第548話 暮石へのリークはお好きですか? 2
「それ……」
鳥飼は青ざめる。
「それ、何?」
そして、暮石の前でとぼけて見せた。
「それ、何? じゃないよね。見たら分かるよね、これが何か」
暮石は再び鳥飼にスマホを向ける。
「や……」
鳥飼は目を白黒させる。
「嫌ないたずらだなぁ」
そしてため息を吐いた。
「どういうこと?」
「それ、あれでしょ? AIの動画生成で作ったんでしょ? タチ悪いよ、三葉」
やだなぁ、と鳥飼は肩をそびやかす。
「冗談にしては趣味が悪いし、騙すにしてはクオリティがお粗末だよ~」
終わり終わり、と鳥飼は首を振る。
「でもこれ、展開として何も間違ってないよね? あの日あの時と全く一緒」
「……」
「この動画が送られてきたんだよね。私あてに。少なくとも、こういう流れだったなんて私とあかね、あと赤石君くらいしか知らないよね?」
「じゃあ、その赤石とかいう奴が作って、三葉を騙すために……」
「ううん、違う。赤石君じゃない」
「……」
「そんなわけないよね?」
「……」
鳥飼は黙り込む。
「それに、どう見ても動画に不審な点とかないし、何も矛盾なんてない。信頼できる筋からもらったデータなんだよね」
「……」
暮石は鳥飼を追い詰める。
「ごめん!」
鳥飼はすぐさま、その場で暮石に土下座した。
「本当は冗談で、その動画の通りだった!」
「……」
「だから……ごめん、三葉! 私、どうしてもみつ――」
暮石が片手で鳥飼の両頬を挟んだ。
鳥飼は言葉が喋れず、そのまま怯えた表情で暮石を見る。
「冗談……?」
暮石は生気のない目で、鳥飼を見据える。
「あれが……冗談?」
鳥飼はこくこくと、頭を振る。
「は?」
暮石は強い口調で、鳥飼を責めた。
「ご、ごめん……」
鳥飼はただ、謝罪するしかない。
志藤は黙ってその様子を見ていることしか、できない。
「じゃあ私は?」
「……」
「私は、あかねの冗談を信じて、赤石君を徹底的に糾弾したってこと?」
「……」
鳥飼は、何も言わない。
真実は、時には最も残酷な刃になり得る。
「なんでそんなことしたの?」
「そ、それは三葉が心配で……」
「なにが?」
「騙されてるから……」
「何に?」
「あいつに」
「どうやって?」
「……」
「私がいつ、どうやって、なんで騙されたと思ったの? 答えて」
「……」
鳥飼は暮石から目を逸らす。
「話にならない」
暮石は鳥飼に背を向け、歩き出した。
「ご、ごめん! 私、三葉が騙されてると思って仕方なく……」
鳥飼はすぐさま立ち上がり、暮石の手を取る。
「私が、いつ、どうして騙されたと思った訳? なんでそう思ったわけ? どういう行動の結果、何を見てそう思ったわけ?」
暮石は鳥飼にまくしたてる。
「意味分かんない」
暮石は鳥飼に吐き捨てた。
「あかねの話は全部自分が主役で、主役の自分に合わせて周りの人の行動を、誰かの心意を勝手に決めつけてるだけだよね」
奇しくも、赤石が鳥飼に言ったことと符合する。
「だ、だって三葉が……」
「私はっ!」
暮石が大声を上げる。
「私はっ! そんなこと、たったの一度だって! 頼んだことなんてない!」
「……」
暮石の怒気に、鳥飼が震える。
「これじゃ、私馬鹿みたいじゃん……」
暮石は瞳を潤ませる。
「あかねのヒドい冗談に乗っかって、赤石君を追い詰めて、これじゃ私が、馬鹿みたいじゃん……」
「……」
暮石はうつむいた。
「何が騙されてると思って、だよ」
暮石はぼそ、と呟く。
「騙してるのはあかねの方じゃん」
「……」
鳥飼は目を小さく開き、そして言葉を噛み殺した。
「赤石君に謝る。許してくれるかは分かんないけど」
暮石は赤石へ謝罪することを決めた。
「そりゃ白波も私たちと縁切るわけだよ。だって、全部あかねの一人芝居だったんだから」
「……」
鳥飼は暮石から視線を逸らし、だが、
「お――」
「なに」
振り絞るようにして、声を上げる。
暮石は冷たい目で鳥飼を見下げる。
「犯されてたくせに!」
「……」
「……」
しん、と静まり返る。
「三葉なんて、犯されてたくせに!」
暮石は硬直したまま、鳥飼をただ、見る。
「私がいなかったら、犯されてたくせに!」
「……」
鳥飼は地面を強く、殴った。
「中学時代危ない目に遭ったのは誰だと思ってるの!? 誰のおかげで、今まで無事に過ごせたと思ってるの!? 全部、全部私がいたから、何とかなったんだから!」
「……」
暮石は鳥飼から視線を外した。
「昔の話じゃん」
「だから! また同じことが起こっても、全然おかしくなかった!」
「……」
鳥飼と暮石の、中学時代の記憶。
「三葉は犯されそうになってたんだから、私がそう思ったって仕方ないじゃん! 私が三葉のためを思って動いたって仕方ないじゃん!」
「……」
鳥飼は顔をしわくちゃにしながら、暮石に微笑みかける。
「だって三葉、私がいなかったらどうせ男に捨てられるだけの、馬鹿な女なんだから」
「……」
「……」
誰も、何も、喋らなかった。
その場にいる皆が口を閉ざし、黙り込んだ。
風の音と、石が転がる音だけが、その場を支配する。
「自分が馬鹿な男に引っかかって私に助けてもらったくせに、今さらになって私のこと悪く言うのって、違うじゃん」
「……」
「私が! 私がいたから、三葉はこうやって、今も笑って過ごせてるんだよ!」
「……」
暮石は歯を食いしばる。
「昔の話なんてなしじゃん」
「……」
「そんなこと言われたら、私もう何も言えなくなっちゃうじゃん」
「……」
ごめん、と鳥飼は小さく呟いた。
「昔の話は昔の話だし、今の話は今の話だよ。だからって、嘘吐いて赤石君を貶めたあかねが一番悪いのは、変わらないよね」
「……うん」
鳥飼は力なく、うなだれた。
「私も一緒に謝ってあげるから、だから、赤石君にごめんなさいしに行こ?」
「……」
「大丈夫。ああ見えて赤石君、結構情にもろいタイプだから、ちゃんと謝ったらきっと許してくれるよ」
「……」
「私は赤石君と交渉するのは得意だと思うんだ」
「……」
鳥飼は、何も話さない。
「それに」
暮石はうっとりと、目を弓なりにする。
「私、赤石君のこと結構好きだったんだよね」
「……」
鳥飼は絶望の眼差しで、暮石を見る。
暮石はどこか恍惚な表情で、何か活路を見出したかのような表情で、天を仰いだ。
「あっ……」
志藤もまた、絶望の表情で暮石を見ていた。
三人の間で、決定的に何かが違った、瞬間だった。
「良かった。赤石君があかねにそんなことするような人じゃなくて」
「……」
鳥飼は口を開けたまま、ただただうつむいた。
「これでちゃんと、好きになれそう」
「……」
「……」
暮石が鳥飼に肩を貸し、鳥飼はゆっくりと立ち上がった。
暮石たちによる赤石への謝罪作戦は後日決行されることになる。
「なんで……」
志藤は強く拳を握りしめた。
「なんでゴミが喜ぶような社会ができてるんだよ……」
志藤は赤石への憎しみを募らせたまま、激しい怒りに炎を燃やしていた。
そして三者三葉、それぞれの思いを持ったまま、卒業式へと向かう。
それぞれの意志はそれぞれの行動をもってして顕現し、独自のサークルを築き上げながら、やがて何かしらの結果へと収束していく。
暮石たちの高校生活は、苦い形で終わることとなる。
そして志藤にとって、それが暮石たちとたもとを分かつ大きな切っ掛けとなった。
結果的に志藤の願いは何一つ叶うことなく、ただただ不快な思いだけを残して、卒業することとなった。




