第540話 新聞部の日常はお好きですか? 2
「え、えっと……はは」
急に赤石、須田の前に姿を現した三田は、不自然な笑顔を作る。
「……」
「……」
盗み聞きをしていることがバレてしまった。
三田は顔を真っ赤にして、スカートの埃をはらった。
「夏だな」
「まだまだ、な~」
が、赤石と須田の二人は三田を黙殺し、再び話を続けた。
「あ、あの……」
まさか何の反応もされないとは思っておらず、三田は慌てて二人に声をかける。
「こ、ここここ座って良いかな?」
盛大に茂みから出て来て顔を真っ赤にしたため、何の反応もされないとは思っておらず、このまま赤石たちの下から逃げ帰ればますます滑稽になってしまう。
少し話をしようと思っていたが誤ってこけてしまった、といった方が格好がつくため、三田はにゃはは、と笑いながら頭をかいた。
「……」
赤石が須田と目を合わせる。
三田は赤石の隣を指さしたが、赤石が最初に目を合わせたのは、隣の大男、須田だった。
「……」
「……」
何も、言わない。
相当変な女だと思われていることだろう。
なにせ、この二人の男のどちらとも、三田は面識がない。
面識のない女が突然茂みから飛び出してきて、座っても良いか、と聞けば不審がるのも当然だろう。最も、茂みから突然現れて逃げ出す方がよっぽど滑稽であり、その後自身がこの二人にどう言いふらされるか分かったものではないが。
三田は自身の状態を客観的に判断する。
「何分汚い家で、お構いも出来ませんが」
赤石は延石の上にポケットから出したハンカチを置き、三田に腰かけるよう促した。
「あ、どうもどうも」
三田は何度もお辞儀をしながら、赤石のハンカチの上に座る。
「いきなり茂みから出て来たから、雑魚モンスターかと思ったよ」
「え、あ、あはは……」
赤石がほんのご挨拶に、と三田に軽口を叩く。
「あの、お二人は……」
「俺は浄堂新一朗。キャピタルスタッシュ芸能社が絶賛売り出し中の若手俳優だ、よろしくな」
「え、あ、俳優さん!?」
校内に俳優がいるとは知らなかった。
これはちょっとしたニュースになるな、と三田は下卑た視線を赤石に寄せる。
「俺は須田統貴。で、こっちは一般人の赤石悠人、よろしく」
須田が手を出す。
「え、浄堂……え、赤石……?」
食い違う二人の説明に、三田は混乱する。
「赤石悠人、女子高生探偵だ。よろしく」
赤石も三田に手を差し出す。
「え、あ、あっ……」
三田はとりあえず、二人と握手した。
「普通に嘘だから気にしないで。こいつは赤石悠人、一般男子高校生」
混乱する三田を見かねて、須田が助け舟を出す。
「嘘じゃなくてジョーク」
「はいはい」
須田が赤石の髪をくしゃくしゃに撫でる。
「私は三田……」
「へぇ」
「よろしく!」
興味なさげに、赤石は聞き流した。
「あ、お近づきの印に……」
三田は偶然持っていたペットボトル飲料を取り出した。
緑茶が入ったペットボトルの蓋を開ける。
「どうも」
赤石は水筒を取り出し、三田からお茶を分けてもらう。
「須田君も……」
三田が須田に目を向ける。
「あぁ、大丈夫大丈夫。こいつと一緒に飲むから」
「一緒には飲めないだろ。俺が飲んだ後に飲ませてもらうから、だろ」
「完全に間違った意味合いでもないだろ」
「一緒に飲む、って言い方だと俺とお前が二人で一つのコップに口付けてるイメージ想像するんだよ」
「良いじゃん、水飲み場に集まるサバンナの獣たちっぽくて」
「良い風に言いすぎだろ」
「俺サバンナの水飲み場のライブカメラ、ついつい見ちゃうんだよなぁ」
「知らねぇよ」
「サバンナでの水飲み場でだけは、食う側も食われる側も、ない。獣たちの、生命の源である」
「ナレーション止めろ」
赤石は三田からもらった緑茶を飲んだ後、須田にコップを渡した。
「好きなのか?」
「え、え、え?」
赤石が緑茶を指さす。
「あ、あぁ。うん、健康に良いかな、って」
「えら~」
須田も緑茶を飲み終え、赤石にコップを手渡した。
「緑茶ってカテキン豊富で苦いから、ちょっと買うの躊躇うよな」
「味覚鋭いアピール来た」
「斜に構えすぎだろ」
赤石はコップをしまう。
「三田さんは健康とかを意識して緑茶を?」
「うん、そそそ」
「えら~。俺も栄養とか考えた食生活しないといけないよな~」
須田は自身の身体を見つめなおす。
「俺らなんて、本当何も栄養バランス考えてないからね。もう食生活滅茶苦茶。栄養バランスのレーダーチャートとか作ったら、石器時代の石の武器みたいなのできるからね」
「使う石によるだろ」
「須田君は良い体してるけど、食べるものはあんまり気にしてないの?」
お互い、制服の小物の色から、同学年であることは分かる。
三田は砕けた言葉遣いで須田に話しかける。
「いやぁ、もう全然。この前なんて、朝はカツ丼、夜は焼肉食べ放題だったぜ? 栄養とかバランスの取れた食事とか毛ほども考えてない食生活っしょ?」
「なんで大会当日の食生活紹介してんだよ。大会終わったから打ち上げしよう、じゃないんだよ」
「ちなみに、その日の夜は胃薬を」
「馬鹿すぎるだろ」
ノータイムで進んでいく二人の会話に、割って入ることが出来ない。
カツ丼と焼肉の食べ放題から、大会当日の食生活であることまで想像できなかった。すぐさま意思疎通する二人の頭の回転の速さと絆の強さに、少しばかり嫉妬してしまう。
「それが、翌日になって――」
「わ、私も私も!」
赤石と須田の話のスピード感に乗り切れず、三田は慌てて話に割って入る。
「私もゼリーとか……で済ます日とか、ある、し……」
赤石と須田の視線が痛い。
須田の話を中断させて、全くどうでも良い自分の話をしてしまった。二人の話に乗れないという焦燥感が、須田の話をぶつ切りにしてしまう。
これでは、自分が須田の話を横取りしたように見えるのではないか。
尻すぼみに、三田は少しずつ声を落とした。
「……」
三田は小さな小さな声で、自分の話を切る。
「あ~、三田さんくらいの健康志向でもゼリーで済ませちゃう日とかあるんだ。分かるなぁ、俺も三個八十六円のゼリーとかで朝ごはん済ませちゃう日とかあるし」
須田はすぐさま三田の話に乗っかる。
「小学生しか食べないゼリーじゃねぇか」
「ち、ちがわい!」
「あの何も果物入ってないやつだろ?」
「美味しいんじゃい!」
「いつまで食ってんだよ」
「いいじゃろがい!」
やらかしてしまった、と思ったのも束の間、すぐさま話を拾ってもらえる。
「……あ、あはは」
あぁ。なんて、話しやすいんだろう。
誰に気兼ねすることもない。誰に気を遣うこともなく、誰かに気を遣われることもなく、恐れられるわけでも避けられるわけでも、苦笑いで済まされるわけでもない。
ただただ純粋な自然体の二人の姿に、三田は安心感を得る。
「あのさ」
気付けば三田は、ぽつりと身の上話を話し始めていた。




