その時の親たち①
マーガレットに会いに行った娘が夕刻になっても帰ってこない。迎えに行ったイライザは『お店は昼前に出られました』と言われたと青い顔をして帰ってきた。修道院に入ると決めたが友と会い心の変化があり何処かへ1人で行ってしまったのか、何か事件に巻き込まれているのだろうか、心配は募るばかりだ。レオナルドはオリバーと捜索隊を出すべく話をしていたその時、来客があった。マーガレットだ。
「ああ、マーガレット嬢かちょうど良かった。店でサラと別れてから娘が何処に行ったか知らないか?まだ帰ってきてないんだ。心配だから今から捜索隊を出そうかと話していたところなんだよ。」
「レオナルド様、その必要はありません。」
「必要ない?」
「はい。サラが今どこにいるかは知りませんが、伝言を預かってきました。」
「伝言?サラから?」
レオナルドとオリバーは顔を見合わせた。
マーガレットが言うには、ジャックはオリヴィア姫との婚約は受け入れられないと王命に背き家を出ると決断したと言う。そしてサラはそんな彼の許に向かったと。
「ごめんなさい、どうしてもサラを修道院に行かせたくなかった。ジャック様が家よりサラを選んでくれたと知って、どうしても2人を一緒にいさせたかったんです。何処かで2人で幸せに暮らしてほしかったんです。勝手な事してごめんなさい。罰ならサラの分も私が受けます、だから2人を捜さないで、連れ帰らないでください。」
目の前にいる娘の友は、自分の事でもないのに必死で頭を下げ友の幸せだけを願っていた。
「マーガレット嬢、頭をあげてくれ。娘の事をそこまで思ってくれてありがとう。私たちも娘を修道院に行かせたくないんだ。だからジャックと幸せに暮らせるなら、そんな嬉しい事はない。約束しよう、サラを捜さない。そのかわりマーガレット嬢も約束してほしい。サラに何かあったら教えてくれ、連れ戻したりはしない、ただ娘が困ったときには助けてやりたいから。」
マーガレットは『約束します』と言い帰って行った。
「旦那様、よろしいのですか?」
「オリバーは反対か?」
「いえ、サラ様の幸せが一番でございますので。サラ様は本当に良い友人をお持ちになられましたね。」
「本当だな。さて、この事を心配してるアリアとハリーに伝えてやらないとな。」
「イライザにも教えてやってもよろしいですか?自分のせいだと落ち込んでおりますので。」
「そうだな。責任を取って辞めて、サラを捜す旅に出そうな勢いだしな。教えて安心させてやってくれ。」
笑いながらそう言うレオナルドは数日ぶりにスッキリした顔をしていた。
昼を過ぎても執務室に顔を出さない息子の事を気にかけながらも、明日到着するタージル国一行の準備で夕刻を過ぎても忙しく働くロレンツィオの許に邸から手紙が届いた。
『ジャック様が手紙を残し家を出られました。急ぎ邸へお戻り願います。』
他の者に知られぬよう読み終えた手紙を暖炉に投げ入れ、急ぎの仕事を済ませると後は部下に任せロレンツィオは邸へ急いだ。
「旦那様、申し訳ございません。今日は大事な書類が部屋にあるからと侍女に入室を禁止されておりましたので、気づくのが遅くなりました。」
玄関で待ち構えていた執事がジャックの手紙を渡しながら言った。手紙を読み終えてもなお言葉を発しない主人に、
「捜索隊の準備は出来ております。」
そう伝えたがロレンツィオは大規模な捜索隊は出さないと言う。しかも『ジャックは早急な仕事で数日王都を離れている事にする』と言う。長年グルーバー公爵家で務めている執事は一瞬で主の意を読み『承知しました』と邸の者へ指示を出しに戻った。
自室に戻ったロレンツィオはこの1週間の息子の様子を思い出していた。一昨日まで塞ぎこんでいた息子が昨日はいつも通り、いやいつも以上に仕事をこなしていた。王命を受け入れサラとの事は諦めたのかと思っていた。『昨日にはもう、ここを出る事を決めていたという事か。俺は息子の事を何一つ分かってなかったのか。』そうつぶやき、明日貴族院へ提出する予定だったサラとの婚約解消のため書類を机の中へしまった。
翌日、予定通りタージル国一行は王宮へ到着した。陛下へのあいさつもそこそこにオリヴィア姫は『ジャック様はどこ?未来の妻が来たって言うのに何故迎えに出てないの?』と騒ぎ出す。サーチス王も妃もその様子を咎める事をしない。しかたなくロレンツィオが早急な仕事の為数日王都を離れていると伝え、その場は何とか収めた。しかし次の日、宰相執務室で忙しくしているロレンツィオの許へまた邸から手紙が届いた。
『お忙しい中申し訳ございません。昼前にオリヴィア姫が邸を訪れられました。・・・・・』
急ぎサーチス王のもとへ向かい、オリヴィア姫が邸を訪れている事を確認すると
「ああ、朝なんか言ってたな。結婚まで訪れる事が出来ないかもしれないので、自分が生活する所を見ておきたいって。」
王は軽く答え、その言葉を聞いたロレンツィオは驚愕した。まだ婚約も交わしていない家に我が物顔で行く姫も姫だが、それを可笑しな事と捉えていないサーチスと妃。呆れて言葉が出ない。その後も2日続けてオリヴィア姫はグルーバー邸を訪れ、『ここを続きの部屋にしてジャック様との寝室にしようかしら』など言いながら侍女たちを思いのまま使っていた。
邸に戻り昼の間の話を聞いたロレンツィオは、ジャックが王命を静かに受け入れなくて本当に良かったと思った。この異様な状態になってもなお何も感じ取らない王たちへの不満は積り、意を決し邸に戻ったロレンツィオは妻、執事、侍女長、コック長を呼んだ。
「明日、陛下とサーチス王にジャックの事を話すことにした。ジャックの行方はこのまま探すが、オリヴィア姫との婚約話は白紙に戻す。親子揃って王命に反する事になる、陛下がどのような処分を下されるか見当もつかん。皆にも迷惑をかける事になるかも知れぬが分かってほしい。」
妻はもちろん公爵家に古くから使える彼らもまた今回の事で国王たちに不満を抱いていた。何も言わず王やオリヴィア姫の我儘を受け入れるのも限界だった。主の決意に意を反する者はだれもいなかった。