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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺し屋彼女

作者: 滋賀ヒロアキ

殺し屋彼女との生活です。

正直スランプ中に書いたので、かなり頭おかしい内容になっているかもしれません。それでもいいなら、よろしくお願いします。

もしも自分の彼女が殺し屋だったら。

そんなことを考えるような人間は、おそらく日本中探しても六十代男性の毛根細胞の数よりも少ないだろう。

しかし、それでもいるであろう六十代男性の毛根細胞の人たちにアドバイスをしておくとだ。

仮に殺し屋の彼女がいるとだ。



「ごっ、ごめんなさい先輩!待たせましたか!?」


「ん?いや大丈夫。今来たとこだから」


「すいませんせっかくのデートなのに……!ちょっと仕事が長引いちゃって……」


「大丈夫だって、本当に待ってないから。……あ、ちょっと待って春山(はるやま)


「はい?」



「まったく、ほっぺたに血が付いてるじゃないか。ちゃんと拭いときなよ」



「ええっ、ホントですか!?ここに来る前に手鏡でチェックして、臭いも消したハズなんですけど……!!」


「ほら、拭いてあげるから。まったく、春山はおっちょこちょいだな~」


「えへへ……すいません」


「あはは」


こんな会話が日常的になる。




「えっへへ~。先輩との久しぶりの映画館デート、楽しみです~」


隣を歩く彼女の名前は春山 真澄(ますみ)。僕と同学年というのを信じるなら、今年で高二のJKだ。しかし僕より頭一個分低い背丈や、来る映画にポヤポヤしている様子を見ていると中学生ぐらいにしか見えない。

久しぶりのデートということもあってか、白のセーターと気合いの入ったコーデをしており、非常に似合っている。


「最近、春山の仕事が立て込んでたからねぇ」


「そうなんですよ~。なんか最近になって、殺し屋の需要が上がってきたみたいで~」


だが侮るなかれ。

隣を歩く彼女は、殺し屋だ。

体とか、『そう思い込んでる』とかじゃなくてマジモノである。僕だって最初は信じられなかった。しかし、待ち合わせ事の度に何度も返り血を体に付着させて来られると、さすがに信じざるを得なくなる。


それから、ポツポツと語られた彼女の意見を総合すると。

どうやら彼女達は『殺し屋養成所』という場所で教育をされたプロの殺し屋らしい。彼女()は『雇われ』という形で金さえ払われれば、例え総理大臣だろうが赤子だろうが親だろうが構わず殺す。そういう集まりのようだ。

以外と(特にお偉いさんからの)需要があり、仕事に困ることもないらしい。昔ならともかく、この時代に殺し屋の需要が尽きないとは、この国の未来に頭を抱えたくならなくもない。


「毎日毎日、大変じゃないの?」


「いいえ、大丈夫ですよ。依頼主(クライアント)も『後片付け』の人も、みんな良くしてくれますし」


彼女によれば、殺し屋企業とは割とホワイト企業らしい。仕事さえキッチリこなせば問題はないし、給料もしっかり支払われる、笑顔の絶えない職場らしい。

……仮にも人を殺しているのに『ホワイト企業』とはこれいかに、と僕は思うが口に出さない。

まぁ『商売』として成立していることに、部外者が口を出すのも野暮というものだろう。今は来る映画に集中だ。


「春山、ちょっと急ごう。映画始まっちゃう」


「えっ、あっ、はい」


僕は春山の手を引っ張る。

先程までナイフを握っていたと思われる彼女の手はとても綺麗で、石鹸のような匂いがした。




「……まさか上映時間に間に合わなかったとは」


「すいません……本当にすいません……」


映画館にやってきた僕たちを待っていたのは、『またの機会にお越し下さい』という店員の冷たい態度だった。どうやら春山を待っている間に結構な時間が経っていたらしい。

映画館デートで、まさかの映画が見れなくなるという事態になってしまった。


「本当にすいません……! 私が、さっさとアイツを殺せなかったから……!」


「いや、春山は気にしなくていいって。あと声が大きい」


春山の台詞の端が聞こえたのか、近くを通ったおばさんが顔を青くして俺たちと距離を取る。

とりあえずどうしようもないことをいつまでも悔やんでも仕方ない。なによりここにいたら邪魔だ。


「とりあえず向こうのグッズ売り場に行こ。ね?」


「はい……」


ショボーン、という擬音が見えるほどに春山は縮こまってしまってる。彼女が沈んでる様はできれば見たくない。

彼女の背中に手を添えつつグッズ売り場へ移動する。


「ほ、ほら、春山が欲しいもの、一個ぐらいなら買ってあげるからさ。元気だして」


「えっ!いいんですか、先輩!」


その言葉をいった瞬間、春山の顔がみるみる輝きだした。下手な小学生よりも単純である。

なんか若干腑に落ちない感もあるが、彼女の笑顔が見られるなら安いものだ。


「じゃ、じゃあこれお願いします!イルカエル!」


「ごめん、前言撤回していい?」


喜びながら春山が指差したもの、それは一つのキャラクターストラップだ。

キャラクター名は『イルカエル』。イルカとカエルを合体したものと思われる、イルカの体にカエルの手と足と目を生やしたキャラクターだ。……どう考えても合体事故だと思うのだが、これは言わない方がいいのだろうか。

春山はこのキャラクターをえらく気に入っているようで、グッズを見つける度に僕にせびってくる。やはり殺し屋のセンスは常人には測れないのだろうか。


「ていうかそれって、こないだも買わなかったっけ?」


「むっ!違いますよ!私のイルカエルコレクションにも入っていません!」


「うおやめろ!イルカエルのストラップ付きまくった携帯電話を見せるな!目玉飛び出たイルカばっかでもはやグロ画像状態なんだよ!」


ジャラジャラと音をさせながら春山は愛用の携帯電話を取り出す。緑色の携帯電話には、それと同じ緑色をしたイルカエルのストラップが大量にぶら下がっていた。

手に入れたものを片っ端からつけているためか、ブドウみたいになっている。もはやストラップが本体なのではないのだろうか。


「まぁいいけどさ……安いし」


「やったー!ありがとうございます先輩!」


なにか釈然としないものを感じながらも、僕はイルカエルのストラップ(大量に売れ残っていた)を一つ買う。店員さんに変な顔をされながら受け取ったそれを春山に渡すと、彼女は嬉しそうに携帯電話にくっ付けた。

グロ画像を構成する要素が一つ増えた気がするが、彼女が喜ぶのならそれでいい。


ふと視線を別のところに向けると、彼女の携帯電話にもう一つ、何かががくっ付いているのが見えた。それはブドウと化しているイルカエルのストラップとは離れた場所に付けられており、他と区別されているようにも思える。


(去年の春山の誕生日の時……僕が贈ったお守りじゃん)


すぐにわかった。他ならぬ、自分がプレゼントしたものなのだから。赤い長方形に『安全祈願』と書かれているだけの質素なお守り。


(……ちゃんと付けててくれてるんだな)


去年の今ごろと言えば、ちょうど春山が殺し屋というのを初めて知ったころ。その時に自分なりに、彼女が無事でいてほしいという願いをこめて贈ったのだ。……今思えば、殺し屋に『安全祈願』のお守りを送るのも妙な話だと思わなくもないが。


「? どうしました、先輩」


「いや……なんでも」


なんとなく照れくさくなってしまい、目線を反らしてしまう。幸いにも、春山はそんな不審な行動よりも今はイルカエルに夢中のようだ。


「本当にイルカエルは可愛くて……ついつい集めたくなっちゃいますよ」


「主に買ってんのは僕だけどね」


「えへへ~」


「おい、笑って誤魔化すな」


こうやって送られたお守りを大事にしたり、イルカエルに夢中になってる様子を見ると、とても彼女が殺し屋だとは思えない。


……それは、きっと良いことなのだろう。

殺し屋の彼女が当たり前の幸せを得れていると。精神に異常を起こしていないと。喜ぶべきところなのだろう。

普通なら。

……だけど僕は、イマイチ喜べなかった。




そのあと、映画館の代わりに本屋やカフェに寄っていると、あっという間に夕方になった。

時間を無駄遣いした感もあるが、たまにはこんな風に当てもなくブラブラするのもいいものだ。

季節の関係もあって、空はもう薄暗い。人通りもなく、大通りを歩いているはずなのに誰ともすれ違わない。


「今日は……本当にありがとうございました、先輩」


そろそろお開きムードとなった辺りで、唐突に春山がそんなことを言い出した。


「なにが?」


「その……私のミスのせいでこんなことになったのに……先輩は何も気にしなくて……ちゃんとフォローしてくださって」


ポツポツと春山は語っていく。


「殺し屋になったら、もう普通の社会には受け入れられないって、『先生』が言ってたから。だから先輩が受け入れてくれて、私はとっても嬉しいんです。こんな私に、付き合ってくれて」


「春山……」


これはきっと、彼女なりの感謝の言葉なのだろう。本来なら、嬉しいはずだ。本来なら。

なのに僕の心は、なぜかザワザワとする。彼女の言葉に、引っ掛かるものを感じる。


「ホントに、私なんかにはもったいないぐらいで、時々不安になっちゃうんです。やっぱり私は、先輩からは手を引くべきじゃ━━━」


「僕はさ!」


春山の言葉を無理やり遮る。

違う。彼女はきっと思い違いをしている。彼女は『私なんかと付き合ってくれている』というようなことを言っていたが、それは大きな間違いだ。

なんとか、誤解を解かなくちゃいけない。



「僕は君の━━━」



しかし口を開きかけたとき。

春山に、異変が起きた。

その顔から、急速に表情が失われていく。


「……春山?」


それに困惑した瞬間。

突然無表情になった春山が、僕の眼前に迫り、無言で僕を横に突き飛ばす。


「なにを━━━」


するんだ、と続けようとした時。


先程まで僕の頭があった位置を、横()ぎにナイフが通過していった。


「!!」


首を捻って後ろを見ると、いつの間にか、そこには何者かが立っていた。

ソイツは暗闇に紛れるような黒いジャンパーを羽織っている。歳と性別は見た感じ僕とそう変わらない。そしてソイツの手には、人間の皮膚も容易に裂けそうなギザギザとした刃の付いたナイフが握られていた。

ゾッとする。もしも春山が僕を突き飛ばすのがあと一秒でも遅ければ、今ごろ僕の首は胴体と永遠の別れをしていたのだ。


(というか、その春山は━━━)


ようやく地面と体が擦れた痛みを感じながら視線を右へ左へと動かすと、


「動くな」


冷えきった声が聞こえた。『怖い』と感じる暇さえない。本能的に体が(すく)み上がるような、そんな類いの声だ。

見ると、春山は僕の背後を取っていたジャンパー男のさらに背後を取っていた。動いた気配さえ感じなかったのに、いつの間に。


「ナイフを捨てろ」


冷えきった声、二回目。さっきまでの春山と同一人物が出している声とは思えない。マジックでグルグルと塗りつぶしたような真っ黒な目で、彼女はジャンパー男の首もとにナイフを押し当てている。

男はしばし思案するような間があったが、やがて観念したようにナイフを離した。重力に従い地に落ちたナイフがカランカランと音をたてる。


「誰に命令された?」


「……言えねぇな」


「そうか。じゃあ死ね」


一閃。

男の返答を聞くなり、ためらいもせずに春山はナイフを持つ手を手前に引いた。特に力も入れてなさそうな、単なる日常動作の一部のような自然さだった。

なのに。それだけで男の首もとはパックリと裂け、そこからスプリンクラーのように血が噴き出した。噴き出した血が道路を、春山を赤く染めていく。やがて支える力を失った男はバタリと倒れ、尚も溢れる血によって道路に血溜まりを作る。


その光景に僕は━━━ただただ見惚れていた。


男が完全に絶命したのを確認してから、春山はポケットから黒色の携帯電話を取り出す。ストラップも何も付いていない、『仕事用』の携帯だ。春山は機械的な動作でボタンを押し、電話を耳に当てる。


「私だ。ポイント、S32にて襲撃を受けた。死体が一つある。処理を頼みたい」


愛想の欠片もない言葉で告げて通話を終えると、真っ黒な春山の目に急速に光が灯った。


「先輩!大丈夫ですか!?」


さっきまで生きていた男を踏みつけつつ、僕のもとへ駆け寄ってくる。


「ケガはありませんか!? 手も足もありますよね!?」


「あ、ああ……僕は大丈夫」


突き飛ばされてコケたせいで肘や膝が痛むが……そんなの首が跳ぶのに比べたら遥かにマシだ。

それよりも。


「……?どうしたんですか、先輩」


「……いや、相変わらず美しい……いや、キレイ?だな、て。その……一切迷いを見せないところ、とかさ」


この感情をどう表現しようか考えながら喋ったので、誉めているのかよくわからない文章になってしまった。しかし春山はさして気にしていないようで、まだ血の止まらない男を見ながら、


「ああいった手合いは、絶対に口を割りませんよ。さっさと殺した方がいいです」


日頃から命のやり取りをしてるものにしか下せない、シビアにして迅速な判断だった。

一通り僕の体に外傷がないのを確認すると、彼女は安心したように息を吐く。

━━━かと思いきや、今度は深刻そうな顔をした。僕の方は何にも外傷が無かったからよかったのだが……。


「どうしたの?」


「さっきのあの男の目的は……もしかしたら先輩だったのかもしれません」


「えっ、僕?」


意外だった。

別に僕は政府の裏事情とかに首を突っ込んでるわけでもないし、何か目障りな行動をしているわけでもない。それとも、知らない間に僕の首は値打ちが付くほど大層なモノになっていたのか?


「あくまで推測ですが……先輩を人質に、私を倒そうとでもしたんでしょう」


「春山を倒す……? なに、どういうこと?」


状況を整理したい。とにかく、こんな場所でいきなり殺意全開で襲ってきたあたり、あのジャンパー男も殺し屋なのだろう。しかさその男がなぜ僕を━━━ひいては春山を狙おうとするのか。


「もしかして……『商売敵』ってやつ?」


「んーと……まぁそんなところです」


「まじか」


そりゃ、春山が優秀すぎて全ての仕事をこなしてしまえば他の殺し屋(ヤツら)は商売上がったりだろうが……だからって同業者同士で潰し合うのは愚の骨頂としか思えない。


「まだ決まった訳じゃありませんけどね。もしかしたら、『ターゲット』の側が雇った殺し屋かもしれませんし」


「やられる前にやろう、てことね」


前者にしろ後者にしろ、そうして春山を殺そうとしたのがあのジャンパー男のようだ。そして春山殺害を円滑に進めるために、まず僕を狙ったと……。

さすが殺し屋。やることがえげつなくて合理的で(こす)い。

大体の状況の把握が終わると、春山はまた俯き始めた。


「やっぱり私……先輩とは別れた方がいいのかもしれません」


「へ?」


あまりに唐突な『別れる』という単語に、思わず変な声が出た。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんな話になるの」


「今回のことで、私がターゲットになってて、そしてそのせいで先輩が狙われるということがわかりました。だったら、私と一緒にいたら、先輩に危険があります」


「そんなこと……」


「あります」


いつになく強い口調だった。思わず気圧されてしまう。


「所詮、私は殺し屋です。先輩とは、生きている世界が違うんです」


「なんで……そんな冷たいこと言うんだよ?」


「先輩こそ、甘く見ないでください」


いつものポヤポヤした喋りじゃなく、『仕事』の話し方が混ざっている。彼女は本気らしい。


「私たちが行っているのは命のやり取り。負ければ死ぬんです。二次元でよくあるような『僕は君が殺し屋であることも受け入れる』とか生ぬるい覚悟でいれる世界じゃないんですよ」


「…………」


……事実、そうなのだろう。確かに二次元ならさっきなような台詞などいくらでも言える。

だが、現実ならどうだ?春山はともかく、僕は素人だ。今後派遣されてくる殺し屋たちから、生き残れる保証なんてどこにもない。


「私を受け入れてくれてた先輩には、本当に感謝しています。ですが、先輩にも被害がおよび始めた以上、別れた━━━」


「いやっ、待ってよ!」


慌てて彼女の話を遮る。

確かに彼女の意見は合理的だ。

『殺し屋側』から、僕が彼女の『弱味』として見られている以上、僕が命を狙われる危険は増えるだろうし、彼女にとっても迷惑になる。

なにより春山は、純粋に僕の事が心配なのだろう。目を見ればわかる。第一に僕に死んで欲しくないから、春山はこのような提案をしてくれているのだ。



だけど。



「冗談じゃない」



それが僕の答えだった。


「……へ?」


今度は春山が変な声を出す番だった。


「よく考えてみろよ。僕を傍に置いとけば、むしろ敵対するヤツらのエサとして使えるんじゃないかな?」


「……確かにそうかもしれませんけど、先輩をこんな戦いの中に巻き込むわけには……」


「足手まといにはならない。約束するさ。それに……」


擦れたところの痛みなんて、もはやどうでもよかった。

今の、春山の殺しの光景。

あれを見たのは久しぶりのことだった。

だが、お陰でなぜ僕が彼女の笑顔を素直に喜べなかったのか、なぜ春山の言葉に対して引っ掛かりを覚えていたのか、ようやく理解できたのだ。



「僕はさ、春山が殺しをしている場面が好きなんだ。だからそれを身近で見られるこの特等席を、手離したくない」


「……はぁ?」



ようやくわかった。

巻き込む、だって?とんでもない。

受け入れてるわけでもない。



「思えば初めて見たときからそうだった。慈悲のない目、滑らかな手際……完璧なんだ。人を殺しているときの春山が、僕にとっては一番キレイに、美しく映るんだ」



だから、それが見れなくなるなんて冗談じゃない。彼女にはこれからも、もっともっと人を殺してほしい。そしてその光景で、もっと僕を魅せてほしいんだ。

春山は、あっけに取られたような顔をしていたが、すぐに小さく笑いながら


「先輩ってもしかして……イカれてます?」


なんて頭を指でつつきながら言うので、


「自覚はあるさ」


と返しておいた。

それから二人、どちらからともなく笑った。


「そんなこと言った人、先輩が初めてですよ」


「僕も初めてだ。こんなこと誰にも言ったことなかったし、今まで自覚もなかった」


僕は立ち上がり、春山と正面から向き合う。


「だから、僕が春山を受け入れてるんじゃない。僕のことを受け入れて、僕に最大限の娯楽を与えてくれるのも、春山しかいないんだ。僕たちは、平等なんだよ」


「ふ、ふふ。あはは」


悪友のバカ話を聞いた時のように、春山は笑い出す。

そして、


「後悔、してもしりませんよ」


タタッ、と僕の前に出て来て、イタズラっぽく言うのだった。


「後悔なんてしないよ」


だから僕も小さく笑って答える。

そうさ。後悔なんてしない。するわけがない。むしろ僕はこの地球上で最も恵まれた存在なのだ。


「じゃあ、あと少しで処理班の方々も来ますので、早くここから離れましょう」


春山が手を差し出してくれる。これは、僕を『受け入れてくれた』と取って良いのだろう。

春山の手を取る前に、すっかり忘れていたジャンパー男の死体をもう一度だけ見る。

あの男にも、春山にとっての僕のような存在や、家族がいたのだろうか。何てことを考えたりはしない。そんなことを考えてたらキリがないし、そもそも自分を殺そうとしたヤツに同情なんかするつもりはない。

もう地面に染み込み出している男の血を見ていると、ふと気づいたことがあった。


「春山お前……服が血だらけじゃないか」


「あ……」


言われて初めて気が付いたのか、春山がしまったという顔をする。春山の着ていた白のセーターは、もともと赤色のセーターだったのかと思うほど真っ赤になっていた。

まぁ男の血をあんな間近で被ったのだし当然か。


「どうしましょうこれ……」


春山が困っている。

人気がないとはいえ、まだ空は完全な暗闇ではない。このまま家に向かって歩けば、一種の幽霊のように見られた人の注目を集めてしまうのは容易に想像できる。

かといってセーターを脱がせるわけにもいかない。また別の意味で注目を集める。


「じゃあとりあえず、僕の服を着て帰りなよ。そのまま帰るよりはマシでしょ」


「えっ、でもそんな、悪いですよ」


「いいよ、下にもう一枚着てるし」


着ていたパーカーを脱ぎ、春山に渡す。

春山はしばらくおずおずとしていたが、やがてパーカーをセーターの上に着た。少々ブカブカだが、問題なく着れているようだ。


「……あったかい」


顔を赤らめながら、春山はパーカーの上から体を抱く。特に問題はないようでなによりだ。


「……ね?さっさく、僕がいて役に立ったでしょ?」


「はい♪そうですね♪」


えらく上機嫌な声で春山は答える。そしてそのまま、僕に向かって体をくっつけてきた。

そして内緒話を伝えるような声音で、



「さっきはあんなこと言いましたけど、私はやっぱり、先輩と一緒にいるのが好きです。だから、別れたくなんてありません。絶対に、離しませんから」



「そっか」


こっちとしても好都合だ。ライブの特等席を誰でもない、アイドルが確保してくれているんだから。怖いものなし、というヤツ。


「じゃあ、帰ろっか」


「はい♪」


そのまま俺たちは歩き出す。

殺し屋彼女との生活。それはきっと、橋から見たらとてつもなく歪なものなのだろう。



でも、僕らは楽しいので全然オッケーです。



ありがとうございました。

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