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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第76話 神奈の心はお好きですか? 5



「赤石君、もういいのかしら?」

「あぁ、悪い高梨」


 赤石は神奈を宥めすかしたのち、客間を出て、高梨を探していた。

 高梨は縁側で何をするでもなく、鹿威しを見ていた。


 カコン。


 鹿威しが石に当たる。

 赤石は高梨と鹿威しとを交互に見やった。


「風流だな」

「そうね、私の家もこの和の心というものを取り入れた方が良いのかもしれないわね」

「そうかもな」


 高梨は徐に立ち上がり、スカートを手で払った。


「神奈先生と話は出来たのかしら、赤石君?」

「…………あぁ、時間潰してもらってて悪かったな」

「鹿威しを見てたから退屈じゃなかったわよ。池の鯉も見てて愛らしかったわ」

「…………本当に思ってるのか?」

「あら失礼ね、思ってるわよ」


 ふふふ、と手を口に当て笑う。

 赤石は呆れた顔つきで高梨を見る。


「呆れた奴だ」

「失礼ね」


 実際高梨が縁側に座っていたという証左があるわけでもなかったが、今の赤石にその真偽は重要ではなかった。


 赤石は高梨に、頭を下げた。


「ありがとう、高梨」 

 

 高梨はあっけらかんとした態度で赤石に臨む。


「あら、私は何もしてないわよ。連れて来ただけ。どうなったのかは知らないけれど、その様子じゃ、上手くいったのね」

「……あぁ、ありがとう」


 赤石は高梨に再度頭を下げ、神奈のいる客間へと向かった。




 赤石と高梨は客間の神奈を呼び、帰る旨を告げた。

 神奈は自主的に、玄関まで見送りに行く。


「今日は悪かったな、赤石、高梨」

「今日はすみませんでした」

「あぁ……」


 神奈は充血した瞳で、申し訳なさそうな顔で赤石を見る。


「あら先生、目が充血してるわね……。赤石君、あなたも罪な男ね」

「なんでだよ」

「全くだな」

「なんでですか、先生まで」


 高梨の軽口に、神奈もまた乗りかかる。

 罪なのは私だけどな、とぼそ、と誰にも聞こえない程の声量で呟きながら。


「じゃあ私はまた明日から学校に行くわ。 悪かったなお前ら、迷惑かけて」

「無断欠勤はいけないですよ」

「ふふ、そうだな」


 うっすらと微笑む。


「高梨も悪かったな。赤石を連れてきてくれたんだろ? サンキュ」

「そうね……この恩は高くつきますよ、神奈先生」

「ははは、出世払いで頼むわ」


 その後神奈は暫く談笑し、キリの良い所で二人を送り出した。


「明日からまたよろしくお願いします、先生」

「おう、ごめんな、赤石」


 最後の挨拶をして、赤石と高梨は駅に向かって歩き出した。


「ふふ……」

「何だよ高梨」

  

 赤石の横顔を見やりながら、高梨はしきりに笑う。


「赤石君、晴れやかな顔をしてるわね」

「お前に叩かれて頬は腫れぼったいけどな」

「あら、上手いこと言うわね。今度から腫物のように扱わせてもらうわ」

「勘弁してくれ」


 軽口を叩き合いながら歩く。


「はぁ…………」


 赤石は大きくため息をつきながら、伸びをした。


「……」


 空を見る。


 神奈との関係性がこういう形で終局したのは正しかったのか間違っていたのか、それは分からない。

 神奈と関係を切ることも出来た。だが、赤石はそうはしなかった。自分の心に正直に、神奈と向き合った。


 自分と向き合うがごとく、神奈と向き合った。

 そして神奈もまた、自分と向き合った。


 質量の分からない群雲がいくつもいくつも、優雅に空を泳いでいる。  


「……」

「どうしたの、赤石君。空なんて見て」

「空を見てるとストレスが軽減されるらしいぞ」

「へぇ……」


 高梨も空を仰いだ。


 ピチピチピチ。

 小鳥のさえずりが聞こえる。


 バサササッ。

 鳥の飛び去った音が聞こえる。


 ピヨピヨピヨピヨ。

 雛の泣き声のような音が聞こえる。


 サワサワサワ。

 草葉のこすれるような音が聞こえる。


「…………」


 ゲコ、ゲコ、ゲコ。

 カエルの鳴き声が聞こえる。


「なぁ高梨」

「……何かしら赤石君」


 二人は空を見上げながら、ゆっくりと歩いていた。


「日常には、俺たちの気付かないものが色々あるな」

「…………どういうことかしら」


 自然の音に耳を傾けながら、


「空なんて普通見ないだろ? だから、あんなでかい群雲が動いてるのだって、不自然に見える。時計の秒針を刻む音だって、聞こえてるのにその音をあまり感知しないだろ?」

「そうね、何か特別な事がない限り、そういう雑多な音は無視できるようになってるんだと思うわ」

「だよな……」


 自分たちの気付かないものは依然として存在しているのにもかかわらず、何も感知しない。


「人間関係もそんなものなのかもな」

「……どういうことかしら」

「人の心の奥底にあるものを肌では感じ取っていながらも、それを無視して、いや、自分でも気付かない内にその人の根底にある何かを直視しないまま関わってるのかもな」


 高梨は赤石を強く見つめ、おっとりとした口調で尋ねた。


「どうしていきなりそんなことを言うのかしら」

「神奈先生」


 しわぶきをし、喉の調子を整えた。


「神奈先生もさ、そうじゃなかったのかな?」

「神奈先生……ね」


 高梨は呟くようにして、繰り返した。


「自分の心の奥底に蠢いてるものを無視して、俺も神奈先生も、多分他の誰も……自分の本当の気持ちをひた隠しにして、自分に何か嘘をついて、そうやって生きてるんじゃないかな」

「哲学的ね」


 ふふ、と高梨は笑った。


「それも、自分で自分に嘘を吐いていることも気付かずに、今を生きてるんじゃないかな、と思うわけだよ。それを受け入れて生きていくことが、大事なのかもしれないな」

「そう……」


 赤石と高梨はともに、空を見た。


「赤石君……」


 高梨は赤石を見ると、


「自分に酔ってるわね、その発言は。気持ち悪いわよ?」

「うるせ」


 高梨に揶揄された赤石は苦々しい顔をしながら、歩いていた。


 高梨は陰鬱とした表情を悟られないほどに抱え込みながら、赤石と駅まで連れ歩いた。


   





 薄暗い一室。

 一人で住むには余りにも広すぎる高層マンションの一室で、高梨は冷たい床に触れていた。

 

「あはは……」


 奇怪な言葉が、高梨の口から飛び出た。


「あはは、あははははははは、あははははははははははは、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」


 高笑いをしながら、その場に崩れ落ちた。


「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あははははははははははははははははは!」


 冷たい床に座り込みながらも、手を額に当て、ひたすらに笑い、嗤い、わらい転げた。


「あーーーっはっはっはっはっはっはっはっは、あっはっはっはっはっはっはっは!」


 高梨の哄笑が、冷たく薄暗い一室に響いていた。

 およそ一般に出回らない過度な装飾を施した調度品の数々が、趣向を凝らした数多の装飾が、一面が余りにも美しい一室。


「あっはっはっはっは!」


 わらい転げ、床に寝転がり、溢れ出る涙を拭った。


「赤石君……」


 天井を見上げながら、高梨はぽつりと、何か呪詛のように言葉を呟く。


「あなたは…………あなたは、本当に、どうしようもない、お人好しで、正直な、大バカ者ね……」


 高梨は溢れ出る涙を拭う。

 

「あなたも……あなたも、私のことを何もわかってないわよ。分かったようなふりをして……本当」


 手を口に当て、


「ちゃんちゃらおかしいわ」


 口元を、歪めた。


「あははははは、あははははは!」


 何度も何度も、嗤い転げる。涙がとめどなく溢れてくる。


 


 埃のない、薄暗い、人工的にも過ぎる一室で、高梨の哄笑が響いていた。


 磨き抜かれた調度品の数々には、うるんだ瞳をした、歪んだ高梨の姿が映っていた。

 


これにて二章は閉幕となります。

閑話を三つほど挟んで三章にいきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やめてくれ....高梨が怖いんだ
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