閑話 暮石散歩はお好きですか? 1
大学への入学を控えた夜――
引っ越しをした赤石は、家具の配置に悩んでいた。
「……」
赤石は小さな部屋の全体を見回しながら、どの家具をどこに置き、どの小物を何の箱に入れるか、思案する。
「……?」
ピンポン、とベルが鳴らされる。
赤石はドアスコープ越しに、夜の訪問者を確認した。
「まだかな~……」
ドアの向こうから、小さな声が聞こえてくる。
後ろ手に手を組んだ暮石が、そこにいた。
「お前か」
ガチャリ、と赤石は扉を開けた。
「やっほ、ダーリン」
「そんな時間でもないだろ。夜だぞ」
「とりあえず上がるね」
「あ~……」
赤石は振り返り、散らかった部屋を見る。
「ごめん、今は散らかってる」
「大丈夫大丈夫。私、赤石君のことならなんでもオッケーだからさ」
「結構汚いぞ」
「大丈夫大丈夫。じゃ、入るよ」
「分かった」
暮石は靴を脱ぎ、足早に赤石の部屋に入った。
「女、女……」
暮石は赤石の家に入るや否や、トイレや押し入れの中などを捜索する。
「女隠してない?」
「隠してない」
「女隠してるから私入れるの躊躇ったんじゃないの?」
「そんなんじゃないぞ、別に。汚いだろ」
赤石は床に粗雑に置かれている小物を、適当な箱にしまう。
「来るなら事前に連絡くらい入れてくれよ」
「連絡入れたら私が来るって分かっちゃうじゃん」
「それでいいだろ」
「浮気チェックにならないじゃん」
「浮気チェックしに来たのかよ」
やれやれ、と赤石は肩をすくめる。
「夜だし、裸の恭子ちゃんとかベッドで寝ててもおかしくないからね」
「おかしいだろ」
赤石は暮石の付近を掃除しながら返答する。
「八谷じゃなくても、誰かしら家にいる可能性はあったぞ」
「女?」
「女がいる可能性もあっただろ」
「女と二人っきりで家にいるとか許さないから」
「それは時と場合によるだろ」
「女を入れないといけない状況って何? 私、赤石君の彼女だよね?」
「知らないけど、全くないとは限らないだろ」
「だとしたら、まず私に少なくとも一報入ってるよね?」
「まぁ、それもそうか」
赤石は暮石に言いくるめられる。
「浮気チェックだけか?」
「ま、そんなところ」
「いつ来ても何もないと思うけどな」
「男の子なんてすぐ浮気するから。定期的にチェックしとかないと」
「人によるだろ」
よっこらせ、と暮石は赤石のベッドに座る。
「おいで」
暮石は隣をポンポン、と叩いた。
「犬じゃないんだよ」
赤石は暮石の隣に座る。
「ぎゅ~~~~~」
暮石は隣に座った赤石を、抱きしめた。
「すーはーすーはー」
そして赤石の首に顔をうずめ、息を深く吸う。
「気持ち悪い」
「ここがええんか、ここがええんか?」
暮石は赤石の服の中に手を入れ、胸を撫で回しながらはぁはぁと息を荒くする。
「おじさんはなぁ、赤石君のここが好きなんや」
暮石は赤石の胸を撫でながら、耳元でささやく。
「キモいキモい」
赤石は暮石の頭を掴み、距離を取らせた。
「男にも変態おじに襲われる恐怖を味合わせないと」
「味合わせなくて良い」
赤石は立ちあがり、掃除を再開した。
「……」
赤石が掃除をする様子を、暮石は後方から眺める。
「なんか良いなぁ、こういうの」
暮石は足をプラプラとさせる。
「何が?」
「赤石君の家で、赤石君が何かしてるのを見てるの」
「……そうか」
暮石の言っていることがよく分からなかったため、適当な相槌に終始する。
「とりゃ!」
暮石も立ち上がり、背後から赤石に抱き着いた。
「……」
そして赤石の耳を舐める。
「なになになに」
赤石はくるくると回転し、暮石の奇行を止めようとする。
だが、なおも暮石は赤石の耳を舐め続ける。
「くすぐったい」
赤石は後ろ手で暮石の横腹をくすぐった。
「あははははは、あははははははは」
暮石は大笑いし、赤石から離れた。
「もう~!」
頬を膨らませながら、暮石が不機嫌になる。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないんだよ」
暮石は自身の右耳を指さす。
「どうだった?」
「くすぐったい」
「気持ち良くない?」
「気持ち良くないけど、別に」
きたね、と赤石はティッシュで耳を拭いた。
「汚くない! 汚くない!」
「気持ち良いわけないだろ、こんなの」
「む~……」
赤石は暮石の前に立った。
「やっぱりおっきいね、赤石君」
「男女差あるからな、身長って」
「十五センチくらいあるもんね、身長差」
「平均的にはな」
暮石は赤石に抱き着いた。
「赤石君も抱いて」
「ああ」
赤石も暮石を抱き返した。
「……」
そして暮石の耳に、口元を近づけた。
「ひゃんっ!」
暮石は顔を真っ赤にして飛びのき、赤石から距離を取った。
「なんだよ」
「この野郎~~~!」
暮石は手で耳を覆いながら、赤石を睨みつける。
「何もしてないだろ」
「耳舐めようとしたでしょ」
「過剰反応すぎるだろ」
「女の子の耳って性感帯の一つだからね?」
「そんなわけあるか」
赤石は笑い飛ばす。
「いや、本当だから。女の子って男の子の声に恋する生き物だから。耳で恋する女の子」
「しょぼい生態だな」
「だから耳が性感帯になってんの。私の性感帯に簡単に口元を近づけないで! えっち!」
「えぇ……」
あんまりな意見だな、と赤石はため息を吐いた。
「赤石君が私の耳を舐めてもいいのは、私が許可した時だけ」
「そう言われると許可されてない時にやりたくなるな」
「変態! エッチ! ドスケベ魔人!」
「はいはい」
「彼女の耳を舐めたくなる気持ちは分かるけどさぁ……」
「分からないんだよ、全く」
赤石は掃除を再開した。
「……」
暮石は再びベッドに座った。
「ねね」
「ん?」
暮石が赤石に問いかける。
「お腹空かない?」
「いや、どうかな……」
赤石は腹を撫でる。
「もう夜だし、別にそんなことはない」
「ふ~ん……」
暮石は口を尖らせた。
「外、行こっか?」
「こんな夜に?」
あまり気は進まなかった。
「暮石三葉ちゃんの夜散歩のコーナーだよ」
「……そうか」
赤石は掃除を止め、外に出る用意をした。
「よぅし、野郎共! 準備は出来たか! 暮石夜散歩の時間だぁ!」
「おー」
赤石は力なく拳を掲げる。
「出航だぁー!」
「次はどの部署になるんだろうなぁ」
「その出向じゃない」
赤石と暮石の二人は、夜の散歩に出かけた。




