閑話 すごろくゲームはお好きですか? 3
すごろくゲームも終盤に近付き、大勢は決しようとしていた。
赤石は所持金こそ少ないものの、結婚を果たし、四人の子供に恵まれ、家も購入した。
須田はベンチャー企業が軌道に乗り、莫大な金銭を手にした。結婚こそしていないものの、家を購入し、恵まれた独身生活を送っていた。
三千路は大スターへの道のりを着実に歩き、須田を超える金銭を手にした。が、購入したマンションが壊れ、信じていた友達には裏切られ、日々外を歩くにも窮する、肩身の狭い生活を強いられていた。
「解せん……解せんぞ……」
三千路は自分のコマを眺めながら呟いた。
「あの時は……あの時はまだよかった。職業決めの時、悠は公務員だし統は無職だし、アイドルになった私がこんな悲惨な運命を歩むような兆しは、全然なかった」
淡々と、追想する。
「おかしいじゃない! ちょっと! どうなってんのよ! 悠、どうなってんのよあんた!」
三千路は赤石の所持金を見た。
所持金こそないものの、土産物や祝賀品など、他者からもらった様々なものが、赤石の手元にあった。
「どうして大スターの私がこんなひどい目に遭ってあんたがこんな良い思いしてんのよ!? おかしいでしょ!」
「人徳の差だ」
赤石は返答し、サイコロを振った。
一と三、合計四。
赤石はコマを進めた。
「『宝くじが当たり、五万を手に入れる』。なるほど」
「なるほどじゃないでしょうが!」
ばんばん、と床を叩く。
「人並みすぎるでしょ、幸福が! 今まで統も私も一千万くらいの宝くじ当ててんのに五万はリアルすぎるでしょ! おかしくない!? ねぇ統、おかしくない!?」
「人徳の差だな」
「なんでよ!」
持っていた札を地面に放り投げた。
「いや、人徳の差だったら悠最下位でしょ!? 悠に人徳ってあり得ないじゃん! 一番ない組み合わせじゃん! アイスに天ぷら、ウナギに梅干しじゃん!」
「食べ合わせの話か」
「はぁ……もういいわ、疲れたわよ、私」
赤石からさいころを受け取った三千路はさいころを投げた。
一と一、合計二。
「はぁ……一、二。『仕事に精を出しすぎ、疲労困憊する。次回休み』。……う、うぅ……」
泣きながらサイコロを須田に手渡す。
どうしてこんなに頑張ってるのに私は報われないの、と呟きながら目線を逸らした。逸らした視線の先に、三千路はゲーム機を見つけた。
「……ねぇ」
「どうした、すう」
須田はさいころを投げながら返答する。
「悠ってさ、ファッションとか旅行とか食事とかに興味ないし、虚無主義じゃん?」
「そうだなぁ。なんてーか、厭世家と虚無主義と反骨精神と懐疑主義と天邪鬼と合理主義と人間性をごちゃ混ぜにしたような感じ?」
「分かりにくい」
他人事でない赤石は会話に入り込む。
「でもさぁ」
三千路はゲーム機を指さした。
「合理主義なのにゲームがあるのおかしくない?」
「……確かに」
須田はうなずいた。
「っていうかさぁ、男ってなんかゲーム好きな人多くない? 悠はゲーム好きってほどじゃないかもしれないけど、統とか私とか来た時やってるじゃん? 合理的じゃないと思うんだけど」
「だって、悠。あ、はい、サイコロ」
須田は手をマイクの形にし、赤石にさいころを渡した。
「そうだな……ゲームは、ファッションとかと違って、結果が目に見えて分かるから……かな」
「結果が目に見えて分かるから……?」
「そう。レベルとかヒットポイントとかマナポイントとかさ、頑張ったら頑張っただけ、数値でその結果が出て来るだろ? 人間関係とかは頑張っても頑張っても数値で出て来ないから分かりづらい。好感度メーターなんてものがあったらいいんだろうけど、結果が出ないから頑張ろうと思えない」
「なるほど……」
三千路はおとがいに指を持っていき、考え出した。
「それに、キャラクターメイキングが出来るから、誰にとっても平等な条件でスタートできるし、容姿で差別されたりもしない。自分の中にあるものだけが定量的に分かるから、とかいったところじゃないか」
「あんた嫌な言い方するわね~」
俯いたまま、三千路は赤石を睥睨した。
「そういう意味で言えば、学校の勉強とかも数字で出てくるから努力した分、上に行ってるって実感があるよなぁ」
「そうだなぁ」
須田はうんうんと頷いた。赤石までとはいかないものの、須田もそこそこの学力を持っていた。
「統、学校遅刻したり欠席しまくるのに結構いい成績取るよな」
「まぁ、いい大学行きたいからなぁ」
「お前そういう所あるよな。なんだかんだ言って、結局堅実な道選ぶからなぁ、統は」
「ちょっと勝手に話し出さないでよ、二人とも」
三千路は赤石と須田の両方に、待ったをかけた。
「私すごい頭悪いんだけど、どうしたらいいの?」
「たしかにすうはあまり頭良くないな。まぁ、頭の良さだけが人生じゃないだろ」
「いや、そういう意味じゃなくて。悠と統、地元の国公立大学志望でしょ?」
「まぁ、そうだな」
「俺もそうかなぁ」
赤石と須田はうなずいた。
地元で最も有名な国公立大学が一つあり、自然に二人はその大学を目指していた。
「私も悠たちと同じ所にしたいんだけど?」
「今のすうの学力じゃ無理だな」
「そこをなんとか」
「そこをなんとか出来るか」
赤石は立ち上がり、模試の結果を持って来た。
「ほら、すうこれ見てみろよ。これが今の俺の学力と、志望大学の判定。今の俺の学力でB判定だから、すうはもっと頑張らないと厳しいな」
「助けてよ二人ともぉ」
「「勉強しろよ」」
須田は赤石からサイコロを受け取った。
「まだ二年の六月、今から頑張ったら何とかなるんじゃないか?」
「よし……統、悠、夏休みは三人で勉強しよう」
「どこで?」
「悠ん家」
「いいねぇ!」
「なんでだよ!」
「ほら、私と一緒の大学に行けるんだよ? そのためには悠も多少の骨くらい折るべきじゃない?」
「いや、それ俺がお前と同じ大学に行きたいみたいになってるだろ。逆だろ、逆」
「そんなことどっちでもいいから、あと一年半私たちで頑張って受験勉強しようよ! 同じ大学行こうよぉ!」
「一、二、三……お、俺あがったぞ」
「話聞いてぇ!?」
赤石と三千路の会話を端に、須田はさいころゲームのゴールにたどり着いた。
「じゃあ……たまに家で集まって受験勉強でもするか? お前ら」
「賛成~!」
「おう、俺も賛成!」
「じゃあお前ら普段からちゃんと勉強しとけよ」
「了解~!」
受験勉強に対する心構えや方針が決まった所で、三千路と赤石も遅れてゴールした。
結果、三千路が優勝し、次に須田、次に赤石がゴールした。
「なんか私勝っちゃったんだけどでも……」
三千路は赤石の土産カードや祝賀品カードを見た。
「なんか……腑に落ちないわね……」
「人生で成功することが必ずしも幸福とは言えない、そういうメッセージ性の詰まったすごろくだったのかもしれないなぁ……」
「いや、そんな深い意味ないだろ」
「もう一回、もう一回やろ! ちょっと二人とももう一回やるわよ! 早く用意してよ! 今度は私も結婚して十人並みの幸せな人生送るから! パパラッチに追い回されるとかもう勘弁だから!」
「俺はもう一回ベンチャーで社長になっても面白いかもしれねぇ」
「いや、勉強するって言ったばっかだろ……」
赤石はため息をつきながら、すごろくゲームの再戦に身を乗り出した。
三千路も須田も赤石も、前回とあまり変わらない人生ルートを辿った。




