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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第69話 高梨の怒りはお好きですか? 1



 屋烏の愛という言葉がある。

 人を愛すると、その人の家の屋根にとまっている烏でさえ愛してしまうという、愛情の深いことをあらわすことわざである。


 あばたもえくぼという言葉がある。

 恋をする者の目には、相手のあばたでさえもえくぼのように見え、相手の欠点さえも長所に見えるという事を表すことわざである。


 古来より、愛や恋については様々な言葉が残されてきた。

 





「…………」


 翌日――


 赤石は例によって学校を休み、ベッドの上で横臥していた。

 ご飯も喉を通らず、少しばかり憔悴した心持ちで、動くことなく壁とにらみ合っていた。


 余りにも多くの不幸が赤石の身に降りかかり、どうすることも出来ず、混乱していた。

 ベッドの上で横になって蹲り、無言で追想する。

 思い出したくもない出来事を、何度も何度も、追想する。


 記憶は、良い思い出を留めておかない。

 だが、嫌な思い出は一生涯に渡って記憶に残り続ける。赤石の心にこびりつき、その悪感情を忘れることは、容易ではない。


「…………」


 赤石はただただ静かに、時が過ぎるのを待っていた。









「おーーーっす、悠、元気か!」

「…………統か」


 正午過ぎ、須田が赤石の部屋に姿を現した。


「お前学校は?」

「あぁ、何かあんまり話聞いてなかったけど何かあるから短縮授業になったぜ! 悠も惜しいことしたなぁ、ちょっと学校来りゃあ出席日数稼げたのに」

「俺は統みたいに遅刻とか欠席しまくってないから大丈夫だ」

「あははは、確かに」


 何も事情を知らない須田は、明るく振舞う。

 平田の一件とは異なり、赤石が学校を休んだ日には時々、須田がお見舞いの品を持って赤石の家を訪ねていた。


「悠、また今日も風邪か?」

「いや……一時間かけても前髪が上手く決まらなかったから休むことにした」

「そんな恋する乙女じゃあるまいし」

「ははは」


 恋する乙女。言い得て妙だった。


「あ、はい、悠。今日のお見舞いの品」

「…………どうも」


 須田は赤石に、リンゴとおもちゃを渡した。

 

「…………何だ今日のこのおもちゃは」

「なんか駄菓子屋で面白いグミ見つけて、それについてたわ」


 プラスチックで出来たイルカのおもちゃを少し見ると、赤石は机の上に置いた。

 机の上には、今まで須田がお見舞いに来るたびに渡してきた数々の駄菓子のおもちゃが置かれていた。

 須田はグミを食べながら、おもちゃが置いてある机に目をやる。


「おぉ~、随分増えたな、このおもちゃゾーンも」


 須田はにじり寄り、適当におもちゃの一つを手に取り、眺めた。

 赤石はリンゴを須田に渡す。


「お、剥けってか?」

「いや、その為に持って来たんだろ? お前毎回毎回リンゴ持って来んなよ」

「いいか、悠。一日一個のリンゴは医者を遠ざける、とかリンゴが赤くなれば医者が白くなる、とかいう言葉があるように、リンゴには栄養素がたっぷり含まれてるんだぞ? だから俺が時期でもないのにリンゴ買って来たんだぜ?」

「いや、それ俺がお前に教えた言葉だろ。それに、医者が青くなる、だ。白衣の白に引っ張られすぎだ」

「付け焼き刃がバレたな」

「そうだな」


 須田は赤石からリンゴを受け取り、皮を剥きだした。


「お前も昔に比べると随分とリンゴを剥くのが上手くなったな……」

「まぁ、やってりゃいつかは上手くなるだろ」

「まぁ、剥く気満々だったよな。お前俺の部屋入ってくる前に母さんに皿貰って来たんだろ、それ」


 赤石は須田が持って来た皿を指さした。


「いやぁ、なんか上手く剥けるようになってから妙にリンゴを剥きたくなるんだよな~」

「剥きたいから買ってきてるな、お前は」

「バレたか」


 手を頭にやり、須田はおどける。

 赤石は須田を見て、小さく笑った。

 それと同時に、須田に対して小さくない罪悪感が、沸々と湧き上がって来た。

 風邪のフリをしておきながら、その実、ただ学校に行くのが嫌になっただけであり、須田を騙しているような気がして、良い思いはしていなかった。


 だが、櫻井のように自分に悪意を持っているような様子を見られない須田と話をすることで、随分と気持ちが楽になった。


 須田はリンゴを剥き終わり、四つに分けたリンゴを皿の上に乗せた。

 

「悠、ゲームしようぜ、ゲーム」

「なんでだよ、お前俺は病人だぞ。余計体調悪くなるだろ」

「それもそうだな」


 須田は顎に手をやった。


「じゃあ悠の卒業アルバムでも見とくわ」

「俺のアルバム見とく、って何だよ。お前も同じ中学校だろ」

「まぁまぁ、怒ったら体温が上がるぞ?」

「そう……だな」


 赤石は布団をかぶり、寝るフリをした。


「…………」

「…………」


 須田は無言で卒業アルバムをめくり、赤石は無言で体調が悪い病人を演じる。


 ペラ、ペラ、と卒業アルバムをめくる音だけが、部屋に響いていた。


「……」


 ブー、ブー。


「……?」


 須田は自分のスマホに目を落とした。


「げ」

「げ…………?」


 スマホを見た須田は、一言声を漏らした。


「悠、これ……」

「ん?」


 須田が差し出すスマホの画面を、赤石は見た。


『今から赤石君の家に行くわ。そう、伝えておいて』


 一言。

 須田の『カオフ』には、そっけない高梨の一言があった。


「高梨来るんだって、何でだろうな」

「…………」


 身に覚えがある赤石は、言葉に詰まる。


「なんで…………だろうな」


 訥々とそう返すのが、精一杯だった。

 何故、どうして、何の関係があって、何をしに、何の為に。


 もしかして……。


 辿り着いた一つの可能性。

 

 櫻井に命令されて、何かとんでもないことをしに来ているんじゃないのか。

 何か自分の身を脅かすような、それとも毒を吐くのか、何か良くないことが起こるような、そんな気がした。


「どうするよ悠」

「どうするもこうするもないな…………来るのを待つしか……」

「俺なんか怖いわ」

「俺も怖いわ……来ないようになんとか言ってくれないか、統?」

「えぇ~…………俺が? 絶対そんなこと言ったって来るだろ、あいつ」

「確かに」

「まぁ、やってみるわ」


 須田は『カオフ』を起動し、返信を打った。


「はい、返したぞ」

「サンキュ」


 ブー、ブー。

 返信を返して即座に須田のスマホに通知が来たことで、二人は少し肩を跳ねさせた。


「まさか……」


 須田はスマホに目をやり、赤石にスマホの画面を見せた。


『嫌に決まってるでしょ』


「…………だって」

「…………だろうな」


 あまりにも早すぎる返信と、何か嫌なことが起こりそうな予感を漂わせながら、二人は恐れ慄いていた。


 赤石と須田は共に不安げな顔をして、部屋で時間を潰していた。




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