閑話 すごろくゲームはお好きですか? 2
「じゃあ次俺振るわ~」
須田はさいころを振った。
〇と二、合計二。
「お、俺もすうと同じマス止まったじゃん。『いきなり仕事が認められ、一段階上のステージに上がる』。……えーっと、無職は何か上があるのか、悠?」
赤石はルールブックを見た。
「『エリート無職、給料が十倍になり、給料日には出た目の百万倍の給料を得る』って書いてあるな」
「エリート無職ぅ!? なんかかっけぇ! 給料も大幅アップじゃん!」
須田は喜色満面、エリート無職のカードを受け取った。
「じゃあ次は俺か」
赤石は賽を振った。
四と四、合計八。
「一、二、三……『突然の環境の変化に耐え切れず、仕事を休む。給料日を通り越していた場合、給料がなくなる』……」
赤石はすごろくのマスを見た。赤石の止まったマスのひとつ前に、給料日があった。
「……給料が無くなった」
赤石は茫然と止まったマスを見た。
三千路は眉根を寄せ、呆れた顔をして赤石を見た。
「悠、あんたなんでもかんでも興味がないからそんなことになるのよ、全く……。ねぇ」
「まぁ、確かに悠は大体のことに興味ないよなぁ~」
三千路と須田は互いに顔を見合わせる。
三千路は指を鳴らし、赤石に問いかけた。
「悠、地元の祭りとかどう思う?」
「興味がない」
「天ぷらにかけるのは塩? つゆ?」
「どっちでもいい」
「ヨーグルトに果物は?」
「入れても入れなくてもいい」
「ハンバーグやオムライスにかけるのはケチャップ? ソース?」
「どっちでもいい」
「おにぎりに具は?」
「あってもなくてもいい」
「からあげにレモン」
「どっちでもいい」
「目玉焼きに醤油? 塩?」
「どっちでもいい」
「コーヒーに砂糖は?」
「入れても入れなくてもいい」
「そもそも食べ物に興味は?」
「ない」
「海が好き? 山が好き?」
「どっちも何も思わない」
「年末が好き? 年始が好き?」
「どっちでもいい」
「……」
「……」
はぁ、と三千路はため息をついた。
「…………ほらね?」
「ほらね、ってなんだよ」
須田に笑いかけた三千路に呆れた顔を向ける。
「まぁ悠もどっちがいい、って言われたらあるけど、敢えてその片方に熱を入れるだけのものがない、ってだけだと思うぜ。ほら、悠って虚無主義だからさ」
「分かる~~~」
須田に向かって、三千路は指をさす。
「いや、虚無主義ってなんだよ、虚無主義って。もっと熱あるわ、俺は」
「いや、全然悠は熱ないよ! 前三人で服買いに行った時も『大学入試の問題集より高い服は買わない』みたいなこと言ってたよね~。なんていうか、虚無主義っていうか、合理主義っていうか、人生の楽しめなさがすごいよね」
「あぁ~、あったなぁ~」
須田は三千路の言に賛同の意を示す。
「まぁ、人それぞれだからな」
赤石はそうまとめあげて、サイコロを三千路に渡した。
赤石自身その言葉に嘘はなく、人それぞれ他者に迷惑をかけない範囲では、その価値観や多様性を受け入れるだけの器量が、あった。
「まぁ、そうだけどさぁ~、面白くなーーいーー」
三千路はさいころを受け取りながら、口を尖らせた。赤石に多少の不満をにじませながら、サイコロを振った。
そうしてすごろくゲームは段々と進んでいった。
「どういう状況だこれは……」
赤石は眼前のボードゲームを見つめながら、呻吟していた。
番は赤石。三千路は着々とアイドルとしてのステータスを更新し、須田は無職ながらも大学生活で培ったその才能を活かし、数々の賞金を獲得してきた。
そして赤石に至っては――
「子供を三人も授かってしまった……」
結婚し、三人の子供を授かっていた。
「ちょ、ちょっと悠あんたおかしいんでしょ!? 私らまだ結婚すらしてないのになんで悠が一番乗り!? 絶対おかしいって、悠なんかが結婚できるって!」
「いや、お前それは失礼だろ!」
三千路の心底驚いた発言を赤石は否定する。
『ザ・ライフ』はゲーム性の中にも現実性を突き詰めた点が称揚されており、ゴール時まで結婚が出来ないこともあり得た。
「じゃ……じゃあさいころ振るぞ」
赤石はごくり、と生唾を飲み込みながら賽を振った。
〇と〇、合計〇。
四度連続合計〇、出産マスに止まっている赤石は、四人目の子供を授かった。
「「またぁ!?」」
一つのマスも進むことなく四人目の子供を授かる赤石に、頓狂な声をあげた。
〇を量産することで、既に赤石は須田と三千路から大幅に後れを取っていた。
須田と三千路は持ち金から祝賀金を赤石に渡した。
「うぅっ…………自分が独身なのに友達が結婚して子供も授かってるってこんな気分なのね……」
「金は有り余るほどあるのになんだろうか、この切ない気持ちは」
「いや、俺は早くゴールしたいわ」
「こういうこと言う奴に限って一番幸せな人生歩んでるのよね、統」
「確かに」
赤石は、ははは、と苦笑した。
「じゃあ私振るわよ」
三千路はさいころを振った。
四と三、合計七。
「一、二、三、四……『趣味で絵画を描き始めるが、その趣味が大成功し、四千万を手に入れる』。きーーーーーっ、またお金! さっきからずっとお金ばっかり!」
三千路はぷんぷんと怒りながら赤石から金銭を受け取る。
「俺は……」
さいころを振った須田は止まったマスを見た。
「『これまでの経験を活かし、ベンチャー企業を始める。エリート無職の場合、給料日ごとに二千万を貰う』……。ついに無職が報われてベンチャーで大成功しちまったわ……だけど、なんだろう。心の奥に穴が開いてしまったかのような、なんとも言えない気持ちは……」
「統、結婚だけが人生じゃないわよ。悠なんて見てみなさいよ……」
二人は赤石を見た。
「えーっと……『クリスマスパーティーを開き、多くの友人を呼ぶ。その際、子供たちと戯れる様子を祝福される。パーティー開催費百万円を払い、他のプレイヤーからお土産カードを一つずつ貰う』」
「ちょっとなんで!? なんでこんなに悠楽しそうな訳!? どう考えても私たちの方が成功してるのに全然楽しくない! めっちゃ腹立つんだけど!」
「いや~、まいったなぁ、パーティーとか開きすぎちゃってさぁ。いやぁ、別にお前らみたいに仕事成功してるわけでもないのにこんな遊んでばっかでさぁ、お金なくなるし嫌になっちゃうわ、あっはっは」
「くっそうざいんだけど!」
興が乗り、演技をする赤石を三千路は恨みがましい表情で叩く。
須田もまたお土産カードを一つ赤石に手渡した。
「いやぁ、統もごめんなぁ、ベンチャーで会社立ち上げたばっかなのにこんなにパーティー誘っちゃってさぁ? お金もないからそんな豪勢なパーティー開けないのが残念だわ、あっはっは」
「うおおおおぉぉぉ! なっ、なんだ、この……なんて言ったらいいか分からんけどこの感じ! 出てる、出てるわ悠の駄目な所!」
両手の指をわちゃわちゃと動かしながら、言いしれない表情で赤石を見る。
「じゃあ私もう振るから!」
若干の怒りを含んだ声音で、三千路は賽を振った。
「『パーティーを開くも、その立場から敬われ、本当の友情を築けない。誰しもが損得勘定で付き合っているかとの錯覚を覚える。恐れおののき、誰も本音をぶちまけることが出来ない。パーティーの参加者から五百万を受け取った』ああああああああぁぁぁぁ! 何、何なのこの悠との差!? 全然嬉しくない! 全然嬉しくないんだけどぉ! なんでこうなってるのよぉ!」
バンバン、と床を叩きながら三千路は泣きわめく。
「そもそも、これ仕事のステージ上がってなかったら楽しいパーティーになってたマスじゃない! なんで仕事成功したらプライベートが疎かになるみたいになってんの!? なってんのって言ってんの!」
「おいおいすう、お前そんなに怒るなよ。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ? 売れっ子アイドルのすう」
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ! イラつくうううううううぅぅぅぅぅ!」
肩に手を伸せて煽る赤石をぼかぼかと殴る。
すごろくゲームの場外で、乱闘が始まった。
「悠なんてパーティー開いてばっかりでお金どんどん無くなってるじゃん! 私大スターなんだから! 大スターなんだから!」
「おいおい、お前ら暴れるなよ。俺もうさいころ振っていいか?」
場外乱闘を見ながら須田はさいころを振った。
「何々、『昔からの友人が会社の立ち上げに花束を贈呈する。最も付き合いの長いプレイヤーから花束カードを受け取る』。お、おぉ、これ悠だろ」
「おぉ、統。無職だったのによく頑張ったな。花束カードをやるよ」
乱闘をしていた赤石は須田の声を聞き、花束カードを購入し、須田に手渡した。
「悠、サンキュ! 俺頑張るわ!」
「統、頑張れよ!」
「統の裏切り者ぉ! 何あんたら二人で美談みたいになってんのよぉ!」
赤石の部屋で、三千路の声が響いていた。




