第5話 八谷恭子はお好きですか? 2
2018/1/30(水)高梨と水城の描写を増やしました。
その女は明るい茶髪を腰元まで伸ばし、髪の毛先は全て一定の方向を向いていない。
端から見れば野生児という表現がピッタリ来そうではあるが、その容姿はすこぶる美形であり、犬歯を剥き出しにし、笑うとその野生児じみた容姿とは裏腹に、童女のような可愛らしさを放つ。
凶暴さと可愛らしさを兼ね備えた自然の美を、その一身で表現していた。
取り繕わない所からか、男たちによる校内での支持も高い。
赤石の属する高校では授業終わりに学校側で任意に決められた班割りで校内の掃除をすることが決まっており、赤石はその掃除途中に声を掛けられた。
「えっと……誰?」
「はぁ? あんた同じクラスで同じ掃除班の人の名前も覚えてないの? 呆れた……」
赤石の返答に、心から失望した様子を表情に出す。
失望を露わにする女に、赤石は苦々しい気分になる。
櫻井にも同じことを言って欲しいな、と思わないでもなかった。
「私は八谷恭子よ、八つの谷に恭順の恭に子供、覚えときなさい」
「努力する」
腰に手を当て、胸を張り自身の名を標榜する。
失意も自信も全く隠すことなく他者に振舞う八谷に、奇異なものを見るかのような視線を送る。
「で、何?」
「何って……さっき先生からゴミ捨てするように言われたのよ。量が多いからあんた来なさい」
「なんで俺が……」
「うーーるーーさーーい」
反駁しようとした赤石を、八谷は即座に押しとどめる。
「あんた以外の男子、なんかいやらしい目で私のこと見てくるのよ。あんた何にも興味なさそうだし、あんたが来なさい」
「はぁ?」
他の男が自分のことを意識しているということを宣言する八谷。
相当の自信家か、あるいはただの自意識過剰か、実際事実ではあったが、そうだとしても口に出すような女は少ない。
校内で男子からの人気も高い八谷ではあったが、やはり赤石には理解できなかった。
こんな女のどこがいいんだろう、と。自身を慕ってくれている男たちに「気持ち悪い目で見てくる」との評価は、思っていたとしても口に出していいものではない。
そこが男たちに慕われる所以であると言えばそうなのかもしれないが、赤石にはこの女が男から慕われることに、心底得心がいかない。
だが、ここでゴミ捨て同行を拒否し、他の男から恨まれるようなこともごめんだったので、素直についていくことにした。
ゴミ捨て場――
「助かったわ、あんた。ご苦労だったわね、帰るわよ」
ごみを捨て終わった後、八谷は居丈高な感謝を、赤石に放った。
「うわ恭子ちゃんじゃんヤバい」
「あの足で踏まれたい…………あぁぁ」
「あの口で罵られたい……あの近くにいる男はなんなんだ、羨ましい」
「いや、ただのクラスメイトだろ」
「「「それもそうか」」」
赤石たちの周りで、男たちが八谷を褒めそやしていた。
「ほんっと…………男って気持ち悪いわよね」
八谷は隠すことなく、侮蔑の言葉を放つ。
「聡助くらいよ……まともなの……」
その後、赤石にも聞こえるか聞こえないか程度のか細い声で、櫻井への思慕をボソボソと追加した。
「ま、あんたはあまり変な目で私を見てないようだけどね、早く帰るわよ」
八谷は赤石の背中を叩き、踵を返した。
人を簡単に侮蔑する八谷に、赤石は人としての素養を疑った。
よく言えば嘘偽りがない、悪く言えば人の気持ちを考えない、八谷はそのどちらに属するのかは分からなかったが、赤石に苦手意識を芽生えさせるには短くない時間だった。
それに何よりも、自分のことを嘲笑した、と怒り心頭に発し、常軌を失った異常者が八谷を殺害するかもしれない、という空恐ろしさもあった。
無駄に美形で、笑うと犬歯が可愛らしく、喋らなければ一定の支持層を間違いなく得るような容姿なので、その支持者に殺害される可能性も、十分にあり得た。
今でこそそんなことは起こり辛い環境ではあるが、今後そうならない保証はない
赤石は遅れ、八谷に追従し、口を開いた。
「『子』って『一』と『了』が合わさって出来てんだよ」
「……? 何よ突然」
赤石が突然口を開いたことに、八谷は少し驚いた。
「つまり、『子』ってのは『一』から『了』まで、生まれてから死ぬまで、って意味がある」
「は? なんなのいきなりあんた」
「お前、もうちょっと親御さんがお前にどんな気持ちで名前つけてくれたか考えた方が良いかもしれないよ」
「はぁ!?」
赤石の突然の忠告に、八谷は明らかに顔をしかめ、声を荒らげる。
「ど……どういう意味よ、あんた! ちょっ……ちょっと!」
赤石は八谷を置いて、自らの掃除の場所に、足早に向かった。
「あれ、赤石君じゃない?」
「あら、そうね」
高梨と水城は教室のゴミ出しの途中、赤石を追いかける八谷を見た。
「あれ、二人とも仲良かったのかな……?」
「ふふ、そうね……」
高梨は水城の疑問に、くすりと笑うことで返した。