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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第78話 嫌われることはお好きですか? 2



 五月の中旬も過ぎ、下旬――


 ついに文化祭の開催まで残り一ヶ月を切り、各クラスが本格的に練習を開始した。


「おっけーーーー、そこそこそこ」

「ちょっ、セット壊れる! もっと丁寧に扱えや!」

「はぁ!? 知らないから」


 五月の初旬から作成していたセットを教室に設置し、生半に文化祭の雰囲気が醸し出される。


 赤石たちはクラスに残り自主映画の作製をし、櫻井たちは体育館で演劇の練習に勤しんでいた。


「いや~、今日は体育館使用の予定取れて良かったな~、高梨」

「そうね、今までの練習がここでようやく形に出せるわね、聡助君」


 櫻井は例によって取り巻きに囲まれ、演壇で喋喋喃喃と話し合っていた。


「いや~。久しぶりに皆で集まったなぁ~、な、高梨?」

「そうかしら、私はいつもいた気がするけれど」

「そうだよな、恭子?」

「え…………あ、そう……ね」


 櫻井に話しかけられた八谷はどもりながらも、返答する。

 暗い顔で俯き、いつもの自由闊達とした雰囲気は鳴りを潜めていた。


「おいおい、どうしたんだよ恭子? また熱でもあるのか?」


 八谷の異変に気付いた櫻井は八谷に歩み寄り、腕を掴んだ。


「あ…………う」


 小さく声を漏らす八谷を黙殺し、櫻井は八谷の首に手を当てた。


「あ、熱っ! おい恭子大丈夫かよこれ? 滅茶苦茶熱いぞ?」

「だっ……大丈夫よ、大丈夫!」


 八谷は一歩後退し、両手をぶんぶんと振る。

 高梨は八谷の様子を瞥見し、櫻井の手を取った。


「何をしてるのかしら櫻井君、正妻である私を差し置いて」

「いや、正妻じゃねぇだろ!」

「ちょっとぉ~、高梨さん駄目だよっ! 抜け駆けしないでっ!」

「いや、抜け駆けってなんだよ!」


 高梨を皮切りに、葉月が櫻井の腕を取り、自身の胸部を押し付ける。


「ちょっ……ちょっと皆、やりすぎじゃない……?」


 水城もまた、おどおどとその輪に入り込む。


「なんだし皆~、私も~」

「おいお前ら何してんだよ! 人前だぞ!」


 新井もまた同様に、櫻井にしがみつく。

 櫻井は顔を赤くして叫んだ。


 いつもの光景に、周りの生徒たちが羨望や嫉妬を含んだ眼差しで見つめる。

 

 櫻井による櫻井のためのハーレムが完成していた。


 だが、八谷だけがその輪に、入り込めていなかった。

 高梨はそんな八谷の様子を見逃さない。


「あら八谷さん、どうしたのかしら? こっちに来ないの?」

「え……その……私は……」


 もじもじと手を動かしながら、そっとその輪に入るが、櫻井からは離れている。

 どっちつかずな対応。


「ど……どうしたんだ、恭子? 本当に大丈夫か?」


 取り巻きに抱き着かれながら、櫻井が八谷を心配そうな瞳で見据えた。


「何か困ったことがあれば言えよ? 俺らの仲だろ?」


 にかっ、と満面の笑みを作り、櫻井は八谷の目を見た。


「う…………うん、ありがとう、聡助……」


 そんな櫻井の厚意をありがたく思いながらも、八谷は胸にちくりと痛みが走るのを感じずにはいられなかった。



 櫻井が取り巻きに囲まれ、話し合い、演技の練習がいつまで経っても始まらなかった。

 演技練習の開始時間が遅れ、生徒たちが段々とイライラとする。


 そんな中、ある一人の女の嗄れ声が体育館に響いた。


「ちょっとぉ~、マジめんどいんだけど。なんでこんなとこいなきゃいけない訳? いつになったら始まる訳? 早くして欲しいんですけどぉ~」


 段差に座り、ふんぞり返った平田が、声を発した。

 手持無沙汰だった生徒たちが、一斉に平田を見た。

 平田の取り巻きは平田に追従するように、言葉を継いだ。


「本当そうなんだけど~! 彩音もこんな所全然来たくないから~、男子たち早く用意してくれる~? マジ時間の無駄っていうかぁ~、本当ダルいんだけど~」


 平田もまた櫻井と同様に取り巻き達を従え、放課後に演劇の練習を行わなければいけないという事態に愚痴を漏らしていた。

 平田の愚痴を聞き、生徒の士気が下がる。


 一瞬にして、現場の空気が重くなった。


「俺水城ちゃんのジュリエット姿が見たかっただけなのになんで誰も練習しねぇんだよ……誰かやれよ」

「本当……櫻井はまた女に囲まれてるし……羨ましい!」

「なんで櫻井ばっかり!」

「どうして櫻井ばっかりが!」


 平田に文句を言われた男子たちが、腹の底に溜まった怒りの矛先を櫻井に向けだした。

 羨望と嫉妬、他様々な感情が入り混じった瞳で櫻井に目を向ける。


「なんか演技の練習そろそろ始まりそうだね」


 水城は重苦しくなった空気を察知し、櫻井から離れた。

 高梨はあらゆる感情を削ぎ落としたような表情で、平田の下へと向かって行った。


 平田の前で、立ち止まる。


「平田さん、あなたは先導も用意も何もしてないんだから、あなたが文句を言うような筋合いはないわよ?」

「はぁ? マジうっせぇからお前、やんのかよ」


 平田は立腹した態度で立ち上がり、取り巻きもまた立ち上がった。

 平田と高梨とが、互いに睨み合う。


「大体、あなたたちあれだけ先生に言われて何も学ばなかったのかしら? 馬鹿なのね」

「はぁ!? うっせぇからぁ、ゴミが。お前に何の関係があんだよ、マジ? クソウザいんですけど」

「赤石君に泣かされておいてよくもまぁ今でもそんな態度が取れるわね」

「ちょっ、朋美のこと悪く言うの止めてくれない!? あんたこそ何様のつもりよ!」

「うるさいわね、あなたたちも赤石君に怒られて泣きべそかいてたじゃない」

「かいてないから! マジうぜぇんだけどこいつ!」


 平田たちと高梨が舌戦を繰り広げ、クラスメイト達は巻き込まれないように、と端で縮こまりだした。

 

 演劇の練習のために借りたとはいえ、体育館での部活はあった。演壇を借りてはいたが、体育館にはバドミントン部やバレー部など、様々な部員がひしめいていた。


 部活動に勤しんでいた部員達も平田たちの様子を察し、手を止め、遠巻きからその様子を眺め出した。


「前にあんな失態を晒したのによくもまぁぬけぬけと自分本位のグループなんて作れたものね。感心するわよ、本当に」

「はぁ!? そんなのマジ関係ないから。それにあいつだってあの後何日も休んでたっしょ。どうせ学校来るのが怖かったんっしょ? 私らがいるからさ、ぎゃははははははは!」


 平田とその取り巻きは腹を抱え、嘲笑を伝播させる。


「そうやって人を見下して自分の自尊心を保とうとしてるのね。止めた方が良いわよ、あなたたち。弱い人間が徒党を組んで偉そうにしても何も生まれないわよ。自分の実力をわきまえてあなたたちは他人様の迷惑にならないように日陰者として、道の端で生きていけばいいわ」

「あぁん!? っんだよ、その言い方はよぉ! てめぇっざけんじゃねぇぞあぁ!? 私らとそんなにやり合いてぇってのかよ!? マジ意味分かんねぇんだけど!」


 舌戦は収まる様子なく、時間が経つごとに激論へと変貌していく。


 誰もがその状況に手を拱き、誰も口を挟むことが出来なかった。


 他の人に迷惑になるから、と水城が小声で高梨を止めようとするが、鎧袖一触、高梨の相手にはして貰えない。


 その舌戦が数分続き、部活動に差し障りがある、と判断した部員達が平田たちに足を向けたとき、その部員たちの中から声がした。


「おぃ……ちょっと脚本で手直しした所があったんだが」

「「あぁ!?」」


 集団で直談判をしに来た部員達の中から、赤石が歩いてきた。

 高梨と平田の怒りを同時に受けた赤石は足を止める。


「いや……一人称と呼び方が統一されてなかったことを報告しに来た」

「ちっ!」


 水を差されたことに平田は憤慨し、赤石の耳にも届く程の声量で舌打ちをする。 


「……」


 地獄のような光景だな、と赤石は思った。

 演劇の練習をしているのかと思えば高梨と平田が言い争っており、練習を開始してすらいなかった。


 演劇のチームに入らなくてよかったな、と胸を撫で下ろしながら、赤石は脚本を水城に手渡した。


「じゃ」


 赤石は短く別れの挨拶を言うと、教室へと戻った。

 赤石が水を差したことで、気まずい雰囲気が流れる。


「まぁまぁまぁまぁ、そういうことだから!」


 高梨と平田の怒りの火が鎮火しかけたところで、櫻井が二人の中に割って入った。


「おいおい二人とも、まだ演劇の練習なんだからさ、止めようぜ? な、高梨」


 櫻井は高梨に身体を向け、どうどう、と高梨を止める。


 平田の肩も持ったことで、わずかに平田の留飲も下がる。

 

「まあまあ、高梨。ほら、練習始めようぜ」


 櫻井は高梨の肩を持ち、自身の取り巻きの方に押した。

 

「マジクソうぜぇんだけど、あいつ」

 

 櫻井が連れて行った高梨の方向に、吐き捨てるようにして平田は呟く。

 

 櫻井は平田から高梨を離し、高梨を宥めすかすことで、その場をしのいだ。


 

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