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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第62話 無償の愛はお好きですか? 1

 


 ゴールデンウィークも明け、学校が始まった。 

 その放課後。

 学内には多くの生徒が残り、喧騒で満ちていた。


 文化祭は六月の中旬、既に文化祭まで残すところ一ヶ月と少しになった。


 どのクラスも文化祭の準備を始め、学内がにわかに活気づく。


「ねぇ、この段ボール色塗り終わってないんだけどどうする?」

「いや、そこは大丈夫だろ。多分セットで重なって見えない所だから塗ってなくても大丈夫なんじゃね?」

「え~、でもこういう所を塗るのがプロの仕事って感じなんじゃない?」

「いや、俺ら学生だろ!」


 文化祭が行われるという空気感が校内に充満し、銘々の学徒が、楽し気にセットを作っていた。


 赤石は廊下を歩きながら、それぞれの作業に視線をやる。


 祭りは準備の期間が一番楽しいとよく言うが、確かにそうなのかもしれないな、と肌に感じる。


 脚本を書き終えたことで既に赤石の仕事は終わっていたが、帰るに帰れない雰囲気があり、手持無沙汰に校内に残っていた。


 廊下を漫然と練り歩いていると、声がかけられた。


「赤石君、来なさい」

「…………分かった」


 教室の中から高梨が顔を出し、赤石に手招きした。

 赤石は言われるがままに、高梨の下へと向かった。








「どういうデザインが良いと思うかしら、赤石君」

「お前の好きなようにしたらいいと思う」


 高梨の席の近くに陣取り、赤石はポスターのデザインを共に考えていた。

 三矢と山本は放送部の機械担当であり、文化祭の際に重宝される役所であったため、体育館の音声調節や準備を手伝いに行っていた。

 教室では雑談に興じる生徒や演劇のセットを作る生徒が多数残っており、赤石もまた、その生徒たちと溶け合い、仕事をしていた。


 高梨はポスターのラフ画を描きながら、赤石を瞥見する。


「あなたが主に脚本を考えたんだから、あなたがポスターのデザインを考える必要もあるでしょう。脚本だけ書くから後はよろしく、なんて無責任なことをしようとはしないでくれないかしら」

「そうだな……」


 高梨の強弁を聞き流しながら、赤石もポスターのラフ画を描き始めた。


「…………」

「…………」


 二人は無言で、ラフ画を描く。

 高梨は不意に顔を上げた。


「…………あら、何かしら八谷さん。目が合ったわよね。何か言いたいことがあるのかしら?」

「…………別に」


 高梨は赤石の後方にいた八谷に、声をかけた。

 赤石は高梨の声を聞きながら、それでも後方を振り返らないでいた。


「別に、ってことはないでしょう? こっちに来なさい、八谷さん」

「…………」


 赤石は一心不乱にラフ画を描き、我関せずの態度を取り続ける。

 八谷は手を止め、ゆっくりと高梨の下へと歩き始めた。

 高梨の眼前で、止まる。

 八谷は高梨から目を離さず、話し出した。


「高梨さん、最近聡助のところ来ないわね……」

「そうね、何か悪いかしら。私の勝手でしょう?」

「高梨さんが最近来ないな、って聡助心配してるわよ?」

「あら、それは嬉しいわね、正妻である私の存在をようやく感知しだしたのかしら」


 ふふふ、と笑いを噛み殺し、目を糸のように細める。


「正妻じゃないわよ……」


 八谷は呼応して、力なくそう言った。


「私は最近赤石君と一緒にいるから聡助君のところに行けてないだけなのよ。聡助君にもそう言ってくれないかしら?」

「何で私が……」

「あら、あなたはいつも聡助君と一緒にいるでしょ? いいじゃない、ちょっとくらい伝言を頼まれてくれたって」

「…………」


 ふふふ、と再度笑う。


 高梨が何を考えているかは分からなかったが、どうにも重苦しい沈鬱な空気が流れ始めている、と赤石は肌で感じる。

 知りたくもない、嫌な打算の応酬が高梨と八谷の間で交わされていると、実感する。

 赤石は一向に進まないラフ画を、描き続ける。


「…………」

「ふふふ……」


 無言で高梨を射すくめる八谷と、ふふふ、と薄笑いをする高梨の、歪な空間が生まれる。

 が、


「おい何してんだよ恭子そんなとこで?」

「あ、聡助」


 そこに、櫻井がやって来た。

 赤石は更にラフ画に目を落とし、完全に自身の存在感を消し去る。


「あれ……赤石? 皆こんな所でなにしてんだ?」

「あら聡助君、久しぶりね。今までどこにいたのかしら?」

「……」

「おう、高梨! いや、最近あんまり見ないから体調とか大丈夫か心配したぞ? 大丈夫か?」


 櫻井は高梨の頭をポンポンと、撫でる。


「ふふ…………大丈夫よ、私は。それよりも、八谷さんの調子が悪そうなのよ。ちょっと見てくれないかしら」

「……」

「え……そうなのか、恭子……確かになんか顔色悪いぞ? 大丈夫か?」


 櫻井は八谷の額に自身の額をつけ、熱を測る。


「あっ…………だっ、大丈夫に決まってるでしょ!」

「えぇっ!?」


 顔を赤くした八谷は櫻井の肩を殴り、櫻井は声を上げる。

 時ならずして、赤石の周りに櫻井のハーレムという空間が持ち込まれた。


 自分が一人でいる時には、声をかけて来ない櫻井が、高梨といる時は声をかけて来た。打算ありきの櫻井の行動。

 赤石が高梨を独占しているように見えた。

 故に、高梨と二人でいるところを見計らってやって来た。


 違うか?


 断罪の目をもってして、赤石は考える。


 櫻井は女が絡まない限り、自分に話しかけることはない。それが実情だと、把握していた。


「ふ…………ふえええぇぇ、櫻井君、どっか行っちゃわないでよぉ!」

「と……冬華!?」


 櫻井がいなくなったことに気付いた葉月が、櫻井の下に小走りで駆け寄って来た。

 ポカポカと櫻井の肩を叩く。


「櫻井君がいなくなったからセットを作るの遅くなっちゃったじゃん! もう馬鹿! 早く帰って来てよ!」

「悪い悪い、あははは。いや、高梨と恭子たちがなんかしてたから気になっちゃってさぁ」

「え、どういう組み合わせ?」


 葉月は唇に指を当て、高梨を覗き見る。


「っていうか、ちょっとくらい俺も抜け出したっていいだろ? 冬華も一人でセット作れるようになれよ~」

「う…………うみゅぅ……私は櫻井君がいないと出来ないもん!」


 頬を膨らませ、ブンブンと手を振る。


「全く冬華はいつになっても子供だなぁ」

「こっ……子供じゃにゃっ、にゃいもん!」

「ほら、噛んだ」

「も、もう! 馬鹿にしないでよ!」

「あははははははは」


 一瞬にして、櫻井の周りに和やかな雰囲気が生まれる。

 その実情は和やかにして、裏ではどす黒い陰謀が渦巻いているんだろうな、と赤石は吐き捨てるように心中で毒づく。

 高梨の下に行っても女たちはついてくるだろうという、そういう櫻井の自信が、矜持が、垣間見えた気がした。


「ちょ、ちょっと! 皆こんなところで何してるの!?」

「み…………水城!」

「聡助、本当勝手にどっか行かないでよぉ~」

「由紀ぃ」


 ついに、水城と新井がやって来た。


 赤石を除き、いつもの櫻井のハーレムが形成される。赤石はひたすらに黙り込み、俯く。このハーレムに加担してしまうのが、怖かった。

 自らの矜持が侵されるようで。もしくは、櫻井の取り巻き達に拒絶される恐怖か。そのどちらかは、分からなかった。


「もう、櫻井君、恭子ちゃん、冬華ちゃん、早く帰って来てよ! 私と由紀ちゃんだけじゃ全然進まないよ!」

「いやぁ、悪い悪い。恭子と高梨が二人で何してるか気になってさぁ」

「恭子ちゃんと八宵ちゃんが? あ、赤石君もいるね」


 水城は俯いている赤石の顔をのぞき込む。


「赤石君、何やってるの?」

「ポスターのラフ画を……描いてる」

「へぇ~、ポスターのラフ画なんだぁ! 赤石君絵描けるの?」


 両手の指の腹を合わせ、水城は感嘆の声を上げた。


「いや……」

「いや、高梨が描くんだよな?」


 返答しようとした半ばにして、櫻井は高梨に話を振った。


「そうね、私が描くわ。演劇と映画上映のどちらも私が描くわ。赤石君とそのデザイン考えてたのよ。赤石君は原作者だから」

「なるほどぉ~」


 水城は納得する。


「そうそう、だから高梨も赤石と二人でなんか描いてたんだよな?」

「そうよ」


 な、と語尾につけて強調して確認し、櫻井は高梨に訊く。

 何か理由がないのなら高梨がお前なんかと一緒にいるわけがない。自分の正妻を名乗る高梨が何の理由もなくお前なんかと一緒にいるわけがない。


 そう感じられたのは邪推か、赤石は黙り込む。


 誰がどう見ても、櫻井の周りにいる女たちは櫻井に好意を抱いている。

 どうしてなのか。

 何故なのか。 

 櫻井の何が好きなのか。

 何がいいのか。

 理解出来ない。

 分からない。


 赤石は、何も分からない。

 



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