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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第12章 高校生活 こぼれ話篇
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第545話 志藤志保はお好きですか? 2



「まぁそういう奴もいるだろうな」


 赤石は気軽に聞き流す。


「赤石君はお母さん好き?」

「……」


 赤石は少し悩んだ。

 中学時代の母の対応を思い出し、少し考えた。


「別に好きでも嫌いでもないかな」


 が、取り立てて話すようなことでもないため、赤石はなあなあな回答に終始した。


「なんかさぁ、うちのお母さん本当鬱陶しくて」

「そういうこともあるだろ」

「高校受験だ、高校受験だ、って何回も何回も勉強勉強勉強勉強すっごいうるさかった」

「親って子供にすごい勉強させたがるよな」


 分かるよ、と言いながら赤石はカバンの中をガサゴソと漁る。


「じゃあ自分は学生の頃にちゃんと勉強してきたわけ、って思わない!?」

「思う」

「でしょ!? でしょ!?」


 志藤は興奮する。


「昨日、高校生だからって勉強止めたりしちゃ駄目よ、とか言って部屋入って来たからキレちゃってさ」

「最近の若者はすぐキレる」

「君もだよ」


 志藤は大きなため息を吐いた。


「あ~、もう受験のこと思い出したらまた腹立ってきた」

「反抗期だな」

「君もだよ」


 俺のこと!? と赤石は気の抜けた顔をする。


「やっぱり親って鬱陶しいよな、俺らからしたら」

「本当それ。勝手に部屋とか入って来るし、子供のプライバシー守る気ないでしょ、って思う」

「そういう生き物なんだろうな、親って」

「あ~、腹立つ」


 志藤は足元にあった石を蹴る。


「大体さぁ、勉強なんて未だに言ってること自体が時代遅れなんだよね。詰め込み教育っていうかさ、今はそういう時代じゃないから、って思う。勉強より子供の自由を尊重するべきだよね」

「それはそうでもないだろ」


 赤石はカバンの中を漁り終え、再びカバンを背負った。


「いやいやいや、時代遅れでしょ、勉強とか」

「勉強が時代遅れだったことなんて、有史以来一度もないだろ」

「勉強しないと良い会社入れないよ、とか言ってくるわけ! 今はネットでも何でも、勉強してなくたって大成してる人が沢山いるこの時代に!」

「それは一部の例外であって、やっぱり勉強はできるならしておいた方が良いと思うけどな、俺は」


 日が昇る。

 段々と日の光で明るくなってくる。薄暗かった学校にも少しずつ日が当たり、赤石は大きく深呼吸した。


「志藤は何かしたいことがあるのか?」

「……」


 なかった。


「したいことがないなら、まぁ別に勉強してても良いんじゃないか?」

「いや、今はそういう時代じゃないよ!? 勉強より大切なことがあるって、皆言ってるじゃん!」

「でも勉強より大事なことをしてないんだから、勉強してて良いんじゃないか? 何かやりたいことがあるならそっちをやった方が良いかもしれないけど」

「……」


 志藤は黙り込む。


「親が勉強しろ、ってうるさいのは俺も同感だけど、勉強をして良い大学に入って良い会社に入る、ってレールに乗るのも俺は悪くないと思うぞ」

「……」

「親の敷いた既存のレールも、ある程度の信頼性が担保されてるから勧めてるんだろうしな」

「でもネットで大物の歌い手とかゲーム実況者とか配信者とかになれる可能性もあるじゃん?」

「じゃあ歌い手とかゲーム実況者とか配信者活動を始めるのもありかもしれないな」

「いや、別に私はそんなことやりたくないし……」


 そんなことがやりたいわけでは、ない。


「高校時代を楽しく過ごしたいから、って理由で勉強しないなら、親の言うことに逆らう理由としてはちょっと弱い気もするな」

「……」


 志藤は赤石を睨みつける。

 なんだこいつは、と思った。

 軽口のつもりで親の話をしただけだった。

 親が勉強をしろ、とうるさい。こんな誰でも持っているような簡単な愚痴を共に分かち合おうとしただけだった。なのに、何故自分が叱責されているのか。


 志藤はそこで、黙り込んだ。


 自分に同調しないこの男のことが、心底嫌いになった。

 自分を否定された気がした。

 こいつは自分のことを見下していると、そう思った。


 心底、嫌いになった。嫌な気分になった。話しかけるんじゃなかった。

 志藤はこの時から、赤石に敵意を持つようになった。





「二年……」


 高校二年、志藤は自分の席に座った。


「あ」


 赤石悠人その人が、いた。


「おはよ」


 志藤は若干の気まずさもありながら、赤石に話しかけた。


「……」


 赤石はきょとん、とする。


「おはよう」


 赤石は短くそう切り上げると、すぐさま視線を外した。


「……」


 もしかして、と思った。

 こいつは自分のことを忘れているんじゃないかと、思った。


「私のこと、覚えてる?」


 志藤は赤石に尋ねる。


「ああ、二年くらい前にイタリアでピザ職人に弟子入りしてた時の……」

「……」


 志藤はあんぐりと口を開けたまま閉じられなかった。

 完全に、忘れ去られていた。

 あれほどまで自分のことを扱き下ろし、否定したにも関わらず、完全に自分のことを忘れていた。


 心底、あきれ果てた。

 容姿も、性格も、身につけているものまでが気色悪い。


 赤石に対して、志藤は完全に愛想を尽かした。




「俺はそうは思わない」


 その後も、志藤は赤石の言動を見るたびに、心底不愉快な気持ちになった。

 赤石は同調しない。常に相手を扱き下ろし、見下し、悪罵する。

 ゴミの塊。


 赤石は常に、人の気持ちを逆撫でさせる。


「マクロの話をしている時にミクロの話をするな。統計は統計だ。お前の出会った特別な人を語る会じゃない」


 話す言葉一つ一つに、虫唾が走る。いちいち癇に障るような言い方をしてくるこの男のことが、憎くて憎くてたまらない。

 こいつは正しいことを言っているわけでも、天才にしか分からないような物事の本質を突いているわけでもない。


「俺はそうは思わない」


 自分のことを、物事の本質を突くことが出来る稀有で唯一な人間だと、こいつは思いたいのかもしれない。

 だが、そんな器じゃない。

 ただただ、人が不愉快になることを言っているだけなのだ。

 ただただ、人の言うことに反駁して、自分が正しいかのように振る舞いたいだけなのだ。

 そこに善も悪もない。自分が人より優れていると思われたいだけの、有象無象。

 自分を特別だと思いたいだけの、凡人。


 人に反発することが、人の意見に反対することが自分自身の才能だと、こいつは思い込んでいる。

 自分は特別な人間だと、思い込んでいる。


「自分で蒔いた種だろ。発芽して良かったな。一生苦しめられてろ」


 人を食ったような口ぶりが不愉快で、仕方がない。


「そんなもん演じてるだけだろ。人間みたいな下等生物が嘘を吐かないわけがない。ポジショントークすぎて嫌気がさすな。それを崇めてる側にも問題がある」


 分かったような口を叩くな。

 耳障りだ。


「お前は人を助けないだろ。お前が人から助けられなくても仕方ないだろ」


 上から目線で講釈を垂れてくる姿が、心底鼻につく。

 見下したような態度が、言葉が、振る舞いが、表情が、心底自分をイラつかせる。

 どうしてこいつは、こうなんだ。

 どうしてこいつは、人を見下すことでしかコミュニケーションが取れないんだ。

 どうしてこいつは、常に人に反発して生きているんだ。そんな生き方をして何が楽しいんだ。


 不快だ。

 不快で不快で不快で不快で、不快だ。

 赤石悠人のことが、嫌いで嫌いでたまらない。





 そんな二年の最後、


「赤石君」


 志藤の目の前で、赤石悠人を囲んでいた生徒の中から、暮石が一人、前に出た。


 何が起こるんだ。

 またこいつを擁護するのか。


 志藤は暮石の背中をただじっと見るしか、なかった。


 暮石はゆっくりと、口を開いた。


「気持ち悪いよ」


 待ちわびた瞬間が。

 あまりにも待ちわびた瞬間が。


 暮石は赤石に向かって、絶縁宣言を、言い放った。


「……っ」


 悪は、ついぞ、殺された。

 天にも昇る絶頂が、志藤の身体を、駆け巡った。




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― 新着の感想 ―
勝手に失望し立場が下に見え始めたら 貶して悦に浸るってやべーなコイツ トリ騒動も周りに吹聴してそう
勝手な思い込みと期待って怖いね
好骂
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