29:嫌な予感
侯爵家の五男がここに来てから数か月。なんだかんだでこの町に慣れてきている。
品はあるがフレンドリーで学生にも年が近い先生ということでとても人気だ。
私は授業に出る回数を減らし最近はもう特別講師として月に数回学校に行くか行かないか、リリアンも魔力をコントロールできるようになりこの学校に通っている。彼女には王都の貴族が良くいくような学校を勧めたがリカルドもリリアンもリリアンヌも「王都よりここの方が勉強できる。」と言っていた。
「今日も一人か...」
リロイはギルドで治癒師、キースは卒業試験を早めに受けて隣町の王国魔術研究所の研究員として働いている。
二人は毎日夕方になると帰ってくるものの朝起きてご飯を食べ終えた後は本当にすることがない。
この機会にギルドに登録して冒険者でもしてみようかと思っていたがリロイとキースが全力で止めにきそうなのであきらめた。
「さて...なにするか、ん?」
家の外に出ようとドアを開けると侯爵家のマークが入った手紙が地面に置かれていた。
なんか嫌な予感がする。
手紙を手に持ちダイニングテーブルにいったん置く。
本当に開けたくない。
「はぁ...」
やるしかない。ため息をつきながら封を開け手紙を読む。
手紙の内容は要するに侯爵家に帰ってきてくれ、結婚してくれという内容だ。それ自体は予想できた、でもなぜか元旦那の右腕からだ。あの人は...私の顔を見るなり頭を下げたり避けたりしてたから仲が良いというわけではなかった。月に一言二言話せばいいかな?ぐらいの仲だった。
そんな人がなんでこんな手紙を?正直、ちょっと不気味だしなんだか気持ち悪い。
なぜこれを送ってきたのだろうか。考えること数分、意味が分からないので考えることを諦めて酒場に行こうかと思う。
その日の夕方帰ってきた息子達に手紙のことを話すと二人とも意味が分からないというような顔をしていた。キースは「もしかして、頭がやばい人?」と言いリロイは「なんかムカつくねー、僕頭悪い人キラーイ」と言っていた。散々な言われようだと思ったけどしょうがない、こんな手紙ストーカーがする行動に近いと思うし、これで好きってなる人いるのか?と私は思う。恋愛経験が婚約する前と前世に少しあるぐらいの私にはこれの良さが分からなかった。
その手紙はなにかのためにとりあえず倉庫にしまっておくことにするけど、返事はしない。これを拒否ととらえてくれるならこちらとしてはありがたいけど、いきなり結婚してくれって手紙を送ってくるやつだ。あまり期待はできない。
次の朝、また同じような手紙が来た。
「はぁ...」
今度は同じような内容に「なぜ返事を返してくれないのか?」とか「悲しい」とか、恋人なのか?というようなものまで書いてあった。ここまでこれば病気と言っても過言ではない。手紙をもらった側からすれば気持ち悪いかぎりだ。
「これもしまっておくか。」
溜息を吐いた後に昨日の手紙の上に今日もらった手紙を置いた。
今日も相変わらず何もすることがない。趣味という趣味もない。とても暇ではあるが何かをしたいと思うけど何も思いつかない...
そうだ。ギルドに行こう。
ギルドに行けば何かすることが絶対ある。
「おぉ。姉さん、二日ぶりだな。」
ギルドに入るとリュウが出迎えてくれた。
「あぁ、ちょっと暇でね。何かすることない?」
「うーん、姉さんにお願いするの少し申し訳ないけど。しばらく私の秘書兼護衛になってくれないか?私の秘書の妻が子供を産んだばかりで育休中なんだよ。」
「いいわよ?ちょうど暇で何もすることがなくて悩んでたのよ。」
「贅沢な悩みだ。」
「そうね。とても贅沢ね。」
侯爵家にいた頃を思い返せば「暇で何もすることがない」という状態があまりなかった。毎日忙しく、元旦那の代わりに仕事をしたり、社交界に出たり、他の夫人達の消費について対策をたてたり、子供達の教育をしていた。ゆっくり椅子に座って紅茶を飲んだり、自分自身に時間をかけることがほぼなかった。
その環境から抜け出せて、息子達、そして信頼できる人たちに出会えて本当に良かった。
「それで?秘書兼護衛は何をするの?」
「私の護衛をして私が誰と何時に面会があるのかを知らせてくれたらいいよ。」
「そう?わかったわ。」
リュウに分厚い手帳のようなものを渡され開いていくと今日の予定が書かれたページがあった。
「えーっと、今日は隣町のギルドマスターと面会があるわ。予定は...二時間後ね。それまでは時間があるわよ。」
リュウは短く「そうかい。」と返事すると紅茶を入れてソファーに座るように促してくれた。




