第61話 脚本作りはお好きですか? 8
協議の結果、高梨と須田は今まで通りの呼び方になった。
「本当に良かったわ、私がタカなんて呼び方にならなくて。イメージカラーが茶色にならなくて……いえ、脱色出来て良かったわ」
「上手いこと言えてないぞ」
赤石たちはそれぞれ昼食を食べながら、雑談を交わしていた。
須田と高梨が昼食を買いに行っている間に出た案を山本がまとめ、説明し、雑談を挟みながら呼び方の話も織り交ぜていた。
「いや、俺は何かイメージカラーが欲しかったな。須田って何色なんだろうな」
「さあなぁ」
「まぁそれはそうとして、悠が赤色とかちょっと面白いよな?」
「わかるわ~」
「本当にそうでござるな」
「何だよお前らは」
須田の問いかけに、三矢と山本は瞬時に返答をする。
「赤色って基本的に一番リーダーシップがあって明るい奴がなる感じのやつだろ? 悠とか真逆だよな、真逆。リーダーシップないしやる気もないしな」
「あっはっはっはっはっは、言われとるぞ赤!」
「お前はイメージカラーのイエローが滅茶苦茶板についてるわ。山も同じく緑が板についてるわ」
「赤殿だけでござるよ、イメージカラーと異なるのは」
「赤石君が赤色とはなかなか皮肉的ね。今すぐ名前を変えて来なさい」
「なんでだよ」
それぞれの掛け合いで、めいめいが細かく嗤う。
赤石の部屋の中で、楽し気な雰囲気が流れていた。
ゴールデンウィーク三日目――
「出来たな……」
「出来たわね……」
「大変だったな、悠……」
「お前は四組だけどな」
赤石、須田、三矢、山本、高梨の五人が円卓に座り、出来上がった脚本を見ていた。
演目は『ロミオとジュリエット』、自主製作映画は『花送り』という題名になった。
銘々がパソコンをのぞき込み、そこに打ち込まれた脚本を見ていた。
「でも――」
だが、問題点はまだ残っていた。
「演劇と映画広告のポスターが出来てないな。後、映画監督と撮った映像に効果をつける人が必要だな」
「せやな」
文化祭までは残り一ヶ月と少し。時間はあまりない。
「広告ポスターの絵、誰に描いてもらおうか。美術部とか漫画研究部の人に描いてもらえらたいいんだけどな……」
「そうね……」
「…………」
「…………」
誰も心当たりがなく、沈黙が降りる。
「美術部も漫画研究部も、部員数が少ないわ。二組にその両者ともいなかったと思うんだけど」
「困ったな……」
絵を描ける人間が、いなかった。
「誰か心当たりないか?」
「じゃあ俺のクラスの美術部の人に描いてもらうとかはどうだ、悠?」
「いや、駄目だな。さすがに違うクラスの人に描いてもらうような厚顔無恥なこと、俺は出来ない」
「じゃあもういっそポスターなしとかは?」
「いや、ポスターを作るのは義務付けられてる。何かしら描かないと駄目だな」
「「えぇ……」」
その場にいた五人全員が、目を伏せた。
しばらくの沈黙の後、高梨が顔を上げた。
「仕方ないわね。私が描いてあげるわ」
「高梨……?」
赤石は、高梨に目をやる。
「私は深窓の令嬢と言われてるのよ。子供のころから英才教育を受けてきたわ。絵を描くのもその英才教育のうちの一環で、私は結構描けるのよ。だから、赤石君が嫌じゃないなら私がやってあげてもいいわよ」
「いいのか!?」
思いもかけず助力を申し出た高梨に、赤石は目を丸くする。
「いいわよ。それに、私は演劇にも関わってるわ。少なくとも、誰かしらが描かないといけないのよ」
「じゃあ…………頼む」
赤石は頭を下げた。
内心、高梨に驚いていた。自分たちに助力をする意味がよく分からなかったからだった。
何を考えているのかは分からないが、高梨の言を、快く受けた。
「じゃあ次は映画監督みたいな人がいるかどうかだな……。カメラワークとか撮り方とか、俺は知らない。映画研究部の人とか二組にいたかな」
「そうね……」
「せやな……」
「…………」
「……?」
そこで、妙に嫌な沈黙が降りた。
何故ここまで重苦しい雰囲気が降りているのか分からない赤石は、不思議な顔をする。
辺りを見渡し、諭すような目で高梨は赤石を見た。
「映画研究部は平田さんとその友達たちよ」
「…………」
思いもかけない言葉に、赤石は言葉が詰まる。
道理で……と、降りた沈黙の帳の意味を理解した。
実際、映画研究部の平田たちなら映画製作を選択したかったはずだろう。恐らく、そうなんだろう。
だが、映画製作には三矢と山本がいる。三矢と山本は、二組の中でも唯一赤石と話す男達であり、映画製作にその二人がいるとなると赤石も関わってくる可能性も高くなる。
赤石と同じことをしたくなかった。徒党を組んで映画製作をしたくなかった。映画研究部であったとしても、赤石と同じ班に入るのは嫌だった。そういう、平田の心算が見えた。
赤石も同じく苦々しい顔をする。
「じゃあ仕方ないな……これはまた集まった時に決めよう」
「…………そうね」
「じゃあ、撮ったビデオに効果を付けたり映像を繋げたりする役目は……」
「あ、それなら大丈夫やぞ。俺らが出来るわ」
「その通りでござる」
山本が胸を叩いた。
「拙者らはパソコンをいじくるのが得意でござるから、その程度訳はないでござるよ」
「せやな。それは任せとけ! 映画監督やけど、それは映画撮り始めてから決めるかぁ……」
「そうするしかなさそうだな」
赤石は一連の会議を、終了させた。
須田を見てみると、呆けた顔で会議を聞いていた。
「じゃあ、終わり……だな、会議も。皆、今回は集まってくれてありがとう」
赤石は立ち上がり、挨拶をする。
「今回は俺の為にありがとう。おかげで良い脚本が出来た」
「何を言うてんのや赤。俺らも映画製作班やぞ? お前はもうちょっと人の手ぇ借りるいうのを学ばんかい」
「そうよ、赤石君。人間は一人で出来ることと出来ないことがあるわ。他の人の手を借りることも、時には必要よ」
「今後も何かあったら拙者らに行ってくれれば助太刀いたすでござるよ!」
三矢達が、一様に自身の漲った表情を浮かばせる。
赤石は、ほんの少し相好を崩した。
「ほな、じゃあな、赤! 次はまた学校でな!」
「じゃあ、また映画製作でお願いするでござるよー!」
「赤石君、またね」
三矢、山本、高梨の三人は、最寄り駅へと歩いて行った。
赤石は三人の背中を見送る。
「いやぁ…………白熱した議論だったなぁ」
「なんでお前はまだ帰ってねぇんだよ」
須田もまた、その背中を見送っていた。
「今夕方だろ? 俺ちょっと腹減ったからさ、悠ん家で食べてくわ」
「なんでだよ。帰れよ母さん心配するんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、さっき連絡したから」
「いつの間に連絡したんだよお前は……じゃ、俺らも飯食うか」
「そうだな、飯食ったらゲームしようぜ、ゲーム」
「またかよ!?」
「最近新しいゲーム出来ただろ? 悠ん家にもあるじゃん、ゲーム。どっちが強いか勝負だ!」
「勝負だ! って……またお前がボコボコにされるだけだぞ」
「いや、難しいんだよあのゲーム! 操作性滅茶苦茶じゃん!」
「まぁ、取り敢えず飯食うか」
「そうだな、部屋戻ろうぜ。映画製作、皆と協力して頑張れよ?」
「分かってるよ」
赤石は須田とともに、部屋へと戻った。
「ふふふ……」
電車の中で、高梨は一人ほくそ笑んでいた。
「脚本、面白いわね」
貰った脚本をパラパラとめくる。
「これがどういう意味なのか、赤石君は分かってもないんでしょうね……ふふ」
脚本に目を落とす。
脚本の会議で、それとなく話作りの方向性を決めていたのは、高梨だった。
「赤石君、あぁ…………ふふ」
高梨は赤石の名前を呼びながら、昏い感情を滾らせていた。




