第86話 取り巻きはお好きですか? 4
かりかりとシャープペンシルの音が、室内に響いていた。
高校二年の五月――
赤石は早、受験勉強に精を出していた。
ふと、手を止め、思い出した。
「そういえばあいつら今日全員デートか」
昼食時に高梨が執拗に、デートの日時と場所を喧伝していたことを思い出した。
「……」
ふと、気になった。
櫻井たちが何をしているのか。高梨が何をしているのか。八谷が、何をしているのか。
赤石は一度勉強を放り出し、ベッドに寝転がり、『ツウィーク』を開いた。
「……」
すす、とアカウントをはしごし、櫻井のアカウントに辿り着いた。
サクライ
今日は皆で演劇の練習しに来た
女の子しかいないのに、そんなグループにごく自然に溶け込む俺(笑)
(写真を表示するにはここをタップ)
「……」
共に添えられていた写真には、櫻井と、他取り巻き達の写真が載っていた。
相も変わらず自分が女にモテているということを喧伝するのに余念がない男だな、と無感動に見る。
櫻井の投稿には、返信があった。
初冬
サクライ、ちょっと載せるの早すぎ(笑)
櫻井の取り巻きの葉月からの返信。それに、例によって櫻井が返信し、そのやり取りが何度も続いていた。
一緒にいるんだからスマホを介さずにそのまま喋れよ、と心中で毒づく。伝播能力がある『ツウィーク』でそのやり取りを交わすことで、櫻井は『私は女から思いを寄せられて、こんな風にハーレムを作れるんですよ』と。葉月は『私は櫻井とこんなに仲が良いんですよ』と、暗に示しているとしか思えなかった。
櫻井と葉月のやり取りを見ているうちに、ふと、葉月の投稿がどういうものなのか気になった。
赤石は葉月のアカウント先に飛んだ。
「……」
違和感。
ごく自然に葉月のアカウントを見ようとしたその時、言いしれない違和感があった。
そういえば以前高梨に葉月の投稿を見せられたことがあったな、と、思い出した。
あの時高梨は葉月を貶めるような、自分を責めているかのような、複雑な表情をしていた。だが、それと同時に高梨に責め立てられたことも思い出した。
どうして葉月のことを責め立てるようなことをしている高梨が、あんな風に自分に言い迫って来たのか。
思えば、おかしい。おかしすぎる。
自分の嫌悪することをしておきながら、その当の自分を棚に上げて、何故人を責めることが出来るのか。
そもそも、何故櫻井のことが好きだ、櫻井の正妻だ、と公言しておきながら自分に関わって来たのか。そこに一体何の意図があるのか。
往時、高梨に勢いで言い負かされ冷静さを欠いていたが故に唯々諾々と高梨の言い分を信じてしまったのか、或いはまた別の何かか。
高梨を信じると決めた。自分を信じて、自分を友達だと言ってくれた高梨を信じたい。赤石は、そう胸に決心した。
だが、高梨が行った行為は本当に本心なのか。
どうにもこうにも時間軸がバラバラで納得できないことが多くあった。
鶏が先か、卵が先か。考えても、答えは出ない。
まるで高梨に洗脳でもされたみたいだな、と赤石は嗤った。
考えるのはよそう、高梨は自分のことを信じ、自分の為に忠言をしてくれた。何より、友達だと宣言してくれた高梨を信じれないことほど浅ましいことはない。
忠言耳に逆らうなんて言葉もある。きっと、斜に構えた自分の態度が高梨に猜疑心を抱くきっかけになったんだろう。
それに、自分が諫めたことが自分のやっていたことだなんてよくある話だ。自分のことを想って言ってくれたということだけは本心のはずだ。
そう、自分に言い聞かせるようにして高梨の行為を正当化した。
高梨の真意も本心もそのおかしさも全てを忘れ、かなぐり捨て、赤石は葉月のアカウントの投稿を見始めた。
葉月
今日はアイス食べた!美味しいかも~
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葉月
サクライとご飯食べに言ったけど、ご飯落としてて笑ったww
(写真を表示するにはここをタップ)
葉月
サクライ超面白いんだけど~ww
(写真を表示するにはここをタップ)
葉月の投稿を見返していると、特に何らかのメッセージ性もない様々な投稿があった。
ネットが好きなんだな、と特にこれといった感慨もなく見ていく。
途中で、手が止まった。
葉月
今日いとこの赤ちゃん見に行ったけど、ちょーーーー可愛かった!w
途中で柱にぶつかってえーんえん泣いてるの可愛すぎかもwww
(写真を表示するにはここをタップ)
恐る恐る写真を見てみると、そこには赤い顔をして泣きじゃくる赤ちゃんの姿が、あった。
「…………っ!」
ぞわ、と背中に悪寒が走り、咄嗟にスマホを手放した。
「……」
今まで感じたことのないような強烈な寒気が走った。
「……嘘」
赤石はもう一度スマホを手に取り、写真を見た。
やはりそこには代り映えのしない、泣きじゃくる赤子の姿が、あった。
恐らくは柱にぶつけたであろう頭を手で押さえながら泣きじゃくる、およそまだ歩く事すらできないであろう赤子。
そんな赤子の姿を可愛いと撮影し、ネットに投稿する葉月を、恐ろしいと、忌むべき存在だと、刹那、即断した。
一般的に、他者の投稿を見ている自分達には時間のずれがない。
赤子が柱にぶつかり、その様子が写真としてついてくれば、その二つを同時に見ることが出来る。ああ、赤ちゃんはかわいいなあ、といった表面的な感情しか湧出しないかもしれない。
だが、実際には違う。
赤石は、ネットに上げられる写真を見るたびに、言いようのない違和感を抱いていた。
投稿者の心中を吐露したものと写真がセットでついてくればそこにおかしさはないのだろう。だが、実際はその心中を表すものを撮影し、投稿するまでに時間差がある。
柱に頭をぶつけ泣きじゃくる赤子を嘲笑し、あまつさえ「超可愛いんですけど」なんて手前勝手に喚き、赤子の体調を慮ることすらなく、ぱしゃぱしゃと撮影する葉月の姿。
真っ先に、そのイメージが赤石の脳裏を過った。
赤子の体は発達しきっていない。柱に頭をぶつけただけでも何らかの異常が見つかるかもしれない。
善人なら、いや、一般的な人間性を持つ人ならば、まずは写真を撮影するなんて悠長なことをせず、赤子を看てやるべきだ。
超かわいいんですけど、と嗤いながら泣きじゃくる赤子を撮影し、何の臆面もなくネットに上げる葉月が、怖かった。何より、その行為を恥じていない葉月が、怖かった。
何のメッセージ性もない、何かを知らせる訳でもない、ただ純粋に泣く赤子が可愛いと思って上げた写真。
赤石は高梨の本心の一端に触れたような気がした。
高梨は本当に葉月のことを恐れ、それを周りに知らしめるためにあんなことをしたんじゃないのか。
それとも、何もかも自分が斜に構えた見方をしているだけなのか。
葉月の投稿にも何らかの裏があるのか。全てを知らないが故の忌避感なのか。
「…………」
考え込みすぎ、全ての思考が乱雑に絡まる。
赤石は一度全てを忘れ、再度勉強に身を乗り出した。




