初日
ある日の朝、「今日の夕飯は何がいい?」と聞くようなさりげなさで彼女は言った。
「俺に監禁されてみないか」
ぼくは深く考えずに「いいよ」と即答した。
するといつも表情に乏しい彼女が少しだけ驚いたような顔を見せたと思ったら、次の瞬間には頭に強い衝撃を受けて気絶していた。
しばらくして頭痛で目が覚めたが、どうやら自室のベッドに運ばれたらしい。ぐらぐらする頭を押さえて起き上がったが、ふと違和感に気づく。
「なんだこれ」
パッと見手錠に見える。それが右足にかけられてベッドから出られないように近くのチェストの足に繋がれていた。
あまりのことに困惑していると、彼女が入ってきた。
「玄関の鍵増やしてきた」
「仕事速くない?」
彼女とは中学の頃から一緒だが、未だにわからないことが多い。
必要と思ったことしか口にしない性質と無愛想な顔で誤解されやすいが、根っこはとてもイイコなのだ。
そんな彼女が突然犯罪者のようなことをのたまったのは衝撃だったが、それ以前にぼくは彼女の事がこの世の何よりも好きなので全く問題はない。
「それにしたってさ、何も殴って気絶させることはないでしょう?ぼくは別に逃げる気なんてさらさらなかったよ」
「……保険だ」
「なぜそう目を逸らす?」
普段何考えてるかわからないくせに変なとこわかりやすいんだな君は本当に!可愛い!!
可愛さのあまり抱き着こうとしたが、足が繋がれてたことを忘れていたので無様に顔から落ちた。
それを見ていた彼女が「すまん」と言いながら手錠を外してくれたのはいいが、正直死ぬほど恥ずかしいです。
「……なんとなく、不安だったんだ」
申し訳なさそうな声音でぼくのぶつけた額を撫でている。
「ああもう!可愛さがすぎるんだよ君は!」
辛抱堪らなくなったので今度こそ彼女に抱き着く。特に気にした様子もなく彼女はぼくを抱きとめた。
なぜこうもドライなのかと言うと、ぼくが何かにつけかわいいかわいいと言いながらべたべたしてくるのを軽くあしらわれるまでが日常の一部になっているからだ。
つまりは慣れた。慣れすぎて結婚もしてないのに熟年夫婦みたいになってる。まだ付き合って3年だけど。
目一杯彼女を抱きしめて首筋に顔をうずめた。やっぱこの甘い匂い香水とかじゃないよねやっぱ体臭だよねたまらん。
そのままふんふん言いながら彼女を堪能していたら、急に体を離される。
「すまん。講義に遅れる。」
「…………うん……」
彼女は見た目も中身もハイスペックな人生勝ち組だが、ドライすぎるところが玉に瑕だ。
っていうか、同級生だからぼくも講義はあるんだけどね?監禁生活始まったからもう関係ないけどね?
「ところで、周りにはなんて言うつもりなの」
「何も言わねぇ」
「でもぼくがいなくなって皆が真っ先に来るのは君のとこだと思うんだけど」
というか、今ぼくと彼女は絶賛同棲中なのだから、何日もこない、音信不通ともなればこの家に誰かしら来るのは必然だと思うんだけど……
「そこはアレだ、来客中だけお前を部屋に閉じ込めれば……」
「酷いごり押しだ……いや、ぼくは別にかまわないんだけど」
バレたらその場で終わりってことわかってるよね?彼女は妙なとこで手を抜くから毎度ヒヤヒヤさせられている。
「とにかく、その時のことはその時に考える。だからお前はここで待ってろ。早く帰るから」
「うん……」
そういって彼女は手早く支度を済ませて家を出ようとする。一応ぼくは出迎えのために玄関までついていくことにした。
「じゃあ……」
いってらっしゃい、と言おうとした口はやわらかい物で塞がれた。
彼女の口だった。あの、アレだよ、いってらっしゃいのキス。言わせんな恥ずかしい!
「いってきます」
当の彼女はいつもの澄ました顔でドアを開け、いつの間にか増やした3つ分の鍵も外からかけて出かけて行った。
足音が遠ざかっていく頃、ぼくはふらふらと自室に戻り、ベッドの横に立つ。
そして、
「なんっだよッ!もう!!しんどい!可愛すぎてしんどい!尊みがすぎる!神様ありがとう!」
思いっきりブランケットに顔を突っ込んでばたばたと暴れていた。
もう最初の時点で突っ込みどころ満載だと思うけど、ぼくは幸せです。
なんでかって?彼女がいるからさ。