失恋
あのパーティーから約2カ月、あれ以来グルーバー様とよく話をするようになった。私の知らない事を沢山知っている彼との会話はとても楽しい。私はさすがに呼び捨てはムリと『ジャック様』と呼んでいるが今では彼は私を『サラ』と呼ぶようになった。そんな彼に私はいつからか友達以上の気持ちを感じる様になった。だが本人には伝える気はない。
彼には今、婚約者はいないが公爵家長男だ。あと数年もすれば嫌でも婚約者が現れるだろう。その頃には私にも父の決めた新しい婚約者がいるはず。今ジャック様が私の気持ちを知ってしまえば、きっと離れて行ってしまう。この学院にいる間だけでも、どちらかに婚約者が現れるまででも、その間だけでもいい、この関係を崩したくない。
夏季休暇を目前にしたある日、忘れ物をした事に気がついた私はマーガレットに『教室に忘れ物をしたから取ってくる。』と言いひとり教室へ戻った。ドアを開けようとノブに手をかけた時、中から話声が聞こえた。
「ジャック、最近ハーボット嬢とよく一緒にいるね。」
ジャック様とお友達の様だ。私とジャック様の仲について話しているらしい。自分が話題の中心にいるのが恥ずかしくてドアを開けれないでいると
「そうなの?じゃあゲーム終了だね。」
「えーっ、落ちちゃったのかよ。ハーボット嬢だけは落ちないだろうなって思ってたのに。」
「落ちるって・・・、あっ!」
「負けた俺たちからのご褒美何がいい?」
「いや、それは・・・」
思いもしない会話が聞こえた。『ゲーム』、ジャック様がパーティーでダンスに誘ってくださったのも、ここ数カ月私と仲良くしてくださったのも全てゲームのため、勝負のため・・・。
『サラー、忘れ物あった?』とマーガレットの声が聞こえノブから手を離した。“ガチャ”ノブが音を立てた。中からジャック様達が出てくる前に立ち去らなければ・・・、廊下を思いっきり走った。
「サラ!サラ、待って!」
後ろからジャック様の声が聞こえたが振り返る事も出来ない。走って戻った私は
「ごめんなさい、先に帰るわ。」
そう一言だけマーガレットに告げ馬車に乗り込み家に戻った。幸い週末なので2日間はジャック様と顔を合わせることもない。
家に戻って挨拶もそこそこに自室のベットに潜り込んだ。夕食も体調が悪いと食べずに自室に籠った。ベッドで丸まったまま出てこない私を侍女のイライザも母も心配そうに何度も部屋を覗きに来てくれた。
ベッドの中で久しぶりにサラの事を思い出した。サラもリュカの心が離れて行ったときは、こんな気持ちになったのかな。しかもサラは幼いころからリュカの事を思い続けていた。
「今の私よりも、ずっと辛かっただろうね。」
翌朝マーガレットが連絡もなしに我が家へやってきた。昨日、私の様子がおかしかったから心配して来てくれたのだろう。本当にいいともだちである。
「昨日はごめんなさい。ちょっと・・・。」
「何があったの?グルーバー様と。」
「えっ?」
「サラが帰った後、グルーバー様が青い顔をしてあなたを追いかけてきたわよ?」
誤魔化そうかと思ったが察しが良いマーガレットに嘘は通用しない。私のジャック様に対する気持ちと、昨日教室でジャック様達が話していた会話を打ち明けた。
「何それ!許せない!」
私の何十倍もマーガレットは怒っている。その様子を見て私の心が少し軽くなった。
「ふふ、マーガレットったら私より怒ってる。」
「ふふ、じゃないわよ!サラがノヴィック様とあんな事になった時どんな状態だったか全く知らないわけでもないのに、ゲームだなんて。しかもその始まりが、あのパーティーだなんて、絶対に許せない!」
「マーガレット、私のために怒ってくれてありがとう。でも本当にもう大丈夫。もともとこの気持ちは学院にいる間、もしくはどちらかに婚約者が出来るまでの間だけって思ってたの。一晩泣いて、マーガレットの怒り顔を見たら心も軽くなったから。」
「そんな・・・。でもサラがそう言うなら・・・。全く納得できないけど!」
「ふふ。それより楽しい計画たてない?夏季休暇に入ったら私は直ぐに領地に帰るの。休暇の間に1週間ほど領地に遊びに来ない?」
その後はマーガレットの怒りも収まり夏季休暇の楽しい計画話で盛り上がった。昼食もマーガレットと一緒に食べた。
「急に伺ったのに、お昼まで頂いて申し訳ありません。ありがとうございました。」
「いいのよ、いつでも来てちょうだい。夏季休暇も待ってるわ。」
「はい、ありがとうございます。」
昨日、学院から戻ってきた私を見た両親は心配していたようだが、マーガレットと笑顔で話す私をみて安心したようだ。