八日目
今日も暇を持て余しています。ぼくです。今はお昼を多少過ぎたあたりかな?最近は時間の感覚も鈍くなった気がする。
何気なくテレビをつけたら、お昼のワイドショーだった。
「あ、ぼくの写真」
内容はぼくが行方不明になったから警察に家族から届け出がなされ、現在捜索中と言うものだった。
画面には高校を卒業した時くらいのぼくの写真が映されている。
「ひっでえ顔」
気が付けばぼくの体と周辺は大きく変化していた。
ぼくの顔には一生消えない傷と、かろうじてくっついたと言う右足。おかげで全力で走ることはもうできない。
前にも言った通り、基本的に人前では猫被っているから、写真の僕は笑っているけど笑っていなかった。
画面は切り替わり、ぼくの友人と名乗る人たちが神妙な面持ちでインタビューに答えている。
「昔から人が良くて誰とでも仲良くなれた」、「笑顔を絶やさない明るい子だった」、「早く見つかってほしい」
人々はこぞってそんなことを口にしていた。
「笑わせてくれる」
一言二言話した程度で友人なんて阿保らしい。ただの目立ちたがりか。
他の人のインタビューになった途端、ぼくは思わず固まった。
両親と妹だった。あの冷え切った家庭で共に育った、ぼくの妹。
容姿端麗で、文武両道で、まさに完全無欠の、ぼくの妹。
その妹が、いつもと変わらないような無表情で、質問に答えている。
否、無表情に見えるけどちがう。微かに声が震えている。
それはテレビで公然の目に晒されて緊張してるからか?それとも別の理由だろうか?
両親には、こんなに完璧な妹がいるのだから、ぼくなんかいなくたって気にも留めないだろう。
それはきっと妹だって一緒だ。お互いに興味を持ったことなんて一度もなかったのだから。
でも、これはどういうことだろう。
母は涙を流し、父は悲痛な声で情報提供を求め、妹は何かを堪えるように俯いている。
ぼくはその様子を、ただ見ているしかなかった。
今更、お前たちは、何を言っている?
ぼくのことをろくに見もしないで、いざいなくなったら寂しいだなんて。
「そんな虫のいい話があるわけないだろ」
半ば自嘲気味に言い放った。ああ、ずっとここにいるからか独り言が増えてしょうがない。
もし、ここが見つかって、保護されたとしても、ぼくは迷わず彼女の元へ戻る。
だって、はじめてだったんだ。あんな風に必要としてもらったこと。
今まで誰も、ぼくを心の底から信用して、評価して、必要としてくれた人なんて、いなかったんだ。
ぼくは一生ひとりぼっちで生きて、人知れず死んでいくんだと思っていた。
彼女は、そうじゃなかったんだ。
だから、彼女が必要としてくれる限り、ぼくは生き続けようと思うし、彼女のためなら人を殺したっていいとさえ思える。
彼女がそう望むなら。ぼくにそうしてほしいと言うのなら。ぼくはイカレだと言われても構わない。
「…………」
気分が悪くなったのでテレビの電源を消す。思わずリモコンをぞんざいに放り投げてしまって大きな音が出た。
しまった。壊したかな……
「ただいま」
「……おかえり」
今日の講義は3限までだったようだ。どうやら例のぼくの友人は撃退したらしい。心なしかすっきりした顔だ。
……そうだ、そういえば聞こうと思ってたことがあるんだ。
「あのさぁ、ちょっと思い出せないことがあるんだけど」
「なんだ」
「あれ、ほら、高校生の時、ぼくが顔に傷こさえた時の事。あれ覚えてる?」
「……!」
一瞬、目に見えて彼女が動揺した。え?どうしたんだ?ぼく変なこと聞いた?
「えっと……なんかすごい怪我をしたって言うのはなんとなく覚えてるんだけど、なんでかは思い出せなくてさ」
「……それはあれだ。お前、俺が告白したときあるだろ」
「う……あれは……今でも思い出すと顔から火が出そうだ」
「別にいいだろもう……あの後少ししてからお前、信号無視した車に撥ねられたんだよ。」
「えー……そんなことあったの?」
「ああ。それはもう酷かった。さすがの俺でも吐きそうになったぜ」
「嘘……見たの?」
「見たもなにも。そん時は一緒に下校してたんだよ。多分思い出せないのは、事故の後遺症で前後の記憶がぶっ飛んだせいだろう。もしくはよっぽど痛い目に遭ったから自分で忘れたとかな」
「そっかー……」
「頭も強かに打ったせいで人が変わったみたいだったからな。俺の告白も忘れちまったんじゃあないかとヒヤヒヤしたぜ」
「なんか皆言ってたねそれ……前の自分なんて思い出せないけど」
「まぁ暗い奴ではあったな……今はわからんが」
陰キャってことか……オタク趣味に傾倒してる辺り、似たり寄ったりな気がする。
あ、いや。ちゃんと2次元3次元の区別はついてますよ。じゃなきゃこんなに恋人にセクハラしません。
「そうだな……俺にとっちゃ、生きてさえいてくれれば、俺の傍にいてくれりゃあ、何も言うことはねぇ」
「それどういう意味……?ああでも、ぼくの事を好いてくれてるって意味ならうれしいんだが」
「だからそうだって言ってんだろ」
いつの間にか背後に来ていた彼女に抱き着かれる。その拍子にふわりと彼女の髪がぼくの胸に垂れる。
猫みたいにすりよってくるのがくすぐったくて、つい笑ってしまう。
「なんだよ」と可愛く睨む彼女に、首を大きく反らしてキスをした。
やっぱりぼくには、彼女ひとりいればいい。