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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第63話 無償の愛はお好きですか? 2



「悪い高梨、ちょっとトイレ行ってくる」


 櫻井が生み出すハーレムの空気に耐えれなくなった赤石は、席を外そうとした。

 水城は赤石の顔を覗き見ると、心配そうな顔をする。


「え? 大丈夫、赤石君? 私ついていこうか?」


 櫻井が即座に、話に割り込む。 


「いや、水城は女だし行けるところも限りがあるだろ。俺がついてくよ」


 櫻井は水城を押しとどめた。

 赤石は目をすがめ、櫻井を睥睨する。


「いや、本当に大丈夫だから。ちょっと気分が悪いだけだし、保健室も寄る。俺は大丈夫だ」

「そうか、大事にしろよ~」


 全く食い下がることなく、櫻井は赤石を見送った。

 赤石は櫻井の言葉も聞かず、逃げるようにして教室を出た。



 駄目だった。

 やはり、駄目だった。


 櫻井も、櫻井の取り巻きも、何もかも、駄目だった。

 同じ空間にいることが出来なかった。


 どす黒いが下心が渦巻きながらも、表面上では取り繕ったような顔をする人間と共にいることが、出来なかった。

 誰と話してもその底流にある欲望を察せざるを得なかった。


 それは、赤石自身にも言えたことだった。

 赤石が誰と話したとしても、赤石自身もまた、下心を持ってしまう。そうなってしまうことが、嫌だった。 

 自分もまた下心を持って女を侍らせるようなことを、したくなかった。

 下心を隠さず女を侍らせる櫻井を羨みながらも、赤石はその行為を出来ずにいた。

 

 赤石の矜持が、それを許さなかった。

 他者を扱き下ろす赤石自身が、下心を持って女を侍らせることを、許さなかった。


「…………」


 赤石は櫻井がハーレムを形成できる理由に、薄々感づいていた。


 赤石と櫻井の最も大きな違い。


 それは、自身の矜持を捨てることが出来るか否かの違い。

 それは、自身の理性や自愛を押し殺し、下衆な下心に突き動かされるのか否かの違い。


 それが、赤石と櫻井の最も大きな違いだった。








「はぁ…………」


 赤石は小さな溜め息をつきながら、空を見ていた。

 いくつかの群雲が空を流れていく様を、ただただ見る。


 赤石が教室を出て、五分が経った。

 櫻井は今も高梨の席の近くでハーレムを築いているかもしれないな、と思えば、教室に戻ることは出来なかった。


「おい、赤石」

「…………?」


 横から、声がかけられた。

 赤石は目を向ける。


「何してんだお前こんな所で。さっさと文化祭の準備しに行けよ、もうあんま残ってねぇんだぞ、時間」

「…………はぁ」


 そこには、コーヒーの入ったマグカップを片手に持った神奈がいた。


「お前こんな所で空なんて見て何してんだよ」

「知ってますか先生、空を見てるとストレスが軽減されるらしいですよ。雄大な宇宙に目を向けることで人間関係のしがらみとかそういう矮小なものを気にすることが馬鹿らしく思えてくるのかもしれませんね」

「何訳分かんねぇこと言ってんだ、お前は」


 神奈は、空を見る赤石の隣に立った。


「まぁ、軽い冗談です。赤石ジョークです。空を見るとストレスが軽減するのは本当らしいですけどね」

「赤石ジョークってなんだよお前それ」

「言葉遣い汚いんでもうちょっと綺麗な話し方した方が良いですよ、先生」

「お前西尾先生みたいなこと言うなって……」


 神奈は一口、コーヒーに口をつけた。


「教室どれくらい人が残ってんだ? 皆文化祭の準備してんのか? 演劇の班と映画製作の班どっちもまだ教室にいるのか?」

「質問は一つにしてください。演劇の班も映画製作の班も今セット作ったりしてますよ、教室で」

「そうか~」

「そういう先生こそ何してるんですか? こんな所でコーヒーなんか持ってぷらぷらと。職務怠慢ですよ」

「他の先生には内緒だぞ」


 にっ、と笑い、神奈は人差し指を口元に当てた。


「いや、何してるか教えて下さいよ」

「まぁ…………あれだよ、あれ。秘密」

「秘密……?」


 神奈の口から秘密という言葉が出るとはおかしな話だな、と胡乱げな視線を送る。


「先生確かまだ二四歳で、お若いでしょう。社会に出てる時分としてはまだ若輩者ですよね? その年でサボタージュとは随分と胆力がありますね」

「お前高校生が言うセリフじゃねぇな。六三歳くらいの達観した校長とかが言うセリフだろそれ」


 苦々しい顔をして、眉根を寄せる。


「っていうか、本当に先生何してたんですか? ここ職員室のある棟と反対側ですよね。本当にこんな所にいる必要性がないと思うんですけど」

「秘密だっつの、秘密」


 苦笑いをしながら、コーヒーに口を付けた。


「…………」


 もしかして……。

 一つの憶測に、ぶち当たる。


 今まで考えてこなかった、憶測はしても憶測の範疇でとどめておいた、ある予感。


 推し量ることすら躊躇われた、信じたくない事象。


「先生、さっきまでそこの空き教室にいたんじゃないですか?」

「ひーみーつ」


 コーヒーに口を付けた。


「空き教室って何かいかがわしい事やってたんじゃないでしょうね?」

「やってるわけねぇだろうが」


 ははっ、と笑った。


「まさか教室に男子生徒がいるとか……」

「いねぇっつの」

「じゃあ見てきて良いですか?」

「勝手に見て来いよ」


 はははっ、と笑った。


「じゃああの空き教室から外見てたとか……?」

「違ぇって」


 ははは、と笑ってコーヒーに口を付ける。


「誰かが二組から出てくるところを見てたとか」

「違う違う」


 コーヒーに口を付ける。


「…………」


 神奈の視線が、泳ぐ。  

 図星か。

 図星なのか。

 当たっているのか。


「……」


 櫻井が絡んでいるのか。


 赤石は、思い至った。

 考えたくもない推測に、思い至った。


「……」


 違う。

 違うはずだ。

 違っていて欲しい。

 先生は、神奈先生は、取り巻きなんかじゃないはずだ。

 高校生と違い、人生経験を積んでいる先生があんな櫻井に騙されるはずがない。騙されていて欲しくない。


「……」

 

 赤石は、考え込む。


 赤石は一抹の不安を覚えながらも、一縷の望みを持った。


 赤石は尋ねるようにして、違うんだろうという確認の意をこめて、言葉を発した。


「何かしら用があると職員室で公言して、暫くの間そこの空き教室にいて、二組から誰かが出てくるのを待ってた。それで職員室の先生方に不自然に思われないくらいの時間が経ってから帰ろうと思ってた。偶々俺が教室出てくるのが見えたから、偶然を装って俺に接触した、とかじゃないですよね?」

「まさか…………」


 ははっ、と笑い、コーヒーを飲む。

 手がほんの少し、震えている。重心が、赤石から離れるように偏る。ほんの少し、距離が開く。


 物理的な距離は、心理的な距離に繋がり得る。

 赤石の、個人的な推測。

 赤石は、神奈の態度を不審に思う。


 まさか。 

 まさかまさかまさかまさか。

 

 水城も、新井も、高梨も、葉月も、八谷も。


 そして、神奈…………も。


 開口。



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