第7話 櫻井聡助はお好きですか? 2
「じゃあ適当にここにしようぜ」
「赤石、あんた早くしなさいよ」
「…………」
赤石は櫻井と八谷に連れられ、高校付近にある、リーズナブルな価格が売りのファミリーレストランに入った。
「何名様ですか?」
「二名よ!」
「いや、今日は赤石もいるだろ⁉ 三名で」
八谷は自身と櫻井の二人分を店員に伝えるが、櫻井が訂正する。
「今日は赤石もいるだろう」という櫻井の言葉が、赤石の心に引っ掛かる。
今日は赤石もいるだろう、ということはすなわち、以前櫻井と八谷でこのファミリーレストランに訪れたということを示唆することに他ならない。
自分と八谷は二人でファミリーレストランにくるような蜜月ではあるが赤石はそうじゃないだろう、そういった意図がある気がして、ならなかった。
勿論、ただの事実を述べただけに過ぎないが、その文言がなくとも会話はつつがなく成立していた。
櫻井と八谷の仲の良さを自慢されているようで気分が悪い。
「では、こちらにどうぞ」
店員は四人ほどが座れるほどの席を用意し、櫻井と八谷は隣同士に、向かい合って赤石が一人で席に座った。
「じゃあお前何にするよ恭子」
「そうね~……私は……チョコレートパフェにするわ! 聡助はイチゴパフェにしなさいよ、そうしたらふ……二人で一分け合えるじゃない!」
「おぉ、名案だな! じゃあ俺はイチゴパフェにするよ!」
「ちゃ……ちゃんと聡助の分も私に分けなさいよね! 一人で食べたりしたら承知しないんだから!」
「わっ……分かってるよ」
赤石の向かいで、櫻井と八谷が二人で何を食べるかを談合していた。八谷は顔を真っ赤に染め、その頬の紅潮は耳まで達していた。
勇気を振り絞り、櫻井とパフェを分け合うことを要求した、という事がありありと分かる。
赤石は肘をついて、歓談する二人を観察する。
八谷やその取り巻きが櫻井に好意を抱いていることは自明ではあるが、櫻井は一体誰が好きなんだろう。
そんな茫漠たる思考が、赤石の脳内を満たしていった。
櫻井の取り巻きは現在の所、五人いる。だが、櫻井はそのうちの誰が一体好きなのだろうか。
男と女の恋愛の仕方は明確に別物だと、赤石は感じていた。
古代旧石器時代から連綿と続く遺伝子がさせる業なのか何なのか、男に至っては一人の女を愛することはあれど、他の女にも目移りする場合が多いと、体感していた。
ただ一人の女を愛せないのではなく、ただ一人の女以外も愛してしまう、そういう遺伝子情報が刻まれているのではないかと、推測していた。
男の形態と女の形態からも、そうなるのは必須ではないのかと、そう思っている。
赤石には、幼馴染で蜜月とすらいえる友達がいる。
名を須田統貴といい、同じ高校に在籍している腐れ縁である。
須田にはかつて恋人がおり、高校入学と共にその恋愛関係は自然消滅の一途を辿ることとなったが、眼前の櫻井と八谷を見ながら、須田が恋人に言われたという言葉を追想していた。
「女の子っていうのは、好きな彼氏が出来たら他の男がもうただの案山子にしか見えないの。だから、もし私が浮気するとしたらもう統貴のことが好きじゃなくなったときかな。でも今は統貴のことが大好きだから、絶対浮気なんてしないよ?」
その言葉を聞いたとき、赤石は俄かには信じられなかった。
そしてそれは、須田にとっても同様であった。
恋人が出来たからといって須田は他の女が案山子にしか見えない、と思うこともなく、思春期の中学生男児としてそれなりの性欲を、恋人以外の女にも感じている、と、そう言っていた。
勿論、須田の彼女が虚勢としてそう言ったのかもしれないが、根底から疑ってしまえば全ての事象について成り立たなくなるので、その点においては多少の信頼がおけるとする。
そこで、赤石は体感することになった。
男と女の恋愛というのは、本質的に全く別物なのだ、と。
故に、今櫻井が美女の取り巻き五人全員を好きだとしても、何らおかしいことはないと、赤石は直感していた。
ことさら言えば、その五人はことごとく美女であり、校内美女五本の指にその五人全員が入っているのではないかとすら言われている程である。
勿論、その推測が全ての人間に当てはまるわけではないとは思っていたが、そういう人間が多いという所感を、赤石は持っていた。
「俺ら決めたから赤石、はい」
櫻井と八谷はデザートの他に料理を決定し、メニュー票を赤石に渡した。
赤石はメニュー票を手に取ると数秒の内にメニュー票を置いた。
「決まった」
「早いなぁ……」
「じゃあ私呼び鈴押すわよ?」
八谷が呼び鈴を押し、店員がやって来る。
「はい、ご注文はいかがなさいますか?」
「えーっと……イチゴパフェ一つ、チョコレートパフェ一つ、カルボナーラとナポリタンが一つ、あと……」
櫻井は赤石に目線を送る。
「コーヒーとレギュラーハンバーグとライスMで」
「かしこまりました」
店員は櫻井の注文と赤石の注文を復唱する。
「以上でよろしいですか?」
「以上で」
「では、少々お待ちください」
櫻井は注文を締めくくり、店員は踵を返した。
八谷は机の上に身を乗り出し、口端を上げ、赤石を半眼でにやにやと見つめる。
「あんたハンバーグなんて食べんの? おこちゃま~」
「おいこら止めろよ恭子」
くすくすと赤石に嘲笑を投げ抱える八谷を、櫻井は片手で押しとどめる。
赤石はその様子を見ながら、言いしれない疑義を感じていた。
どうして俺はこんな所に来ているのだろう、と。
思い返してみれば初め、櫻井は八谷と赤石との仲を取り持つために夕餉を共にしないか、と誘ったのにも関わらず、今その櫻井は八谷と赤石が関わることを押しとどめ、二人で歓談しながら、赤石の存在そのものをその二人の空間から排斥していた。
赤石と八谷の中を取り持つつもりなど、初めからなかったのではないかと、赤石は薄々感づき始めた。
櫻井の周りには取り巻きが五人いる。その誰もが、校内で噂されるほどの美女ばかりで、その美女に囲まれている櫻井は実質的に男たちからの羨望も多く集める。
ただ、この状況は同時に、櫻井の好意がその五人の誰か一人にあると理解されれば、一気に瓦解する可能性をはらんでいる。
例えば、櫻井が八谷のことを愛していて、その他の取り巻きに全く興味がなかった場合、取り巻きは櫻井の好意に感づき、今のような状況は生まれない。
もし今ここで自分を誘わず、櫻井が八谷と二人きりで食事をしているところが誰かに知られれば、櫻井は八谷のことが好きだという噂が立ち、取り巻きにもそう思われかねない。
美人の取り巻き五人が櫻井に好意を寄せる状況を作るには、櫻井はどの女とも二人きりで行動することが出来ない。
もしくは、その行動に何らかの必然性が必要になる。
勿論、櫻井が他の女に好意を寄せていると知って櫻井にまとわりつく女も有意なほどにいるとは考えられる。
櫻井の取り巻きの中でも新井はその分類に属すると、赤石は推測する。
だが、全ての女が、好意を寄せる男に自分以外の愛する人間がいても構わないという訳ではない。好意を寄せる男が自身とは別の女を慕っている場合、その恋心が冷めることもあるだろう。
つまり、今赤石が櫻井と八谷と共にファミリーレストランに来ている理由の根幹は、櫻井が八谷と二人で話したいことの証左にほかならず、仮に他の取り巻きに今この現状が伝わったとしても、八谷と赤石との仲を取り持ったという免罪符が、言い訳が出来るからであると、そういうことだった。
櫻井は、八谷と二人で喋りたいがために、赤石を言い訳の材料にしていた。
赤石はその事実に気が付き、内心イライラを募らせながら、料理がくるのを待った。
「聡助、ちょっ……ちょっとこっち狭いからもうちょっとそっち行きなさいよ」
「なっ……お前十分スペースあるじゃねぇか!」
「うるさいわね! そんなにぎりぎりは嫌なのよ私は!」
八谷は狭い空間で櫻井を殴る。
櫻井は今も赤石と八谷との関係を取り持つような様子はなく、八谷と歓談している。
みそっかす、という言葉が赤石の脳裏を過ったが、実際はみそっかすどころか、櫻井の言い訳の理由にされているだけの哀れな男だった。