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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

虹幕テレビ 

掲載日:2020/01/31

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あなた、スマホなしでも生きていける自信、あるかしら?

 私、きょうはスマホ持ってないんだ。きのう、不注意で水没させちゃって。いまはウチで生のお米と一緒に、ジップロックの中よ。そうすると水気が取れるのだとか。

 これまで毎日さわってきたし、てっきり手放したら禁断症状が出るんじゃないかって、不安だったわ。それが蓋を開けてみると、全然気にならない自分がいたの。

 家に置いてあるお菓子とかと同じね。さしせまっていなくても、ちょくちょく手を出してしまう。けれど、ないならないで過ごすことができるもの。いまや私たち、お菓子感覚でスマホに手を出し続けているのかもね。だから摂りすぎると、ろくでもないことを招きかねない、と。

 ああ、思い出しちゃうなあ。私、液晶を通して不思議なことをずっと前に体験したことがあるのよ。その時の話を聞いてみない?


 我が家がカラーテレビを入れたのは、1960年ごろのはなし。開催される東京オリンピックをカラーで見ようと思ったかららしいの。オリンピックが終わってからも、家族そろってテレビを見る機会はたくさんあったそうよ。当時はまだ一台しかなかったから。

 それが、私の生まれた時期になると、大小さまざまの合計4台が家にあったわ。そのうちの1台が、祖父がかつて使っていた一室に置かれていたの。祖父がいなくなってからも、ずっとそこにあるもので、私はよくそのテレビを見ていた。自分の部屋から近いっていうのも大きかったわね。


 私のテレビ鑑賞は、だらだらと垂れ流すタイプ。見たい番組がない平日休みの昼間なんかは、なんとなくチャンネルを回して「おっ」と思ったところで手を止める。たいていは午後にやっている映画番組なんだけどね。

 その日はちょうど私が気に入っている、シリーズものの一作。初めて見る映画にドキドキするのもいいけど、内容が分かっているからこそ、見たいシーンっていうのもあるわ。私もそれを心待ちにするのだけど、登場人物がうつって3秒。早くも不満が。

 テレビの液晶に横長の小さい傷が入っているの。コインで何度もこすったように、すじがいくつも重なるかたち。それがちょうど役者の目の部分にかかって、目かくし報道される人っぽくなっていた。

 

 放っておいたら、場面が変わるたび被害者が増える。私はちょっとだけ席を外し、部屋のそばの洗面所で、ハンカチを濡らした。こうしてふき取れば、汚れはしっかり落ちると信じて疑わなかったの。

 結果、おおいに水を押し当てられた液晶は、油膜にも似たカラフルな色を浮かべることに。慌ててハンカチの乾いたところできゅっきゅっとこすったけど、例の傷の部分には「虹」が入り込んだまま。布や指でこそぎ取ろうとしても、しぶとくくっつき続けてしまったの。


 そのことを報告すると、お父さんはある話をしてくれる。

 液晶は、赤や青や緑といった小さな粒が散りばめられていて、光の強さをコントロールして色を出している。それを画面から離れた私たちは、画像として見ているんだと。

 けれども水が液晶にくっつくと、そこがレンズになって拡大されてしまう。結果、件の三色の光が次々目に入り、そのカラフルさを虹のように思うのだろう、と。


「渇いたティッシュで何度もふき取れば大丈夫だと思うが……テレビにとっちゃいい気分転換かもな。虹色におめかしができるんだから」


 お父さんはなにげない思いつきで、口にした言葉かもしれない。でも、この文句は当時の私の琴線にびんびん触れた。

 テレビたちはあの場を動けないまま私たちに指示を出され、電波を受信する仕事をしなきゃいけない存在。自分から動いて、好き勝手するのは許されない。

 だったら、いつも世話になっているお礼として、化粧をしてあげることはできないか。私はそう考えてしまったのね。


 それからというもの、私は時間を見つけると、自分から進んで家中を掃除するようになった。想像していた以上にきつかったし、お母さんがありがたがるのも納得だったけど、これはあくまでカモフラージュ。テレビの液晶だけを濡れた布で拭く、じゃあ怪しさあふれちゃうからね。

 他の部分は乾かした雑巾で二度拭きするけど、テレビの液晶だけは、表面に薄く水がはる一度拭き。その後、画面をつけてあげる。

 映像の上にはべる、虹色のヴェール。その下でモザイクじみた景色が、役者が、テロップがおもいおもいに踊り、どれもが歪んで見えたわ。

 その様子に、当時から伝説や物語好きだった私は、ふと聖書に出てくるサロメのことを思い出す。

 自分が望む褒美のために、彼女が舞ったという「7つのヴェールの踊り」。もしも7が色をさしているのなら、この液晶が見せるきらめきのような感じなのかしら。

 そんなことを考えながら、私は親が近づいてくる気配がするまで、テレビの舞にうっとり見とれるようになっていたの。

 

 それからしばらく経って。私は自分用の部屋として、件の祖父の部屋を使わせてもらうことに。模様替えでもともと部屋にあったもののうち、机とか本棚は動かされたけど、テレビはそのまま残される。

 映像がたまに乱れるようになって、いよいよ寿命のおとずれを感じさせる年季物。でも、たいした問題じゃない。

 私はもう、あの虹色のヴェールを見るのが癖になっていたの。水のモザイクの下で踊り、ときには溺れてもがいているかのように、あわただしく変わる色。

 見なくても構わないけど、機会があるならいっとこう。まさにスマホのようなはまり具合だったと思う。その夜も明かりを消して、布団で寝転びながら水の踊りを見つつ大あくび。

 目の前がぼやけてきたけど、それがもう画面なのか、私自身なのか、区別がつかなくなっていたわ。リモコンは枕元に置いたけど、それをいじったかどうかまでは覚えていない。

 

 しばらくして、私はふと異臭に気がつく。

 ハンダづけをする時に、そっくりな臭い。この手のものを漂わせる機器は、この部屋だとテレビくらいしかなかったの。しかも私には、水で濡らすという故障と紙一重のことをしょっちゅうやっているという、疑惑つき。

 さすがに、テレビを見られなくなるのはまずい。明かりをつけず、リモコンも持たず、反射的に私は本体に飛びついて、主電源を入れたの。

 

 この年寄りテレビは、待機中の赤色ランプが緑に代わっても、すぐに画面が映らない。

 まず番組の音が先陣を切り、続いて映像がフェードインしてくるの。その時間差がどこか演劇じみた演出に思えて、私は気に入っていたわ。

 それが今回はぱっと映った。同時に、画面全体を埋め尽くすように水のヴェールが張っている。いつもなら寝る前、きれいに拭きとっているはずだけど。

 

 そして今、画面に映るのは何者かの顏のドアップ。四角いテレビの画面の中を丸く埋める茶色の部分と、それ以外の部分が白い背景。ヴェールに遮られて、かろうじて判断できるのはそれだけ。

 しかも画面の中の茶色は、どんどんクローズアップ。じょじょに黒みを増す部分が、山なりの眉、点のように小さい鼻と口、放射状にくっつく細長いひげを現わしていく……。

 それが限界だったわ。とたん、私はアンモニアをもろに嗅いだような刺激に、顔全体を刺された。瞳は特にひどくて、思わず両手で覆って倒れ込んでも、熱い箸の先がねじ込まれているように、どくんどくんと強く脈打ち続けたの。

 さけぶほどじゃないけど、じっと黙ってもいられない。私は音を抑えながらのたうって、ようやく起き上がった時には、テレビはもう真っ暗になっていたわ。

 

 明かりをつけた鏡の下で、私は顔が焼けただれているのを見たわ。特に両目の虹彩は、真ん中の部分が針で刺したように白くなっていたの。今でこそ目立たないけど、視力はその日を境にがくんと落ちたわね。

 あのテレビは手放して、新しいものを買ってもらったわ。今でもあの夜のことが、テレビが私を狙ってやったのか。それとも、私を画面の向こうのあれから守ろうと、ヴェールをまとってくれたのかは、わからないままだけどね。


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