穏やかな日々
「サラー!よかったー!」
食堂の扉が勢いよく開きマーガレット達が飛び込んできた。驚きと恥ずかしさで思わず抱きしめていてくれたジャック様を突き飛ばしてしまった。
「ジャック様、ごめんなさい!」
「大丈夫。」
マーガレット、エレナ、クロエが私を抱きしめ『よかったね』と涙を浮かべていた。その横でホバット様とペータース様も
「ジャック、悪かったな。」
「何がだ?」
「いや、ハーボット嬢とややこしくさせたの俺たちだし。」
と謝っている。そこへマーガレットが
「本当ですわ!グルーバー様はもちろんですが、ホバット様もペータース様も反省して下さいね。それと遊びも程々になさった方が身のためですわよ。」
とその後も先生に帰宅を促されるまで30分は男性陣を相手にお説教していただろうか。帰宅時にはお二人とも疲れ切った顔をされていた。
そして自宅までジャック様に送ってもらった私は、仕事から帰って来たお父様にグルーバー家からの申し込みを受け入れる意思を伝えた。お父様は少し驚いていたが翌日にはグルーバー家に手紙を出してくれ、翌週には正式に婚約を結ぶ手続きが行われた。
正式にジャック様の婚約者になってからは穏やかな日々が続いた。そして今日はグルーバー家とハーボット家の食事会が行われている。
部屋の中では親たちが談笑している。私は外の空気が吸いたくなりテラスに出てきた。頬を伝う風がだいぶ冷たくなった。2月にインフルエンザで寝込んでいる時に急にサラと入れ替わって、あっと言う間にもう11月だ。元の世界でもこんな恋をした事が無かった私が、完全にこの世界になじみ結婚を決めるほどの恋をしている。
「サラ、何考えてるの?」
背中からギュッと抱きしめられる。
「ジャック様。・・・・・・時が過ぎるのって早なと。」
「4月サラと初めて踊って、7月サラに拒絶されて」
「拒絶って・・・。」
「うん、でもかなり避けられた。まあ俺が悪かったからしょうがない。夏季休暇の間は本当に生きた心地がしなかったよ。」
「大袈裟ですわ。」
「本当だよ。俺の手の届かないところに行ってしまうって。いまここに、俺の腕の中にサラがいるのが夢なんじゃないかって今でも時々思うよ。・・・・・・サラ、好きだよ。大好き。」
「私もジャック様の事が・・・・好きです。」
最後は恥ずかしさで声が小さくなってしまった。今、顔も真っ赤だろう、顔が熱い。
「サラ、急だけど明日予定ある?何も無いならドレスを買いに行きたいんだけど。」
「ドレス?」
「そう、来月15日に開かれる王宮での夜会に着るドレス。初めてサラをエスコートできるんだ、俺からサラに贈らせてよ。」
「いいの?」
「もちろん。」
「ありがとう、ジャック様。」
年末に行われた王宮での夜会、ジャック様にエスコートされ会場に入った。私とジャック様の婚約の話は瞬く間に知れ渡っていたが、公の場に二人で参加するのは初めてだ。私たちの姿を見て鋭い視線を送ってくる者、友に肩を抱かれ涙を流す者、いろんな意味で注目され改めてジャック様の人気の高さに驚いた。しかしジャック様はそんな事どこ吹く風、私と2曲続けてダンスを踊り、その後も『ハーボット嬢1曲踊って頂けませんか?』と私にダンスを申し込む者や『グルーバー様、少しお話ししませんか?』と近づく令嬢に対しても
「ごめんね、今日は彼女と初めて一緒に参加した夜会なんだ。邪魔しないでもらえる?」
と一言。今まで女性に対しては特に紳士な対応をしてきた彼にはありえない対応だった。一緒にお話をしていたホバット様たちも『人って変わるもんだねー』とあきれ顔である。その後もエスコートする手は私を離すことは無かった。ジャック様の意外な一面に驚きながらも二人での初めての夜会を楽しんだ。
月日は流れ私たちは最高学年になった。学院を卒業した後の事、つまり私たちの結婚について考えなくてはならない年である。世間の貴族の男性はばらばらであるが、女性は学院を卒業後1年以内に結婚する者が多い。ジャック様は少しでも早くと希望されたが、卒業後は宰相であるお父様の後を継ぐ勉強もかね、宰相補佐として働くことになっている。仕事を始めた1年は覚える事も多く、忙しくて大変だろうという事で2年目に入ってから式を挙げる事になった。話が決まってからもジャック様は事あるごとに不服そうにしていたが、私は恋人期間が1年延長され少し嬉しかった。