閑話 暮石散歩はお好きですか? 2
「よし」
家の鍵を閉め、赤石は暮石と共に部屋の外に出た。
「カギ閉めた?」
暮石が赤石に問いかける。
「……」
赤石は人差し指を立て、静粛に、とのジェスチャーを暮石に見せる。
「……」
暮石は口元を閉めるようなジェスチャーをし、お口チャック、と声を出さずに口だけを動かした。
赤石の住むマンションを出て、しばらく二人で歩く。
「……」
くいくい、と暮石が赤石の袖を引っ張る。
「どうした」
赤石が振り向く。
「なんで喋っちゃ駄目だったの?」
「廊下で喋ると声が響くからな。同じマンションに住んでる人に迷惑になる」
「なるほど……」
うんうん、と暮石は頷いた。
「何かエッチなプレイみたいだったね」
「さすがに気のせいすぎるだろ」
赤石は苦笑した。
「どこ行こっか、ダーリン?」
「特に考えてないけど、お前はどこか行きたいところあるのか?」
「ん~」
暮石はおとがいに人差し指を当て、少しの間考える。
「特に」
にひ、と暮石は笑った。
「あんまり女が一人で夜中に出歩くなよ。危ないから」
「全然大丈夫だよ~、日本なんだから」
「日本だとしても、女が一人で出歩いてたら危ないだろ」
「大丈夫だって~。東京なんか真夜中に道端で泥酔した女の子がいっぱい落ちてるんだから」
「ここは東京ではない。あの街は犯罪で満ち溢れている」
「東京こわ」
暮石が赤石の手を握った。
「にぎにぎ」
「握るな」
赤石は暮石の手を離した。
「なんで! 前は手繋いでくれたのに」
「あんまり公道で人と手を繋ぎたくないんだよ」
「前はしてくれたのに」
「お前がどうしてもしたそうだったから、気を遣ったんだよ」
「じゃあ一生気を遣ってよ」
「おも」
赤石はため息を吐き、暮石と手をつないだ。
「人通り多い所じゃやらないからな」
「なんで?」
「バカップルみたいだろ」
「バカップルで良いじゃん。皆やってるし」
「よそはよそ、うちはうち」
「ケチ! ケチ石!」
「はいはい」
暮石はがすがす、と言いながら赤石の脛を蹴る。
「脛を蹴るな、脛を」
「赤石君の弱点見っけ」
「人類の弱点だろ」
赤石と暮石は手を繋ぎながら、近くをぷらぷらと歩く。
「ちょっと人気の少ない所行こっか?」
「あんまり暗い所に行くと危ないぞ」
「大丈夫大丈夫」
「クマが出るかもしれない」
「最近多いしねぇ」
暮石と赤石は人気の少ない道を探索し始めた。
「公園行かない?」
「好きだな、公園」
「公園好き」
赤石と暮石は公園へ向かう。
「あ」
公園へ向かう最中、暮石が小さな光を発見する。
「ダーリン、見て見て」
「自販機だな」
自動販売機が、そこにあった。
夜道でも煌々と輝くその自動販売機は、妙に存在感があった。
「自販機、お昼時は何も感じないのに、夜に見たら存在感すごいよね」
「光ってるしな」
灯りも少ない夜道では、自動販売機は住民たちの大きな道標になっていた。
二人は自動販売機に近づいた。
「ヴぇ」
暮石が苦虫を噛み潰したような表情をする。
「虫だらけ」
「まぁ光ってるしな」
自動販売機には大量の虫が引っ付いていた。
「気持ち悪~い」
「人類にとっての道標でもあり、虫たちにとっても道標なんだな」
赤石は自動販売機の前に立ち、自動販売機から距離を取った。
「何か買ってみるか」
「ヤだよ、気持ち悪~い!」
「夜遅くに一人で残業してて、自動販売機も可哀想だろ」
「そういう仕事だよ」
のう、自販機くん、と暮石が自販機の側面を撫でる。
「今なら飲み物に加えて虫もセットで出て来てお得だぞ」
「本社にクレームだわ」
赤石は財布を取り出した。
「本当に買うの~?」
「これも経験だろ」
赤石は自販機に硬貨を入れる。
赤石が近づくと同時に、数多くの虫が自販機から離れ、羽ばたいた。
「きゃーーーーー!」
暮石が笑いながら自販機から距離を取る。
「もう、本当信じらんない!」
笑いながら暮石が赤石の横っ腹を叩いた。
「好きなの選んでいいぞ」
「好きなの選んでいいぞ、じゃないのよ」
暮石は遠くから自販機内の飲み物を吟味する。
「えいや!」
そしてすぐさま近づき、自販機のボタンを押した。
ガコン、という重々しい音と共にジュースが落ち、暮石が自販機の取り出し口に手を入れる。
「てってれ~!」
暮石は購入したジュースを手に取り、持ち上げた。
「何買ったんだ?」
「ナタデココ入りのミカンジュース。半分こしよっか」
暮石は近くにあるベンチを指さし、赤石と共に座った。
「開けらんない」
暮石がジュース缶を赤石に手渡した。
「嘘だろ」
「嘘じゃないもん」
「か弱い女のフリをするな」
「いや、本当に固いんだって」
「貸してみろ」
赤石はジュース缶のプルタブを引っ張る。
「……」
「ほら」
赤石も、開けられなかった。
「こ、こんなものっ!」
赤石はジュース缶を持ち、放り投げようとする。
「こらこらこらー!」
暮石が赤石の手を持ち、止める。
「ドラマとかで結婚指輪を海に投げるシーンとかあるけど、俺あれ本当どうかと思うな」
「それは私も同感なのよ」
赤石はどうにかジュース缶を開けることに成功した。
「はい」
「ご苦労」
暮石がナタデココ入りのジュース缶に口をつける。
「はい」
「どうも」
暮石が赤石にジュースを手渡す。赤石は暮石からもらったジュースに口をつけた。
「間接キッスだね」
「間接キスなんて高校くらいから気にしてるやついないだろ」
「赤石君くらい根暗なら間接キスとか気にしてそう」
「なんて各所に失礼な言い回しなんだ」
赤石は半眼で暮石を見た。
「ねね、何かお店とか入らない?」
「こんな夜中にやってる店そうないだろ」
「コンビニとか、さ」
「あ~」
赤石は膝を打った。
「皆の衆、行くぞぉ!」
暮石が張り切って立ち上がった。
「お~」
力ない声で、赤石も拳を突きあげた。
「っしゃいませ~」
ベンチでジュースを飲み切った二人は、大学近くのコンビニへと来ていた。
『新たに、見上げた。ここからの、景色には。いつでも、すぐさま。いたずらに、鳴り響く』
コンビニでは聞きなれない歌が流れていた。
「っしゃいませ~」
コンビニへの入店音と共に、店員がやる気のない挨拶をする。
「深夜のコンビニって店員さん皆やる気ないよね」
「誰も見てないし、やる気出す意味もないからな」
赤石はちら、と店員を見た。
「何買う?」
「何か買いたいものあるか?」
赤石と暮石は二人でコンビニの中を歩き回る。
「チキン買わない?」
「さすがにもう売り切れてるだろ」
赤石と暮石はレジ横のホットスナックを見る。
「あ、二個あるじゃん」
「じゃあ二個買って帰るか」
「やりぃ」
暮石が指を鳴らす。
二人は再び店内を見回る。
「これ買う?」
暮石が生活用品売り場で、箱に入った商品を指さした。
「外で下品な冗談を言うんじゃない」
「え、このティッシュのことだけど、赤石君は何と勘違いしたのかなぁ? かなぁ?」
暮石が小声で赤石のことを責め立てる。
「分かった分かった」
赤石はその場を離れた。
「全く、思春期の男の子はこれだから……」
暮石がぶつぶつと文句を言いながら赤石の後を追う。
「らっしゃっせ~」
コンビニの店員が新たに入店した客に挨拶をする。
「こんな深夜に人が来るの珍しいね」
「深夜に出歩く人間も少なくないんだろうな。コンビニが二十四時間も店開けとく理由なんて全くないと思うけどな、俺は」
「皆そんな深夜にコンビニ来るのかなぁ?」
「利益になるより電気代とか人件費の方が高くつきそうな気がするが、どうなんだろうな」
「ね」
暮石は何気なく、新規で入店した客の横顔を見た。
「……っ!」
釜井恵美、北秀院大学新入生によるオフ会で出会った女が、コンビニに入店していた。




