第8話 櫻井聡助はお好きですか? 3
8月10日(木)八谷の様子を少しだけ足しました。
「お待たせいたしました、カルボナーラとナポリタン、レギュラーハンバーグとライスでございます」
その後も櫻井と八谷とは互いに睦み合い、赤石に一切の関心を向けないまま、料理が運ばれてきた。
赤石がハンバーグを頼んだ際、櫻井は八谷と赤石との険悪な雰囲気を留めたが、あれすらも八谷に、赤石と何の関係も持って欲しくないという独占欲によるものではなかったのかと、赤石は邪推していた。
赤石がハンバーグを頼んだ理由は、櫻井と八谷とがカルボナーラとナポリタンを頼んだからである。
カルボナーラとナポリタン、イチゴパフェとチョコレートパフェ、そのどちらもが、二人で分け合うことで味の共有が行えるという免罪符が使用出来る食べ物である。
仮に赤石がペペロンチーノでも頼もうものなら、櫻井と八谷が二人きりで食べ物を分け合うのに幾分かしら気まずさを感じるかもしれないと、そう考慮してのことである。
また、そうなった場合は自分すらも気まずい思いをすることになるだろうと、予測していた。
「ほら、聡助ナポリタン頂戴よ」
「分かってるっつの」
赤石の予想通り櫻井と八谷とはナポリタンとカルボナーラを交互に食べていた。
八谷はチラチラと櫻井の様子を伺いながら麺をすする。
赤石は一人ハンバーグとライスとを食べていた。
今この状況を他者から見れば随分と滑稽だろう、と思いながら赤石は食べ続ける。
一人きりで殆ど会話することもなくハンバーグを食べる男子学生の向かいには、常に二人で歓談しながら睦み合う男子学生と女子学生。
その二人は互いにご飯を共有している。
滑稽な事だろう、と赤石は自嘲気に嗤う。
余人が見れば、どこからどう見てもカップルと、それにつれて来られた哀れな友達である。
八谷は、ナポリタンをフォークに巻き付け、手をプルプルと震えさせ、頬を紅潮させながらも櫻井の口にナポリタンを押し込む。
いつの間にここまでラブコメチックな展開が広げられていたのか、と、赤石は遅ればせながら八谷と櫻井を見やる。
八谷と二人で食事をしたかったという櫻井の思惑から、櫻井の慕っている相手は八谷とも考えられるが、美女を五人も侍らせている櫻井の性格から考えて、八谷に好意を寄せているかどうかは未だ判然としないな、と推測していた。
赤石は櫻井と八谷を見ながら完食し、コーヒーを飲んでいた。
八谷は睦み合う手を止めコーヒーを飲む赤石を一瞥し、半眼で眉根を少し寄せた。
「あんたコーヒー飲んでるんでしょ? ミルクとか砂糖とか入れない訳?」
「なんで?」
会話を始めようとする八谷が常に喧嘩腰な口調なので赤石は売り言葉に買い言葉と、少々挑発的に返答する。
「いや、入れた方が美味しいでしょ。もしかしてそっちの方が美味しいとか思ってるわけ~? 大人ぶって」
「俺はこっちの方が好きなんだよ。人の好みに口出すなよ。俺の勝手だろ」
「なっ……何なのあんた一々喧嘩腰で⁉ 私が折角話しかけてやってるんだから止めてよね、そういうの!」
「別に話しかけて欲しいとか全く思ったこと無いね」
「なっ……赤石!」
堪忍袋の緒が切れたのか、八谷はテーブルを強く叩き立ち上がり、周りの客がその口論と音を聞きつけ、一斉に振り返る。
櫻井は周りの客たちの視線を察知し、八谷を押しとどめる。
「まぁまぁ恭子、落ち着けよ」
「だっ……だってあいつが!」
「よしよし、大丈夫大丈夫」
櫻井は八谷の頭を撫で、甘い言葉を投げかける。
「んっ…………」
八谷はされるがままに頭を撫でられ、落ち着いて席に座った。
だが、はっと気付き、耳まで真っ赤になった顔のまま赤石の顔面を軽く殴る。
こういう時に自然に異性の頭を撫でて落ち着かせようとする櫻井に、言い知れない嫌悪感を感じる。
自分が嫌われていない、むしろ慕われていると実感しているからこそ出来る行為。自分に好意を寄せていないような異性にこんなことをすれば不興を買うことなど鶏でも分かるだろう。
やはり櫻井は、取り巻き五人が自分を慕っているということを理解しているのか、それともこうすれば自分に好意が寄せられると信じているのか、どちらにせよ、気持ちの悪い男だと、感じた。
ほどなくして八谷と櫻井も自身の料理を完食し、櫻井がようやく八谷と赤石との仲を取り持つよう計らった。
櫻井はパン、と手を叩き、
「さっ、恭子と赤石、ほら、今までお互い看過出来ないこともあったんだろうが、今日でもう仲直りしようぜ? な? お互いいがみ合ってても学校生活楽しくないだろ?」
「んっ……聡助がそういうなら私はまぁ……吝かじゃあないけど……」
「ほら、赤石も」
櫻井は赤石に目を向ける。
八谷と仲良くしようが仲違いしようが、赤石にとっては些事であるし、誰かに八谷との仲を取り持って欲しいとも全く思っていなかったが、櫻井に言われるがままに仲直りの場を手配されてしまったので、赤石も素直にうなずく。
櫻井は赤石と八谷の様子を見て一度大きく頷く。
「よし、じゃあ恭子、赤石、お互いごめんなさいしよう、な?」
「ん……赤石、ごめん」
「あぁ……こっちも悪かった」
どうして自分が仲良くしたいとも思っていない女に謝って仲直りをさせられているのか。
全く得心がいかなかったが、赤石も素直に謝る。
新たな火種を増やすような愚行には走らない。
「さ、じゃあ会計しにいこうぜ! 恭子、行ってくれ」
「分かった」
櫻井は八谷の両肩を持ち、先行するよう促し、赤石は二人が出るのを見送って、最後尾で追従した。
会計を終えた三人は店を出て、櫻井は大きくのびをし、八谷はその櫻井に見とれ、赤石は所在なさげに横を通る車の数を数えていた。
「じゃ、帰ろうぜ!」
櫻井は高校の最寄り駅へと歩き出し、八谷は櫻井の隣で歩き、赤石は最後尾で一人で車の数を数えながら歩いていた。
赤石は、考える。
今日一日で起こった出来事の全ての原因と理由を。
人一倍物事に対して批判的な目を持つ赤石は、今日における櫻井の行動にひどく嫌気がさしていた。
自分と八谷との仲違いはその当人でのみ処理する事象であり、互いが互いをよく思っていないのにも関わらず余人が強引に介入し、その仲を取り持つようなことは、赤石が最も嫌いとするところだった。
余人は当人への介入を行わない、というのが赤石のモットーであり、言わば櫻井の行動はひどく『余計なお世話』であった。
赤石自身、八谷に名前の意味を調べるよう催促はしたが、それでも強制はしなかった。
しかし、櫻井の今回の行動は赤石のそれとは大きく異なっていた。
正義ぶった面をして偽善を行い、その結果当人が何を思っていようと、自分さえ満足できればそれでいいというような所感しか、持たなかった。
その両者が仲直りを望んでいる場合にはその仲を取り持つことも自己満足の範疇に収まらないものなのかもしれないが、今回の場合、赤石にとってはそれを望んでいたわけでもなく、八谷にとっても同様である。
どうして櫻井は人の事情にここまで突っ込んでくるのだろうか、赤石は嘆息しながらも櫻井の背を見る。
今も櫻井は八谷と仲睦まじく歓談し、八谷は櫻井の肩をぺたぺたと何度も触りつつ、殴っている。
今日一日で、櫻井の女好きには随分と舌を吐かされた。
櫻井は偽善心から自分と八谷との仲を取り持ったわけではなく、八谷が……女が絡んでいるから、赤石に求められてもいない偽善心を発揮した。
櫻井が八谷と二人で話したいという一面もあったのかもしれないが、八谷に限らず異性ならば誰でもこのような行為に走るのではないかと、考える。
確証は、ない。
八谷と自分との舌戦をさせるでもなく、仲を深めるために談笑させるでもなく、櫻井は八谷と話すことにのみ注力した。
そこに赤石を慮るような感情は一片もなく、ただ単に自身の欲望を満たすためだけの事象であった。
なぜなら、女にのみ注力するからだ。
赤石は大きなため息を吐いた。
結局のところ、自分も櫻井の性欲を満たすがためだけに利用された操り人形で終わってしまった、と。
その後も赤石の眼前で八谷と櫻井とが睦み合っていたが、ふと、櫻井が立ち止まった。