第85話 取り巻きはお好きですか? 3
土曜日――
「うう……ちょっと早くに来すぎちまったな……」
デートの約束を取り付けた櫻井は、集合時間の一時間前に到着していた。
うろうろと落ち着きなく歩き回りながら、水城や他の取り巻きが来るのを待つ。
「あ……櫻井君! 早いね!」
「水城……!」
せわしなくしている櫻井に、遅れてやって来た水城が声をかけた。
「早いね、櫻井君。まだ一時間前だよ?」
ふふふ、と櫻井に笑いかける。
「いつ来たの?」
「い……いや、全然ついさっき! 全然待ってねえから!」
「ふふ……またそんなこと言って。もっと前に来てたんでしょ?」
「ま……まあそうだけど、いいだろ!」
櫻井は顔を赤くして、頭をかいた。
ふふ……。
照れてる櫻井君も可愛い。
水城は嫣然と微笑み、照れる櫻井を見やる。
「み、水城、今日は天気いいよなあ」
「そ、そうだね!」
「……」
「……」
「……」
「……」
会話が途切れ、二人に沈黙が訪れる。
「あ、あはは……へ、変だよね? いつもは普通に話せてるのに」
水城は頬をかきながら、櫻井に笑いかけた。
「そ、そうだよな! あ、あはは……」
「……」
「……」
一時的な二人の空間――
水城は胸を高鳴らせ、より一層顔の熱を強める。
や、やだ……私、ちょっと照れてるかも……。
ちらちらと櫻井を一瞥しながら、もじもじと上体をくねらせる。
ここで告白しちゃうのは、やっぱりズルいのかな……?
一瞬の逡巡。答えが出る前に、体を動かしていた。
「あ、あの……櫻井君……」
「え……」
「こ……こんな時に言うのはズルいって分かってるんだけど、私、私……」
「水城……?」
「私、櫻井君が」
「櫻井君早いよぉ~!」
水城が告白をする直前、物陰から葉月がとてとてと走り出してきた。
「うみゅう……あ、水城ちゃんもおはよう! 二人でこんなところで何してたの?」
「え、それは……」
葉月は人差し指をおとがいに当て、小首をかしげる。
水城が答えるより先に、櫻井が口を開いた。
「いやぁ、俺たちさっき会ってさ! 皆遅ぇなあ、って話してたんだよ! な、水城!」
「え……そ、そうだよ! そうそう! そういう話をしてたの!」
同意を求められた水城はこくこくと頷き、慌てた様子でぶんぶんと手を振った。
「えぇ~、二人とも怪しいよぉ~。まさか二人で来たとかないよね?」
「な、ないない! 違う違う!」
櫻井は否定する。
「まさか二人とも出来てたりしてないよね?」
「あはは、してねぇって」
櫻井は一笑に付した。
唐突に、櫻井が否定する。
やっぱり、脈がないのかな……。水城は困惑と不安とで胸をいっぱいにしながら、櫻井を見た。
交際の事実が全くないということを笑う櫻井。そこに、将来的な交際の事実の片鱗も見られないような、そんな気がしていた。
「まあ、そうだよね~。水城ちゃんも櫻井君も付き合ってるって感じじゃないもんね~」
「俺は誰とも付き合ってねえよ!」
そっぽを向いて地面を蹴る葉月の頭を、櫻井はぽん、と優しく叩いた。
「やっぱり……駄目なのかなぁ」
何度告白しようとしても、謎の力や謎の間の悪さで告白することすらかなわない。
何か他の力が加わっているかのように、自分の告白が阻害される。
どうすればいいのか。
「赤石君……」
咄嗟に、赤石の名前が出た。
櫻井の友達としてまず第一に浮かんだのは、霧島だった。だが、恋愛相談をするのに、力を貸してくれそうな相手に最もふさわしいと思ったのは、赤石だった。
赤石に相談すれば告白くらいはなんとかなるんじゃないのか。せめて、自分の気持ちを伝えることくらいは出来るんじゃないのか。
赤石と櫻井の取り巻き達との関係性を見守って来た水城は、漠然とそういった思考に陥っていた。
「相談……してみようかな」
葉月と櫻井が喋喋喃喃と話し合うそばで、水城はぼそ、と独り言ちた。
その後、新井と八谷、高梨が集まり、櫻井のデートが開始された。
どこに遊びに行くかの方針は定まってはいなかったが、全員が納得出来る場所として、近場の大型ショッピングモールに行くことになった。
新井はUFOキャッチャーをのぞき込み、櫻井に振り返った。
「ちょ、聡助聡助、これ取ってよ!」
「はいはい、ったく由紀はいつも俺にばっかり頼むな」
「へへ、聡助がいるから超頼もしい!」
「ったく、お前もちょっとは自分で出来るようになれよ」
櫻井は何度かのトライを繰り返し、新井が指さしていた景品を獲得した。
「サンキュー、聡助! 超好き!」
「ばっ、だからこんな所で止めろって由紀!」
抱き着く新井を、櫻井は両手でおしとどめる。
「新井さん、公衆の面前で何を馬鹿なことをしているのかしら」
櫻井に張り付く新井を、高梨は片手で引きはがした。
「そ、そうだよ! 由紀ちゃん、駄目だよ!」
「聡助に触っちゃダメ!」
「……」
取り巻きは三者三様に新井をたしなめたが、八谷だけは無言だった。
高梨はくすりと笑い、八谷に水を向けた。
「あら八谷さん、あなたは何も思わないのかしら」
「……え?」
茫然自失と地面を見ながら歩いていた八谷は、顔を上げた。話についていけず、困惑の色を見せる。
「え、あ、駄目だと……思うわよ、新井さん……そういうの……」
しりすぼみになりながらも、八谷は同乗した。
「あれぇ~、恭子ちゃんなんか今日元気ない?」
葉月は指を唇に当て、蠱惑的に尋ねる。
「最近八谷さんは常に元気がないわね。何故かは私には分からないけれど。聡助君はどう思うかしら?」
「そ……そうだよな、最近恭子元気ねぇよな」
櫻井もまた、心配の色を見せる。
「だ、大丈夫よ聡助! あ、あはは……」
八谷は空元気を振り絞り、未だに葛藤と決別できずにいた。
櫻井が八谷を心配する一方で、葉月はスマホをいじっていた。
「あら葉月さん、あなたは何をしてるのかしら?」
「え? 今日のことツウィークに投稿したんだぁ」
「へえ……」
高梨は愛想もなく、返答する。
「ツウィークで……ね」
どこか気の重そうな顔をして、高梨は復唱した。




