第543話 間宮瑠々はお好きですか? 2
「ねね」
「うん?」
間宮は数人の女子生徒から、話しかけられる。
「最近仲良いよね?」
「誰と?」
間宮はあえて、そ知らぬふりをする。
「そこの」
女子生徒は気味悪そうな表情で、間宮の隣の席を指さした。
赤石は昼食に出かけ、席を空けている。
「あ~」
ついに来たか、と思った。
いつかこうなることは分かっていた。来るべくして、その時が来たのだ。
「赤石君?」
無理に笑顔を作ってみせる。
女子生徒たちは不気味な表情で、間宮を見た。
「まぁ……」
「う~ん、そうかな? 私は別にいつも通りだけど」
あくまで自分に危害が及ばないように、赤石への好意が伝わらないように、慎重に言葉を選びながら返答する。
「もう止めときな、そいつと関わるの」
「う~ん……」
どうしたものか。
間宮は目をつぶり、唸る。
「瑠々ちゃんはもしかしたら知らないかもしれないけど、そいつ本当にヤバい奴だよ」
「え、そうなの!?」
白々しく、驚いて見せる。
「全然そんな風には見えなかったけど……」
「本当本当。そいつ、本当にヤバい噂いっぱいあるから。瑠々ちゃんもそいつと関わってたら、いつかとんでもないことされる可能性あるよ。夜道とかに気を付けないといけない日が来るかもしれないんだよ?」
「え~、そんなのないよ~」
間宮はケラケラと笑う。
あえて、自分は警戒心がない人間です、とでも表明するかのように。
「瑠々ちゃんは何も知らないのにそいつのこと軽視しすぎだよ! 本当に止めときな、そいつ」
「え~……」
のらりくらりと、同級生からの追及をかわす。
「いや、本当にヤバい噂あるんだって! 瑠々ちゃんはそういうの詳しくないから分からないかもしれないけど、ちょっとこれ見て」
女子生徒はスマホを取り出した。
「実は二年の時に、こいつ……」
ガラガラ、と扉が開く。
赤石が昼食から、帰って来る。
赤石の姿を見た女子生徒たちは間宮に背を向け、さっと赤石から目を逸らす。
「あ、おかえり赤石君」
「……」
赤石は間宮と、意図的に視線を逸らしているであろう女子生徒たちを同時に見た。
「ああ」
赤石はそう端的に答えると、椅子に座った。
「あ~……」
間宮は赤石と近くの女子生徒たちを薄目で確認し、赤石に話を振る。
「実はさっき面白い話しててさ。赤石君はどう思うか聞いてもらおうかな」
「……」
赤石は間宮を見たまま、声を発さない。
「なんか、ヨーグルトに入れるジャムって何が良い? みたいな話しててさ」
「……」
赤石は間宮と、その後ろの女子生徒たちを視界に入れる。
遠い、目をしていた。
「赤石君はヨーグルトとか何入れる、って聞きたくてさ」
「……」
間宮が言い連ねたところ、
「瑠々ちゃん、ちょっとお手洗い行かない?」
後方にいた女子生徒たちが声をかける。
「え?」
赤石からの返答を待っていたため、素っ頓狂な声を出す。
「あ、あ~……」
間宮は女子生徒たちと赤石とを交互に見た。
自分はどうするべきか。
「うん、いいよ! 一緒に行こ?」
間宮は席を立ち、女子生徒たちに帯同した。
赤石と公然と仲良くすることで発生するであろうデメリットを考慮し、女子生徒たちとの仲を取った。
「ね~」
「ほらほら、早く」
「行こ行こ」
女子生徒たちは間宮を先頭に歩かせたまま、教室を出た。
「……」
赤石は間宮と周囲の女子生徒たちの状況を遠目で確認し、数学の参考書を開き、席で勉強を開始した。
「ねね」
翌日、女子生徒たちの監視もなくなった間宮は、再び赤石に話しかけた。
「私最近ハマってる音楽があるんだけどさ、すごい良い曲だから聞いてみない?」
間宮はスマホの画面を赤石に見せながら、イヤホンを渡す。
「いい。音楽は嫌いだ」
赤石は間宮からの提案を断る。
そして、遠巻きに見ているであろう女子生徒の集団にアピールするかのように、間宮に背を向けた。
「そんなこと言わないでさ、一回聞いてみなよ? 絶対面白いから」
「お前、そんな――」
赤石は何かを言おうとして、押し黙った。
「いや、いい」
「……そっか」
間宮は赤石に手ひどくフラれ、イヤホンを下げた。
「……」
「……」
間宮は赤石に話しかけるのを止め、スマホに目を落とした。
「ほらね」
赤石がいなくなった隙を見て、再び女子生徒の集団が間宮の下へとやって来る。
「だから止めときな、って言ったんだよ。どうしようもないでしょ、あいつ」
「あ、あ~……」
間宮は女子生徒たちから詰め寄られる。
「今日はご機嫌斜めだったのかな?」
「ご機嫌斜めな時しかないでしょ、あいつ。いつも仏頂面だし。だからまともじゃないって言ったじゃん!」
「ねぇ~、私たちの言ったとおりだったでしょ?」
女子生徒たちは口々に間宮に言って迫る。
「だから止めときな、って言ったのに~」
「あんなのと隣の席になって災難だね、本当」
「もう話しかけるの止めときな?」
「絶対良いことないから!」
間宮は四方八方から、赤石という人間の不出来を語られる。
「いや、でもあれでも良い所があったりするんじゃないかな~?」
「いや、良いところある奴はあんな言われ方しないから!」
「火のない所に煙は立たないんだよ!」
「瑠々ちゃん、男の趣味悪すぎるよ!」
口々に文句を言われ、間宮は憔悴する。
「あ、赤石君」
「ああ」
その後、間宮は何度か赤石に話しかけるも、まともな返答はもらえなくなった。
「今日は良い天気だね」
「……そうか」
雨の日に赤石に冗談を言っても、まともな反応が返って来ない。
「運動とかよくする?」
「……別に」
「男の子は筋肉だよ! 一緒に運動しよ?」
「ああ」
短文でしか、赤石からの返事は返って来なくなった。
「……」
間宮は家で、スマホを目にしたまま固まっていた。
むしろチャットを送れば、ちゃんと返してくれるんだろうか。
間宮はスマホを用いて、赤石へ個人的な連絡をしようとする。
「……別にそこまでじゃないか」
そこまでするほどではないか。
間宮は手を止めた。
きっと、自分が嫌われただけなんだろう。
何が原因かは分からない。だが、自分が嫌われたという、ただそれだけのことなんだろう。
あるいは、もし嫌われていなかったのだとしても。
ここまで自分を避けてくる人間と懇意になりたいとは、もう思えなかった。
告白さえされれば、受けるつもりだった。
赤石相手なら、それこそ望まれれば何でもするつもりだった。
相手が距離を詰めて来たのなら、もちろん受けるつもりだった。
ちゃんとこちらからは、譲歩したはずだ。先に距離を取ったのは、赤石の方だ。全て赤石の責任だ。私は赤石を好きだった。だが、赤石は自分を好きじゃなかった。
ただそれだけの話なのだ。
間宮は自分に言い聞かせる。
「おはよ」
「おはよう」
それ以降、間宮は赤石に積極的に関わることはなかった。
何かが違えば、何かのボタンが掛け違っていれば、もしかしたら自分たちは交際することが出来ていたのだろうか。
何かが違っていれば、お互い仲の良いパートナーになれたのではないか。結婚すらも、していたのだろうか。
何かが違っていれば、それこそ竹馬の友にでも、何でも相談できる友人にでもなれていたのではないか。
「……卒業か」
卒業式、間宮は誰もいなくなった教室で、赤石の机を撫でていた。
「面白くないな」
間宮はそれから卒業まで、まともに赤石と会話をすることは、出来なかった。
間宮の赤石への恋慕は、ただの片思いをもってして、終了した。
その恋は、誰も知らない。




