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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第55話 脚本作りはお好きですか? 2




 ゴールデンウィーク初日――


「赤石、お前の家凄いな。めっちゃ本あるやないか」

「ほぉ…………凄いでござるな、赤石殿のご自宅は。拙者の家にもここまで漫画は置いてないでござるよ」

「ここが赤石君の家なのね。なんだか嫌なにおいがする気がするのは私だけなのかしら」

「うるせぇな。じゃあ帰れよ」


 三矢、山本、高梨の三人が赤石の家にやって来ていた。


 結局、赤石は高梨と二人で脚本を考えるような事態には陥らなかった。

 陥れなかった。

 

 脚本を考えるという名目で高梨と二人で行動することを、容認できなかった。櫻井のそれと同等の存在になってしまうかもしれないと、危惧した。

 

 赤石は、櫻井と同質な存在になることを、恐れていた。

 櫻井にだけはなりたくないと、そう考えていた。故に、いたずらに異性との接触を避けた。そういった類の深層心理が、働いていた。

 加えて、赤石には矜持があった。

 ここで高梨と二人で行動するようになってしまえば、自分の矜持が侵されるような、自分としてのアイデンティティが崩壊するような、そんな気がした。

 異性に言われるがままに行動してしまえば、櫻井のような存在になってしまうかもしれないと、そう思った。


 櫻井のように女にモテたいという願いと、櫻井のような女誑しにはなりたくないという矜持、その両者がせめぎ合った結果の折衷案が、今の状況だった。


 赤石は、三矢と山本を呼び、四人で脚本作りの談合をすることにした。

 少なくとも誰かしらの助力がなければ脚本作りは難しいかもしれない、そう自分に言い聞かせたが故の、折衷案だった。


 櫻井のように、多くの女から好意を抱かれたい。思春期の高校生よろしく、異性に好かれたい。

 しかし、それはあまりにも自分としてのアイデンティティを損ないすぎている。それは、あまりにも矜持がない。そうすれば或いは櫻井に近づけるのかもしれない、だが、それでは駄目だ。


 何より、櫻井の行為が間違っていると、証明できない。

 櫻井よりも幸福になるようなことにはなりえない。


 そう、考えた。


 矜持と下心の天秤。


 赤石は、苦悩する。


 八谷の時には、二人になることを何も恐れていなかった。八谷の自宅に行くことも、二人で行動することも、その両者をも恐れていなかったことを、赤石は覚えていない。

 心の奥底に、その記憶をしまい込んでいた。


 それが何の感情に起因するのかも知らず、しまい込んでいた。


 赤石は未だ、矜持を捨てきれていなかった。

 平田の一件で学んだ、自らの矜持という愚かしさを、それでも完全には捨てきることが出来なかった。


 人は簡単には変われない。

 だが、変わろうとすることに意味がある。

 自分の醜い深層心理を変えようとする事に、意味がある。


 その深層心理は果たして醜いものなのか、変わろうとしているそれの方がより醜いのか。 


 果たして、どっちなのか。


 矜持を捨て去れば、櫻井よろしく自分もハーレムの主に慣れるのかどうか。

 その当否は、分からなかった。


 三矢は赤石の部屋に陳列されている本棚に、ふと目をやった。


「あっ、赤石殿、これは伝説の、はのにのしょっ……初版ではないでござるかっ!? どっ……どうしてこんな希少な漫画があるんでござるか!?」

「え…………いや、知らん。親に聞いてくれ。俺は元から家にあった本を読んでただけだからよく知らないわ」


 赤石の部屋に無造作に陳列されていた漫画を発見した山本が、興奮気味に訊いた。

 どうにも話し方に癖があるな、と思ったら『ライトボールは手の中に』に出てくるキャラの真似をしていたのか、とこの時初めて理解した。


 『ライトボールは手の中に』、略してはのに。


 昔大流行した漫画であることを、赤石は知らない。


 『ライトボールは手の中に』を垂涎の表情で見つめる山本を見る。


 アニメや漫画、その他そういったジャンルが趣味の人間か、と山本の人間性を少し理解した。


 赤石自身そこまで娯楽作品に興味を持っていたわけではなかったが、手の届くところにある、という単純な理由で、その多くを読んでいた。


 赤石宅の大量の書物を目にした三矢が、何気なく感想を言った。


「それにしても赤石……お前特に変わったとこない奴やと思っとったけど、こない本あるって……中々普通の人間ちゃうかったんやなぁ」

「いや、ちょっと本が多いだけの家だし、俺は普通に一般人だと思うぞ。それに、一般人って概念も少し抽象的だからなぁ。お前は何も趣味とかおかしなこととかないのか?」

「せやな…………俺とヤマタケはどっちも放送部の機械担当やからな……。まぁ、パソコンとか得意やな」

「そうだな。そういう意味で言えば、何も特徴のない人間はいないんだと思うぞ。少なくとも、家に本が多い、って言うのは多分結構一般の部類に入ると思うかな、俺は」

「まぁ、そう言われたら確かにそこまでおかしなことでもないか……」


 三矢は同意する。


 人にはそれぞれ特技がある。

 三矢も山本も、高梨も。人間は多様性があるからこそ、面白い。


 赤石は他者を避ける性質とは相反して、様々な境遇を持つ人たちが好きだった。


「赤石君、あなたは一般人よ。学力も運動能力も顔も身長も平均。平均を煮詰めたような人間だから、そこまで考え込まなくてもいいわよ」

「そう言われたら逆になんか複雑な気分だな……」


 赤石と三矢と高梨は互いに雑談を交わし、山本は本を眺めながら、自室へと向かった。









「さて…………」

「ほな!」

「そうでござるな」

「そうね」


 赤石、三矢、山本、高梨の四人が赤石の部屋の机に円状になって座った。


「では皆、今日は集まってくれてありがとう。文化祭の脚本について案を出して欲しい」


 赤石は会議の始まりを、告げた。

 高梨に対して嘘偽りなく、友達として接しよう、と誓った赤石は、三矢や山本に対しても、同質の感情を抱けるよう、そういう態度をとれるよう、努力した。

 三人は、赤石を見る。


 高梨は赤石から視線を外さず、立ち上がった。


「高梨、何か案が?」

「窮屈よ、赤石君」

「窮屈?」


 伸びをした高梨は、そういった。


「そこまで堅苦しい、会議みたいな雰囲気を出さないでくれるかしら。私たちは飽くまで学生。どっちかっていうと、三矢君や山本君も遊びに来たような感覚のはずよ。だから、もう少し柔らかい雰囲気の中で案を出させて欲しいわ。出る案も出ないわよ、こんな雰囲気じゃ」

「それもそうか……」


 自分の非を認め、赤石は姿勢を崩した。




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