冒険者組合へ
「これはねー、こうやって考えるんでしょ?」
「そうだ、スイは賢いな」
「えへへ」
スイは誇らしげだ。彼女は今人の姿で勉強をしている。書き言葉の勉強をさせたらすぐに覚え切ってしまった。彼女はもう一人で本すら読める。
「すごいわね!みるみる解けていくわ」
「でしょでしょ!」
褒められて手の動きが早くなる。それでミスがないから素晴らしい。
「スイは商人にもなれるかもしれないな」
「えー。スイ、まおー様になりたい!」
「魔王になるなら俺様を倒さないといけないぞ」
「ううん、パパと一緒にまおー様するの!」
「私!私は!?」
「まおー様にはお妃様がいるんでしょ?ママは違うの?」
「そんなんじゃないわよ!」
「スイ、エルザはお妃様じゃないぞ」
「よくわかんない!」
そういって首をこてん、と倒すスイ。なんと愛らしいのだろうか。どうでもよくなったようだ。また問題を解き始める。
「頬が緩んでるわよ」
「エルザも緩み切ってるぞ」
お互いのふやけた顔を嗜めいつつまたスイを見守る。見ていて飽きない。
「そういえば、買い出しに行ったメイドさんが言ってたのだけれど」
曰く、北の管理者なきダンジョンで魔物の大量発生が起き、モンスター達が溢れ出したらしい。スタンピードというもので、珍しいことだが冒険者にとっては稼ぎ時になる。ダンジョン外にはそれほど強くないが十分な稼ぎになる量のモンスターが出て、ダンジョン内には強力なモンスターも含めた大量のモンスターが現れるので素材集めや腕試しのために幅広いランクの冒険者がその地域に向かう。
「北の牧場で家畜に被害が出たらしくてね。引退した冒険者が営んでいる牧場だから人的被害には至っていないらしいのだけど」
それで、ギルドは指導員として上級冒険者をつけてその牧場に新人達を向かわせたいらしいが、冒険者組合の支部や大市場、治療所などの設備が整っている街とは違い、多くの荷物が必要となる牧場に行きたがる指導員が見つからなかったらしい。
「なるほどな。見つからないなら俺様が行ってやってもいいな」
「ちょっと組合に行ってみましょうか」
「ついでにスイの登録もしたいな」
その日の昼、相変わらず忙しそうなラインに声をかけ、スイを連れて城下に降りた。
「おぉぉぉ、人がいっぱいだ!」
「スイは街に出たことは無いんだったか」
「うん!あの建物、おっきー!なんかお肉の匂いがする!」
「屋台が出てるな」
よく区画整備がされた我が城下だが、行政区を出ると多くの人々で賑わう繁華街がある。行政を担う人や商談を行う人、市場で働く人、工場で働く人や学生など、見た目も服装も様々だ。近くにはいくつかダンジョンもあるので冒険者もそこそこいる。高い建物が多く、異世界人によるインフラ革命の成果で生活水準は極めて高い。
「おう、お嬢ちゃん。一本買っていくか?」
「パパ、食べていい?」
「買ってやろう。大将、三本くれ」
「毎度あり!坊ちゃん、見た目によらずお父さんなのか?」
「いや、そう呼ばれているだけだ」
金を払い牛串を三本頼む。人の良さそうな親父さんがタレをかけて肉を焼いてくれる。
「あいよ!牛串三本、熱いから気をつけろよ」
「ありがとう。はい、スイ、エルザ」
「やったぁ、おじさん、パパ、ありがとう!」
「あ、ありがとう」
スイの屈託のない笑みに親父ともども頬が緩む。エルザは人混みにやられて縮こまっている。
牛串を食べながら冒険者組合へ向かう。組合に近づくにつれ、軽く武装した人が増えていく。仕事帰りか仕事前かはわからない。
「ここが冒険者組合だ」
「おぉー」
スイは目を輝かせている。本にも冒険者の話は良く出てくるので、憧れもあるのだろう。
見た目は子供三人かつ二人は上級冒険者だ。例のごとく視線を浴びつつ奥のカウンターへ行き、スイは冒険者登録を、俺様達は指導依頼の受注を申し込む。スイには手順を説明しているので大丈夫だろう。このまま地下の訓練場で試験を受けられるはずだ。
「え!?この依頼、受けてくれるんですか!?凄く助かります、人がいなくて困ってたんです。明日の昼まで来なかったらこの子には北の街に向かってもらう予定だったので…」
聞けば、新人として試験を受け、いい成績を残したのだがパーティを組めていないらしい。試験だけで通る中で最高の第七階級らしいが、なかなか組む相手が見つからなかったそうだ。第六から第九までのパーティを手伝いつつモンスター討伐に励んでいたが、上級冒険者の手伝いがある遠征を知り応募したんだそうだ。
「なるほどな」
「ほんとに良かったです!集合は明日のお昼過ぎになります」
「遠征だが行きは転移を使ってもいいか?確かあそこまで普通の馬車だと二十日程度かかったと思うが、それだと牧場が心配だ」
「願ったり叶ったりです!地図をお渡ししますね」
今回の行先は行ったことがない場所なので、近くまで転移したら馬車で移動することになる。
「御者や借り馬車は必要ですか?」
「心得はあるが、慣れた人を紹介してくれると助かる。馬車は購入したい」
「かしこまりました、商会に手配しましょう。準備もありますし出発は明後日の朝でよろしいですか?」
「あぁ、それで頼む。新人くんは大丈夫なのか?」
「えぇ、伝えておきます。行きは転移ですが帰りは馬車なので荷物も多くなるでしょう。元々毎日働いてらっしゃる方なのでお会いする機会もありますし、依頼を受けてくださる方が現れ次第連絡することになってましたので」
そういうことで、依頼の受注は完了した。俺様とエルザ、そしてスイと新人くんの四人だ。新人くんはクロムというらしい。