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十二日目

「おいこっち向け」

「なんむがっ」

こっち向く前に無理やり顎掴まれてなんか口に突っ込まれた。めちゃくちゃ甘いな何だこれ。

「んがっふ……んぁ、ちょこだ?」

「ついに日にちの感覚も失せたか。カレンダー見ろ」

「カレンダー」

みたら2月14日に赤丸がぐるぐる書いてあった。バレンタインデーだ。

「ばれんたいんでー」

「そうだ。そして今俺がお前に喰わせたのはチョコレートだ。わかるな?」

「本命?」

「当たり前だ馬鹿野郎」

痛い、引っぱたかれた……照れ隠しなのはわかってるけど普通に痛いからその癖はなおしてほしい。

「それにしてもなんか変な匂いするねぇ」

「あ?変な匂いだと。一番高い奴を買ったし、特別変なものも入ってないつってたぞ」

「なんだっけこれ。お酒っぽいねぇ」

「……酒だと?」

噛んだ瞬間に中からとろっとしたアルコール臭のする何かが出てきた。ブランデー?ラム酒?

どっちでもいいか……

「…………ひっく」

ひっく。




「……兄さん」

……

「兄さん、兄さん」

…………ねむい……ちょっと黙っ

「兄さん!」

「うるっせぇぞ!」

しつこさのあまり跳ね起きた。せっかく人が寝てたのに邪魔するなよ。

気が付けば病室のベッドの上だった。妹が目に涙をためてぼくを見ていた。

「兄さん……やっと起きてくれた」

「あぁ?」

「もうずっと眠ったままだったんだよ。確かに、兄さんの事を考えると仕方のないことだったかもしれないけど……」

「待て。話が見えない」

「兄さんはあの人に捕まって、ずっと監禁されてたの。それを3日前に警察の人が助け出したの」

「……は?」

それを聞いて体温が急速に冷えていく気がした。彼女が、警察に捕まったってこと?

「よほど辛いことがあったんだね兄さん。でも大丈夫。あの人はちゃんと裁かれるから……」

「おい」

「……何?」

「いつぼくが助けろつった?」

「えっ?」

「ぼくは誰にも、いついかなる時でも、助けてなんて言った覚えはない。ぼくたちはあのままでよかったのに、何余計なことしてくれてんの?なんで?なんでぼくを引っ張り出したの?ぼくあそこから出たいなんて言わなかったよね?ねぇなんで?ぼくは幸せだったのに、なんでいつもいつもぼくの邪魔ばかりするの?ぼくがそんなに憎いのか?殺したいか?なぁ、憎いのかってんだよ!!」

あまりの事に自分でも理性が剥げ落ちて行っている気がする。いや剥げてる。

衝動のままに妹に掴みかかった。苦しいのか妹は掠れたうめき声を発している。

「……や…………にい……」

「苦しい?苦しいの?お前でも苦しいと思うことがあるの?まるで機械みたいに笑いも泣きもせずにいたお前が?お前に感情なんてあったの?ふざけんなよ。ぼくはお前の何倍も苦しかった。ただ息するだけで褒められてたお前とは違うんだよ。恵まれてたお前が!こんなことで!苦しんでる資格なんてねぇんだよッ!」」

力任せに妹を蹴り飛ばした。それでもぼくの怒りは収まらない。

「そうだ……行かなきゃ……迎えにいかないと……」

「っ……だめ、兄さん行っちゃ駄目!」

「うるさい!……会いたい……会って謝らなきゃ……」

「違うの!!兄さんは騙されてるだけなの!」

「だからなんだっていうんだよ!?」

「何事だ!……っ?!お前起きて、」

「ああ五月蠅い五月蠅い退けよクソがッ!」

病室の引き戸を開けた途端に父と鉢合わせた。邪魔をするなよぼくは今すぐあの子に会いに行かなくちゃあいけないんだ。

「あの女を探しているのか?やめるんだ、あいつはお前を!」

「お前も!邪魔をするのかッ!ぼくはあれで幸せだったのに!あれでよかったのに!それをなんで邪魔するんだよ!」

「違う、あいつは何も覚えていないお前を騙して……!」

「だったらなんだよ!騙されていたとしても!ぼくを必要としてくれた彼女の方がお前らよりも何万倍だっていい!今更家族ぶってんじゃあねぇぞクソが!」

捕まれた腕を振り払えば忌々しい父親は吹っ飛ばされた。強かに背中を打ったらしい。

会いたい。会いたいんだ。会って謝りたい。あんな奴らに捕まってごめんねって言いたい。そしてまたあの子がしょうがないなって、それで、

「……どっちにしろもう遅い。あいつはもうお前の知らないところにつれていかれた。おそらく金輪際会うことはないだろう」

「は……は…………?」

「安心しろ。お前は洗脳されてただけだ。ここでリハビリをしていずれは元の生活に……」

「あ、あぁ、あぃ、ぃいいいいあああああああああ!!!!!」

目の前で何かが弾けたのかと思った。気づけばぼくは形振り構わず走り出していた。

違う。違う違う違う違う違う!

ぼくは、本当に、彼女を、

後ろからばたばたと複数の足音。でも今のぼくにはそんなこと気にする余裕もなかった。

すれ違いざまに診療器具の置かれた台をひっくり返した。メスやら注射器が混ざっていたらしくて軽く腕を切った。

その痛みにすら気づかずにぼくはただ走った。行先なんて考えていなかった。何も考えたくなかった。

バン、と金属の扉がやかましい音を立てて開く。いや、蹴り開けたのか。少し足首を挫いた気がする。

ぼくは屋上にいた。夕焼けが眩しかった。夕日に照らされた町が遠くに見えた。ぼくは吸い寄せられるようにフェンスに取り付いた。

普段は施錠されていたのだろう。どうやらフェンスは一部腐食して脆くなっている。

力任せに引っ張ると非力なぼくの腕でもフェンスが千切れた。

君に会えないなんて、そんなの、

「しんだほうがましだ」

フェンスに足や顔をひっかかれて血が滲んだ。そんなことにも構わずにぼくはそのまま飛び降りた。

風が強かった。一瞬の出来事だった。ぼくは地面に叩きつけら





「っあ゛あ゛あ゛っがぁあっ!?」

「っ、ぐっぅ!?」

ごちん、という音が聞こえた。気づいたらいつもの部屋だった。

それよりもめちゃくちゃ頭が痛い。押さえながら声のした方を見れば顎を押さえた彼女がいた。

「い゛ぃ……ぁ、えっと……その……」

「…………」

「ご……ごめん、なさい?」

「おらぁ!」

「ぎゃぶっ!」

頭の痛みが吹っ飛びそうなボディーブローを貰った。吐きそう。

「うごっ……げぇ、」

「……いきなり跳ね起きやがって。いや、すまん。大丈夫か?吐きそうか?」

「いや……これはぼくが悪いし……」

再びソファに沈むことになったが、これもまた愛……と思うことにする。

彼女は眉尻を落として申し訳なさそうにぼくのお腹をさすってる。可愛い。

「……それにしても、一体どうした?嫌な夢でも見たか?」

「あー……いや、ええと……」

「なんだ、俺には言えねーってか?」

「あああ言います言います言わせてくださいっ!」

君、平時から子供見たら泣き出しそうなくらい目つき悪いのに機嫌悪いと更に厳つくなっていかにも人殺しましたみたいな顔になるからめちゃくちゃ怖いんだよぅ!

「……君に会えなくなる夢見た」

「ほぅ?」

「君が警察に捕まって、ぼくが絶対にいけないところに行ったって」

「……それで?」

「それで、ぼく、そんなの嫌だって、君に会えなくなるんなら死んだ方がましだって思って、」

声が震える。今でも飛び降りた時の感覚が全身から消えてくれない。まるで体に刻み込まれているみたいに生々しいのが消えてくれない。

「病院の屋上から飛び降りて、死んじゃった」

胸が苦しい。なんでこんな夢見ちゃったんだろう。頭ががんがんうるさい。彼女の顔が見られない。今こうしていることも夢なんじゃあないかと思って、不安で。

「そうか、怖かったな」

「……ぁ、ぁ、う、うぅう」

「おいで」

ばっと顔を上げてみた彼女の顔は酷く穏やかな笑みを浮かべていて、とても綺麗だった。

その瞬間に、なぜか涙が止まらなくなって、頭ン中ぐちゃぐちゃになっちゃって、上手く言えなくて、

「うっぐ、う゛ぇ、ぇ、ひぐっ」

「辛かったな。それは全部わるいゆめだ。俺はちゃんとここにいる。そうだろ」

ぎゅっと抱きしめられて頭を撫でられた。その手がとても優しくて、余計に涙があふれた。

「あ゛ぅ゛、ふう゛う゛、う、ぐひっ、う゛あ゛ぁ゛……」

こんなの、子供の頃には絶対になかった。悪い夢を見たって泣いても、母はぼくに見向きもしなかった。

父も、気持ちがたるんでるからそんな夢を見るんだ、情けない。と逆にぼくを叱った。

誰もぼくに優しくなんてしてくれなかった。

ぼくだって、人並みに愛されたかっただけなのに。

どうしてなんだろう。ぼくはどうしたらよかったんだろう。どうして愛してくれなかったの。

ぼくは生きてちゃ駄目だったの。

「ごめんな。ちゃんと見たはずだったのに、見落としてたみたいだ。あのチョコレート、酒入りだった。」

「えぐ、うぅ、ぁああ、」

「酔ったせいで酷い夢見たんだな。大丈夫、ごめん、ごめんな」

そんなことないよって言いたかったのに、口から出るのは形のない泣き声ばっかりで、それでまた情けないなって自己嫌悪して。

それでも突き放さずに抱いていてくれる彼女が、とても愛おしくて、苦しくて、申し訳なくて。

怖かった、怖かったよ。ってその日はずっと泣いたままで終わってしまった。

そのまま泣き疲れて眠ってしまったらしくて気が付けば日付が変わっていた。

「次からはちゃんと見てから買うぜ」とぼくの泣き腫らした目元を拭いながら彼女が言うから、ぼくは「チョコよりもキスして」って甘えた。

ちょっとした冗談だったけど、それでも頬をほんのり赤くしてキスしてくれる彼女にぼくはどうやったって敵わない。

明日もぼくが彼女のとってのぼくでいられますように。

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