閑話 大学の入学準備はお好きですか?
「やぁやぁやぁやぁ!」
赤石を発見した未市が、両手を広げて迎えに行く。
「どうしたんだい、赤石君。こんな所で」
「買い物以外にないでしょ」
「統貴まで連れて」
「いけ、統貴! 十万ボルト!」
赤石が須田に指示をする。
「無理無理」
須田は手をパタパタと振る。
「入学も近いから、その準備かな?」
ん~、と未市は赤石のカゴをのぞく。
「覗かないでくださいよ」
赤石はサッ、とカゴを隠した。
「なるほどね~」
未市はパチン、と指を鳴らす。
「さては、エッチなものが入ってるわけだ」
未市は赤石にウインクをする。
「入ってないです」
赤石は未市から視線を外した。
「なぁに、私はそういうのに偏見はないタイプでね。隠さなくても良いよ、大丈夫」
「いや、入ってないですって」
「分かった分かった」
未市は赤石の肩をポンポン、と叩いた。
「君も隅に置けない男だね」
「何も分かってない」
赤石は肩をそびやかした。
「そういう先輩は、何しに日本へ?」
「渡米してないから」
未市は持っているカゴをひょい、と持ち上げた。
「君たちを迎えるための準備をね」
見れば、未市のカゴの中にはファミリーパックのお菓子と、雑貨用品が揃っていた。
「赤石君、君はちゃんと映研に入るんだろうね?」
よぉく頼むよ赤石君、と言いながら未市は赤石に顔を近づける。
「分かってます、って」
どうどう、と赤石は未市をなだめる。
「統貴はどうだい?」
「あ~、まぁ色々見てから考えてみます」
「統貴のことだ、きっと色んな部活から勧誘の嵐だろうね」
「いやぁ~、そんなそんな」
須田はポリポリと頭をかく。
「統貴は赤石君と違って人柄も良く背も高く、運動も出来て頭も良い。人当たりが良いイケメンはどこの部活でも、喉から手が出るほどに欲しい人材だよ」
「頭は俺の方が良いでしょ」
赤石と未市がわあわあと口論をする。
「別にぃ、私は君が来なくても、良いんだけどね」
端から見ていた里野が意地悪に微笑み、赤石にそう言った。
「まぁ入らなくても全然良いには良いんですけど」
「おぉい!」
未市が赤石の両肩を持つ。
「入るって言ったじゃないか! 入るって言ったじゃないか! 許さないぞ、赤石君! そんな横暴は、この私の目が黒いうちは!」
未市は肩を掴みながら、前後にブンブンと振る。
「いや、そこの先輩が」
「サトの言うことなんて聞くんじゃない! サトも撤回して!」
里野は焦る未市を見て、くすりと笑った。
「私と一緒に映画界の頂点を目指す、って約束したじゃないか!」
「そんな約束全然してないですし、身に覚えないです」
「赤石君! 私と一緒にこの人生のモラトリアムたる大学を謳歌しようじゃないか、おぉい!」
「振らないで」
未市は赤石のシェイクを止めた。
「弾け飛ぶところでした」
「炭酸飲料かい、君は」
パンパン、と未市が赤石の服についた埃を掃う。
「サトも赤石君に来て欲しいよね!? 来て欲しいよね!?」
「ふふ……」
里野は妖しく笑う。
「人間関係悪そうな部活だなぁ」
「サトが意地悪なだけだから!」
未市はふくれっ面で里野を見た。
「ところで、赤石君は何を買いに来たんだい?」
「日用品を少し」
「俺もっす」
赤石と須田は二人でカゴを持ち上げる。
「シェアハウス?」
「いやいやいや」
赤石は手を振った。
「一人で買い物するのも暇だし、ついでに誘っただけですよ」
「ついでに誘われただけですよ」
「誇らしそうにするな」
ふふん、と胸を張る須田の腕を、赤石が軽く叩く。
「ここで会ったのも何かの縁だ。どうれ、お姉さんが買ってあげよう」
未市が赤石の持っているカゴを預かった。
「いやいやいや、要さんも同じ学生なんですから、大丈夫ですよ」
赤石は未市からカゴを取り返す。
「そうかそうか。じゃあちょっとだけお姉さんに日用品を買わせておくれよ、赤石君、統貴」
赤石は須田と顔を見合わせる。
「先輩のセンスに期待してます」
赤石は冗談めかして、そう返した。
赤石、須田の二人は未市たちと共に日用品を見て回り始めた。
「ところで統貴、大学の準備はどうだい?」
須田の隣に未市が、赤石の隣に里野が並び、歩いていた。
「赤石君」
「はい」
里野はくすくすと笑う。
「何かついてますか?」
「くだらないプライドが」
「これメンタル的な削られ方することあるんだ」
赤石は自身の胸を見る。
「何か悪いことしましたか?」
常に当たりの強い里野に疑問を覚えた赤石が、投げかける。
「全然」
「……?」
「赤石君みたいな男が嫌いなだけ」
「じゃあもうどうしようもないですね」
「プライドが高くて自分の非を認められない。ずっと誰かを毀損することばかり考えていて、何の成果もないくせに偉そう。生涯何も成し遂げることも出来ずに、ずっと他人を腐してるだけ」
「言いすぎでしょ」
赤石は里野を睨みつける。
「違う?」
「そうですよ、と言う人はいないでしょ」
赤石はむっとしながら、里野と言葉を交わす。
「でも、私結構優しい方だよね? 君みたいな性格の悪い、何の成果も魅力もない子ともこうやって言葉を交わしてあげてるんだから」
「将来大物になったら覚えとけよ」
赤石はふん、と里野の言葉を受け流し、そのまま日用品を買い集めた。
里野は不機嫌に店の中を見て回る赤石を見て、くすくすと笑っていた。
「お目当ての物は買えたかな、赤石君?」
会計を終えた四人は、店の外で集まって雑談をしていた。
「これ、お姉さんからのおごり」
「なんですか、これ?」
未市は赤石に小さな陶器を二つ手渡した。
「歯ブラシホルダー」
「地味にありがたい」
赤石は未市からの贈り物を感謝して受け取った。
「安物だから気にしなくて良いよ」
「ありがとうございます。ところで……」
赤石は陶器に描かれているイニシャルに目を付けた。
「これ、KとYって書いてあるんですけどもしかして……」
赤石は未市の目を見る。
「そそ。悠人のYと、要のK」
「Kはいらないです」
赤石は未市に歯ブラシホルダーを片方返した。
「どうしてだい!?」
「勘違いされるでしょ」
「良いじゃないか。私と君の関係だ。師弟関係みたいなものじゃないか」
「家の中に要さんのイニシャルの歯ブラシホルダーあったら絶対何か言われるでしょ」
「体だけの女、って言っておきなさい」
「言えるか」
赤石は苦笑する。
「私が君の家に泊まる時に歯ブラシを置く場所がないと困るじゃないか」
「何しに家泊まりに来るんですか」
「それはさぁ」
未市が指で卑猥なジェスチャーをする。
「うわ、このジェスチャーまだする人いたんですね」
「まだまだいるに決まってるじゃないか」
「これ中年のおじさんしかしないジェスチャーですよ」
「知らないのかい、赤石君。最近若い女の子たちの間でこのジェスチャーが流行ってるんだよ?」
「世も末ですね」
赤石はため息を吐く。
「あって困るものじゃないから、持っておきなさい」
未市は赤石の手の指を開き、ギュッと握らせた。
「まぁ誤解されたらお互い困りそうなんで、適当なところに置いておきますよ」
「私を体だけの女だと思って……!」
「思ってない」
赤石たちは店の外で軽く雑談を交わした後、解散した。
「大学楽しみだよなぁ!」
帰り道、須田が楽しそうにそう話す。
「さっきの買い物のどこでそう思ったんだよ」
二人は大学への準備を万端に、それぞれの家へと帰った。




