閑話 高梨散歩はお好きですか?
花の都、東京。
高梨八宵その人は、東京に引っ越しをし、一人暮らしを始めていた。
高梨の家の近くには、使用人である那須が居を構えている。
「……」
もう高校の制服を着ることはない。
高梨は何故だか持ってきた高校の制服を眺め、一人思案にふけっていた。
「静かね」
思えば、自分が思っていたよりもずっと多くの人間と交流を築いて来た。
自分は一人で生きていくものとばかり思い込んでいた。
あんなに多くの同級生たちと言葉を交わし、仲を深め、何度も何度も交流をするとは、思ってもいなかった。
高梨は自身の現状を顧み、くすりとする。
「……かわい」
高梨は机の上に置かれたクマールくんのキーホルダーをそっと撫でた。
目の下に濃いクマのある羊のキーホルダー、クマールくん。赤石からつい最近もらったプレゼント。
高梨は赤石に似ている羊のキーホルダーを大切にしていた。
「よし」
高梨は髪をまとめ、外に出る準備をした。
化粧やお洒落に興味はない。着の身着のまま、大した装飾や意匠を凝らすようなこともせず、高梨は家を出た。
東京なら、もしかしたらクマールくんにまつわる何かしらのグッズがあるかもしれない。
高梨はクマールくんのグッズを求め、外に出た。
「お姉さんかわいいね」
東京――
街を歩けば、高梨の美貌は多くの人の目についた。
校内でのみ通用するような美貌というわけでもなく、井の中の蛙というわけでもなかった。
「結構」
高梨はぴしゃり、と断った。
ナンパかモデルのスカウトかは分からなかったが、興味のない高梨は男の誘いを袖にする。
「すみません、私こういうもので……」
名刺を持った男が、高梨に近づいて来る。
「どうも」
ナンパではなかった。
高梨は名刺だけもらって、すぐさまその場を離れた。
花の都、東京――
高梨の美貌は地元の小さな高校に収まるようなものではなかった。
街を歩けば、いかがわしい店が立ち並ぶ薄暗い通りや、人でごった返した通りなど、場所によって様々な雰囲気を呈していた。
高梨はショッピングモールや雑貨店を回り、クマールくんのグッズを探し求めた。
「……」
スマホを駆使して、高梨は東京中を回った。
「あ!」
雑貨店を回るところ六店目、サブカルを扱うと話題の雑貨店で、高梨はついにクマールくんのクリアファイル、キーホルダー、シール、アクリルスタンドなどを発見した。
「……」
高梨はクマールくんのグッズをそれぞれ三つずつ購入し、微笑みを湛えて帰宅した。
「よし」
高梨はクマールくんのアクリルスタンドを机の上に立てて置いた。
「かわいい」
高梨はクマールくんのクリアファイルに必要な書類を入れ、部屋を掃除した。
本を開き、クマールくんのアクリルスタンドに見守られながら、読書をする。
「ふふふ」
高梨は疲弊した一日を送ったが、クマールくんでいっぱいになった部屋に満足していた。
「何か良い物ないかなぁ~」
赤石、須田の二人は大学近くの生活用品店へとやって来ていた。
「新生活にいる物って何だと思う?」
須田が赤石に尋ねる。
「家にあったものを思い出しながら、これ良いな、と思ったのを買えば良いんじゃないか?」
「ほな、新生活やる時に備えて今からやってみよう、思うんやけどちょっと手伝ってもろてええかなぁ?」
「なんで漫才始めようとするんだよ」
赤石が須田を呆れた顔で見る。
「コンコン、すみません、新生活始めたいんですけど!」
「そんな仮入部みたいなシステムじゃないだろ、新生活。自分の足で一つずつ確認しろ」
「菜箸とかいるかな?」
「一人暮らしの男が最後に買うもんだろ、そんなもの」
須田は食器や箸のコーナーを横切りながら言う。
「でも食器はいるよなぁ」
「ある程度いるな。数が少ないと毎回すぐに洗わないといけなくなるしな」
「すみません、この食器ワンダース」
「鉛筆か。そんなにいらんわ」
赤石は食器をいくつかカゴの中に入れる。
「いや、一人暮らしならワンダースはそこまで変な提案でもないと思う」
「まぁそれもそうか」
赤石は茶碗やコップをカゴの中に入れていく。
「お母さん、これも買ってこれも買って!」
「はいはい」
須田が赤石の袖を引っ張る。
「この一流天才ライバー、惣菜カケルが監修したなんでも切れる包丁買って!」
「いりません、そんなもの!」
赤石は惣菜カケルの監修した包丁のコーナーを通り過ぎる。
「あなたも止めなさい、あんな胡散臭い配信者のおすすめなんて買おうとして」
「だってカケルの監修した包丁は日本一だもん」
「包丁を作ってるのは職人なんだから、ユーザーより職人の腕を信じなさい」
赤石はカートの中のカゴに必要なものを入れながら、須田と相談する。
「靴下とかいるかなぁ」
「ある程度はいりそうだよな」
「ワンダース?」
「なんでお前は毎回ダースセットで物買おうとするんだよ」
「学生気分が抜けなくて」
「学生気分でいちゃあ困るねぇ、須田君」
「す、すみません!」
須田は靴下を五個取って来た。
「全部違う色の靴下取って来た」
「全部黒で良いだろ」
「全部色違う方が毎日違うテンションでいれて面白いじゃん」
「靴下次第でテンションが変わるのか、お前は。毎日違うテンションでいたくないだろ」
「そっちの方が楽しくね?」
「情緒不安定すぎるだろ」
「黒色の靴下履いてる時は露骨に後ろ向きな性格になる」
「漫画のキャラみたいだな」
「あっ、自分まだそれやってたんだ。はは、ウケる。まぁよく知らないけど頑張ってよ」
「イヤなヤツすぎるだろ」
須田は五色の靴下をカゴの中に入れた。
「虹に使われてる色と同じ色の靴下買ってきた」
「感性は学生未満のようだな」
「誰が幼稚園児だ」
べ、と須田が赤石に舌を出す。
「お」
「え?」
赤石と須田が二人で買い物をしているところ、赤石の先輩にあたる未市と里野が、前方からやって来た。




