第87話 取り巻きはお好きですか? 5
「ねぇ櫻井君、このヘアピンどう思う?」
「お……おう、可愛いんじゃないか、冬華」
「えへへ~~……褒められたぁ」
櫻井と取り巻きは場を移し、フードコートへと来ていた。
葉月は櫻井に褒められたヘアピンを購入し、早速使用し、櫻井にアピールした。
「櫻井君、何食べる?」
「そうだな……皆は何食べるか決めたのか?」
櫻井は振り向き、他の取り巻きたちに訊いた。
「私はまだ決めてないよ」
「あ~、私も決めてない」
「私もまだね」
「私も……」
取り巻き達は口々に返答する。
葉月は櫻井の腕を持ち、立たせた。
「ほら櫻井君、皆決まってないみたいだし私と注文しに行こ?」
「え、いや、まだ俺も決めてない……」
「ほら早く~」
葉月はぐいぐいと櫻井を引っ張る。
「ちょっと待つしとーか~、私も行くし~、聡助行こ?」
新井が立ち上がり、あいている櫻井の腕を取った。
「わっ、私も決めたから行こうよ!」
「あなたたち離れなさい、私が正妻よ」
「あ、私も」
新井を皮切りに取り巻き達は次々に櫻井に殺到した。
「ちょっ、ちょ……止めろよお前らこんなところで! 人前だぞ!」
「へっへ~、別にいいし~」
櫻井は顔を赤くして取り巻きを剥がそうとするが、取り巻き達の抵抗に負けて、という形をとってそのままの状態で歩き出した。
櫻井たちは銘々に料理を注文し、席に戻った。
葉月は櫻井の向かいに座り、胸元を大胆に開け、櫻井に迫った。
「櫻井君、このヘアピン本当に可愛い?」
「え……いや、可愛いって言ったじゃねぇか」
葉月の胸元が露わになり、その存在感を主張し、テーブルの上で鎮座する。櫻井の視線は自然、葉月の胸元に寄せられた。
「葉月さん」
「……?」
櫻井の隣から、高梨が声を上げた。
「葉月さん、胸あいてるわよ」
「…………え?」
葉月の胸元がざっくりと開いていることを、指摘した。
「……え、いやぁ、そう……かなぁ」
「開いてるわよ、ざっくりと。それじゃただの痴女よ。公衆の面前で恥をさらすようなことは止めなさい、ボタンを留めると良いわ」
「え……でもぉ、だってぇ、今日はこういう格好で来ちゃったんだし、まぁいいじゃん」
「ボタンを留めた方が良い、って言ってるのよ」
葉月は曖昧な返事で誤魔化そうとするが、高梨は追及の手を緩めない。
「べ……別に良くない? ほら、もういいじゃん! この話終わり! ね、櫻井君?」
「え……あ……」
「聡助君に話を振るのは止めなさい。自分の意見が押し通せないからといって他人を巻き込むのはどうかと思うわよ」
「…………」
「……」
「……」
高梨と葉月の言い合いで、重苦しい沈黙が流れる。
水城も新井も八谷も黙り込み、二人の舌戦を見守っていた。
「それにまだ言いたい事があるわ」
「…………何」
「あなた、見えてる下着は上だけじゃないわよ。いつもいつも下も見えてるわ。自分で気づかないのかしら? もう少し気を付けた方が良いわよ。公然でそんなにどこもかしこも下着を見せびらかすものじゃないわよ。今も、テーブルの下で下着が見えてるんじゃないかしら」
「いや、だって、今日はこういうスカートだし……」
「じゃあ明日から気を付けなさい。もう少し意識した方が良いわよ、自分のことを」
「…………」
「…………」
「……」
「……」
葉月と高梨は互いににらみ合ったまま膠着した。
「ま、まあいいじゃねぇかこの話はこれくらいで! ほら、折角演技の稽古しに来たんだからさ! こんなことしたって何の意味もないだろ?」
「……さ、櫻井君がそう言うなら……」
「……」
葉月はしゅん、と肩を落とし、俯いた。
「まあ、そう気落とすなよ冬華、そういう日もあるって」
「さ……櫻井君……」
櫻井は気を落とす葉月の頭を撫で、葉月に一輪の花のような笑顔が咲く。
「そうだよね! 別にこんなこと気にしなくていいよね!」
葉月は満面の笑みで、櫻井に笑いかけた。
そこで、料理の完成を告げるアラームが鳴った。
「ほら、皆料理出来たみたいだぜ? 早く取りに行こうぜ」
「賛成ー!」
葉月と高梨の舌戦が終了し、ほっとした取り巻きたちは互いに注文した料理を取りに行った。
「いっただっきまーーーーす!」
「いただきー!」
「頂きます」
櫻井と取り巻き達が揃った所で、食事が始まった。
「いや~、懐かしいなぁ、恭子」
「え!? あ、うん」
櫻井は眼前のパスタを頬張りながら、八谷に声をかけた。
「あ、前恭子と赤石が喧嘩したことあってさ、なんかよく分からねぇけど恭子が赤石のこと気に入らなくて、俺が恭子と赤石の仲介人? みたいなことしたんだけどさ」
「あったわね……」
取り巻き達は口を動かしながら、櫻井の話を傾聴する。
「その時俺と恭子カルボナーラとナポリタン頼んだけどさ、恭子がこういう頼み方したら二人で分け合える~、って言ってさ、二人で食べたよな、恭子?」
「うん……」
八谷は小さく頷いた。
「赤石君は?」
「……え?」
そこで、高梨が質問した。
「赤石君とは分け合わなかったのかしら」
「あ……ああ、赤石はハンバーグとコーヒーだっけな? を頼んでたなぁ」
「そう」
「で、その後デザート食ったんだけどさ、あれも美味しかったよなぁ~」
櫻井は高梨の追及をかわし、再度八谷に話を振った。
「そ……そうね」
「そういえば恭子が自分でパスタ巻いて俺に食わそうとかしてきて、懐かしいなぁ~」
「へぇ~、そんなことあったんだ」
水城は興味深そうに話を聞く。
「そういえば櫻井君、ツウィークでいつかそんなこと呟いてたね」
「あぁ、そういえば呟いたかなぁ」
水城は小声で赤石君か、と復唱する。
櫻井は呆けて追想し、手が止まった。手の止まった皿に、葉月のフォークが入り込んだ。
「あっ、ちょ!」
櫻井は咄嗟に意識を戻した。
「え……えへへ、櫻井君のパスタ貰ったぁ~」
葉月は頬に手を当てながら、上気した顔でパスタを食べる。
「はむはむはむ、美味しっ」
はむはむと言いながら、食べる。
「ちょ、葉月お前返せよ俺のパスタ!」
「いいよ、じゃあ櫻井君ちゅーしよ?」
もじもじと上体を捩らせながら、言った。
「く、口移しかよ!? 出来るかよ、そんなこと! も……もういいからやるよ」
「えへへ~、櫻井君さっすが~」
葉月は笑顔で、そう言った。




