趣味の時間
『モンスターとは瘴気の発生とともに生じたと認定した生物達のことをいう。魔力や瘴気から直接生まれるものと、魔力や瘴気が動物や植物に影響を与えて生まれたものの二種類がいる。』
ぱらり、という音が響く。
『前者は主にダンジョンや魔力溜まりに発生し、後者は森や草原にいるものが多い。前者は基本的に魔力や瘴気、霊力を糧とするため、それが強いものを襲う傾向にある。どちらの種類も生殖や分裂によって増えるものが多い。』
傍らにあるカップを手に取り、中の茶を飲む。先程まで読んでいたところに視線を戻す。
『変化や発生の際に魔力を多く取り込んだものはごく動物的であり、瘴気を多く取り込んだものは加虐趣味等悪しき生態がより生じやすいと予想されている。人は魔力によって変質したが、理性的であるのは我々の「中和作業」が上手くいったことの証左だと信じたい。』
ポール・バニヤンというかつての英雄が書いた本を読んでいる。日記兼解説書という体であるため、よくまとめてある別の本と違い少し読みにくい。
『瘴気の発生源が「人々の負の感情」であったことが原因だとされる。この説を裏付けるものとして、魔力溜まりから現れるモンスターと瘴気噴出孔から現れるモンスターの見た目の違いがある。後者は人間が恐れるものの姿が多かったり、嫌悪感を感じさせる造形をしていたりするからだ。何らかの意識が働いているものと思われる。』
この前のモンスターはほとんどが動物の形をしていた。巨人は違ったが、魔力溜まりの近くであったことが原因と思われる。
『知能についてはよく分かっていない。悪知恵が働いたり魔術を使えたりするモンスターもいれば、何もしないものもいる。』
『しかし、霊力から生まれた龍種等の聖獣は総じて知能が高いため、そちらにはなにか関係があるのかもしれない。』
この本は何度も読んだことがあるが、次に読む本のために読み返していた。
次の本もかつての英雄の一人、ジェロムという男が書いたものである。彼が開発した従魔術についての本だ。
『従魔術とは、モンスターを従える魔術のことである。支配型と契約型があり、支配型は死霊術における支配を生きている魔物に使えるようにしたもので、契約型は精霊術の契約を参考にしたものである。―――』
何故俺様が本を読んでいるか。当然、暇だからである。いつもなんやかんやで話し相手をしてくれるエルザも、今はメイド達に連れていかれて着せ替え人形である。いつも凄く疲れて戻ってくるが、あれでいて可愛い服は好きらしいのでwin-winなんだろう。
彼の本は割とわかりやすい。彼一人でこの従魔術を大成させたのだから大したものである。
しばらく本を読んで時間を潰していた。突然、ノックもなしに玉座の間の扉が開いた。エルザが入ってくる。
「ふふふ、御機嫌よう」
彼女はゆっくりと歩いて近づいてきて、玉座と同じ高さまで来てから止まる。ウインクを飛ばし、その場で回る。黒を基調としたフリルの多い服装だ。胸元には白のリボン、頭には白いレースのカチューシャを付けている。ふんわり広がるスカートの下から黒タイツの長い脚が見える。厚底のブーツを履いているのでいつもより高い位置に顔がある。いつもより紅い唇が薄く引かれ、微笑んだ。
「どうかしら?」
良い姿勢のまま、空中から黒い日傘を取り出してさし、問いかけてくる。縦ロールにされたさらさらの銀髪が黒に映える。
「よく似合っているんじゃないか?動きにくそうだし暑苦しいけどな」
「一言も二言も余計な男ね」
お嬢様然としたポージングを崩さず、腕を組んで頬に手を当てる。実に様になっている。
「ふふん、メイド達のお手製だからね。これでいて凄く動きやすい素材を使っているわ」
「かつての悪徳貴族を思い出す自慢の仕方だな」
「それはアンタが全部いなくならせちゃったけどね」
「別に彼らは資産家として十分食いつないでいるぞ?政治のノウハウもあるし有能で助かる」
「こういう時だけ魔王面するわね」
小言を言いつつも自慢げな態度は崩さない。凄く機嫌が良さそうだ。余程気に入ったのだろう。
「実は自慢しに来ただけなのよね」
「龍の里の近くに住めば自慢する相手も増えるぞ」
「こんだけおしゃれしててもそれを言えるのね」
彼女も難儀だろう。ここは住んでいる人間が少なすぎる。
「まぁ、自慢するに値する良い姿だな」
「あら、ありがとう。満足したしもう戻るわ。また夜会いましょう」
手をひらひらと振りながら元来た道を優雅に歩く。扉を開けて出る前に、振り返って笑いかけてきた。
「楽しそうでなによりって感じだな」
彼女も苦労してきたタイプだが、十分人生を謳歌しているようで何よりだ。
趣味タイムって語感がいいですね。