。僕は立派な人間だ。道を誤ってはならない。


結局、手で口を必死に抑えながら、気づかれない様に叫んだ。手は本当に理性的な良い奴だ。もっと僕は見習うべきだ。



……でも、やっぱり僕は悪い子だ。



目を開くと、しんとした部屋が広がっていた。この独特の雰囲気は何となく察しが着く。


僕はぐっすり眠ってしまっていたのだ。僕は疲れるとぐっすり眠ることが出来るタイプの人間だ。


カーテンを開けると、あたりはもう暗くなっていた。空だって真っ暗だ。


空を見上げても、星の見えないこのあたりの場合、空は完全に暗闇に隠されていた。


夕ご飯も食べてないのに、僕を起こさないなんて、お母さんはどうしたんだろう。僕は少し不安になった。


一応家を探したが、もう家族は寝静まっていた。

「良かった」と思い、僕は胸をなで下ろした。


しかし。


その瞬間、外のどこかに蒼い灯りが灯った。


いや、正確にはなんだかその様な気がしたのだ。


「見てみたい」


と僕はごく自然に思ってしまった。珍しく好奇心が心の奥から湧き上がってきた。


でも、夜に出かけるなんてお母さんが許すはずがない。バレると怒られる。おかしくなってしまう。


でも、行く。


だってもう俺は悪い奴だから。


脳裏には、あのバッファローの頭蓋骨が焼き付いていた。あの不気味で淋しい亡骸が取り憑いて離さない。


黒のパーカーに、お父さんのキャップに、ジーパン。


オシャレにあまり興味のない僕だけど、今ある服の中で一番お気に入りの奴だけを選んだつもりだ。


なんだか清々しい気分だ。この気分を味わえるのは本当に悪い奴か、本当に良い奴かのどちらかに違いないよ……



男の思考は論理的ではなかった。それは窮めて直感的な物だった。


「僕は幸せになれるかもしれない」


この若者を動かすのにこれ以上動機は要らなかった。


今まで、男を守ってきた扉に手をかける。闇が差し込んできた。男の意識は一瞬緩むが、即座に呼吸を整えて、冷静になる。


暗闇の中に男は消えて行った。



つづく (かもよ)















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