第60話 脚本作りはお好きですか? 7
「なら、他にも赤石君が本当は好きだけど自分からは進んでやったりしないものってあるのかしら?」
「そうだな……ゲームしたりとか本読んだりとか、テレビ見たりとか、そういうのも好きだな」
「内向的なものが多いわね」
「あと、球技とかも結構好きだな。走るのは嫌いだけど球技系統は好きだぜ。卓球とかバドミントンとかは体の構成に必要だ、って言ってよく俺と遊んでるなぁ」
「そういうことね……」
高梨は納得のいった顔をする。
「本当はやりたいことが多いけど、その多くは意味のないことだから、そういい聞かせて、自分を律して切り捨ててる、ってところかしら」
「そういうこと。でも行列に並んだり服を選ぶのに時間をかけたりとかは本当に好きじゃなさそうだな。まぁ俺が好きだからよく悠を誘ってんだけどな」
「…………そう」
ははは、と須田は満面の笑みで頭をかく。
「まぁ、一人でいる時は好きじゃないんだろうけど、俺といると案外楽しそうな顔してるぜ?」
「……そうなのね」
「多分、悠がこのドーナツを見たら『お前ドーナツなんか買って来たのかよ、普通のご飯だけで十分だろ。まぁ、食べるなら一番おいしい奴がいいな』的なこと言って苺のドーナツ取っていくと思うなぁ」
「……」
「口実さえあったら悠はいつも遊ぶからなぁ。やるなら楽しんだ方がいいに決まってるだろ? とか、食べるなら美味しい方が良いに決まってるだろ? とか、並ぶなら並んだ時間を無駄にしないために途中で抜けない方がいいだろ? とか、とにかく合理的な思考に結びつけるからなぁ、悠は」
「……そう」
「まぁ、俺が誘わなかったらやってないし食べてないし並んでないだろうから諸悪の根源は俺なのかもしれないけどな、あはははははは」
「……」
嬉々として赤石のことを語る須田とは裏腹に、須田の言葉を聞くたびに、高梨は段々と口数が少なくなっていった。
うつむいたまま、話を聞く。
高梨は昏い顔で、須田に目を向けた。
「おっ……ど、どうした高梨? 何か具合悪いのか? どうしたよ?」
「…………別に」
高梨は、細々と返事をする。
暫くの沈黙の後、胸を張り、目をすがめ、不自然に微笑んだ。
「羨ましい関係性ね」
「ははは、まぁそこそこ長年の付き合いだからなぁ」
高梨の小さな変化に気付かない須田は、笑って返答した。
「そうよ、羨ましい……わ」
どこに目をやるでもなく、誰に返答するでもなく、高梨は呟くように返答する。
「あなたたちがつい最近遊んだのは、いつかしら?」
「え? 今日」
「今日は抜きなさい、今日なわけがないでしょう。そんなこと訊くと思ってるの、統貴」
「じゃあちょっと前かな。不定期開催企画、須田散歩で呼び出したなぁ」
「不定期開催企画……須田散歩……ふふっ」
地面を向きながらも、高梨は小さく笑った。
「内容は?」
「いや、夜に俺と悠でこの田舎街を散歩して、虫の声とか聞きながら、なんでもない雑談をするって遊び」
「ふふ…………」
笑う。
「それ、遊びなのかしら?」
「ま、まぁ遊びなのかと言われればなんとも言えないけど、面白くはあるかな」
「ふふ…………」
笑う。
細く、笑う。
高梨は暫く笑いを噛み殺した後、須田に向き直った。
「面白そうな生活してるわね、統貴」
「は、はぁ…………」
高梨は意気軒昂と、いつもと変わらない態度で胸を張る。
いつもより少し元気な気がするな、と思いながら須田は高梨を見た。
「私も今度それ参加したいわ」
「え」
「何、嫌なのかしら」
「いや、嫌ってわけじゃないけど、結構な頻度で鈴奈もいるぞ?」
「鈴奈……三千路さんのことかしら?」
「そうだけど」
「あなたたち三人でよく遊んでるのね……」
「ま、まぁ」
高梨と三千路に面識はあるのか、仲は良いのか、事実関係が分からなかったため、須田は訥々と返答する。
「じゃあ、三千路さんをどけて今度からは私と赤石君と統貴の三人で遊びましょう?」
「いや、出来るかよ! そんなことしたら俺と悠の命が危ないわ!」
「大丈夫よ、私が解決するわ」
「どうやって?」
「お金の力よ」
「いや、本気で止めてくれよ! 分かった分かったから! 鈴奈を呼ばないときもあるから、その時偶々お前も時間があったら呼んでやるから!」
「それでいいわ、統貴」
高梨は須田を睥睨し、継いで食料コーナーに目をやった。
「さぁ統貴、早く買うご飯を決めましょう。赤石君たちがお腹を空かして待ってるわ」
「そんな子を想うお母さんみたいなセリフ……」
須田と高梨は、昼食選びを再開した。
「お前ら~、買って来たぞ~」
「おかえり、統」
「さすがやで!」
「ありがとうでござる」
赤石の部屋で鳩首会議をしていた三人が、一斉に首を上げた。
赤石の眼前には、みっちりと書き込まれた紙が置いてあり、須田がいなくなった時間でどれだけ会議が白熱したかが、よく分かった。
須田はテーブルの上に昼食を置いた。
「統、何買って来たんだ?」
「あぁ、悠にはこれだな。野菜の盛り合わせと、海苔弁当と、ドーナツ」
「お前ドーナツなんか買って来たのかよ。デザートはいらないだろ。まぁ、あるならこの苺のドーナツ貰うわ。一番美味そうだし」
赤石は置かれたドーナツの中から、取った。
「ふふふ…………」
赤石のセリフを聞いた高梨が、口に手を当て、笑った。
「高梨……なんで笑ってるんだ。変な笑い方するなよ」
「統貴、あなたの言ってた通りね」
「だろ? 悠っぽいなぁ」
「何の話だ」
顔を見合わせて笑う須田と高梨を、赤石は訝し気な目で見る。
「まぁ…………な、悠は分かりやすいな、って話だよ」
「そうね……ふふふ」
「何を話してたんだ、お前らは一体」
赤石は特に表情を変えることなく、海苔弁当とドーナツに手を伸ばした。
ペチッ。
伸ばしたその手を、三矢が叩いた。
「おいこら赤、待たんかい! 色んな味のドーナツあるやんけ! じゃんけんや、じゃんけん!」
「そうでござるよ赤殿!」
「うるせぇなぁ……」
三矢と同じくして、山本も身を乗り出した。
その三人の様子を見て、須田は目を丸くした。
「あ……あれ、三矢? お前悠の呼び方……」
「あ、あぁ。せやで。須田と高梨が買い物行っとる間にどう呼ぶかって会議してな。赤は須田のこと統って呼んどるやろ? 逆に須田は赤のこと悠って呼んどるやろ? どっちも二文字やから俺らも二文字で呼び合おう、って話になったんや」
「へぇ…………偉く有意義な時間だったのね」
「まぁ、せやな。赤石は最初の二文字で赤、俺はミツ、ヤマタケはヤマ、それぞれイメージカラーってもんがあるんや。赤石は言うまでもなくレッド、俺は蜜の色やからイエロー、ヤマタケは山の色やからグリーンや」
「戦隊もののヒーローみたいじゃん!」
「馬鹿な発想だろ?」
須田は目を輝かせて話に乗るが、赤石は一笑に付す。
「因みに、赤石の一言で高梨はタカ、イメージカラーはブラウンや」
「おい、俺に責任を擦り付けるなミツ」
「ちょっと待ってくれないかしら、三矢君。私の呼び方はタカになったのかしら。すこぶる男っぽい呼び方な気がするのだけど。それに、貴方たち赤色とか黄色とか緑色とか艶やかな色がイメージカラーなのに私が茶色なのは本当に嫌なのだけど。何もかも嫌だわ」
「いいだろ、茶色。高梨っぽくて」
「馬鹿な事を言うのは止めなさい赤石君。私は女よ? せめて桃色じゃないかしら、タカとかイメージカラーが茶色とか本当に止めてもらえると助かるわ」
「いやちょっと待てよ! お前ら色あるけど俺は何だよ、俺は! 須田だぞ、須田! 色ねぇよ!」
「統は怪人役だな」
「敵じゃねぇか! 嫌だわ、俺も!」
「いや、冗談や冗談」
呼び方決めをめぐって、赤石の部屋は、俄かにざわつき始めた。




