第539話 新聞部の日常はお好きですか? 1
「……」
女は一人、肩で風を切って歩いていた。
「目合わせない方が良いよ」
「あんまり仲良くしない方が良いと思う」
「またネタにされるんじゃない?」
くすくす、と女を笑う声が響いて来る。
果たしてこれは、幻聴か、現実か。
女は眉間に皺を寄せ、廊下を突っ切った。
「……」
はぁ、と女は大きなため息を吐く。
綺麗で長いストレートヘアーに、憂いを帯びた柔らかな瞳。
優し気で虫も殺せそうにない穏やかな容姿とは裏腹に、苛烈で行動的な少女、三田雫は、自身の校内での立ち位置に危機感を覚えていた。
日に日に悪くなっていく自身の評判に加え、毎日のように増えていく悪い噂に耐え切れず、咄嗟に教室を出ていた。
「……」
カメラを手に取る。
原因は、明白だ。
新聞部を代表して校内に発信した記事が不評なのである。
最初は生徒たちを喜ばせようという、ただただ純粋な気持ちだけで作っていた。だが、いつからか功名心と承認欲求とに突き動かされ、三田は生徒や教師のプライベートに土足で踏み込むようになっていた。
「……」
スマホを手に取る。
元からいた友人たちは、皆いなくなった。
かつて五人で一緒になって遊んでいた友達は、いつからか自分自身を抜いて、四人で遊ぶようになっていた。
五人で作ったチャットグループも、もう動いていない。きっと、自分を抜いた四人のチャットグループが出来上がっているんだろう。
生徒や教師を面白おかしく記事にした結果、自分自身をネタの材料にされることを恐れてか、多くの友人が自分の下を去って行った。
もう新聞部など辞めてしまおうか。
一体何のために入った部活だったんだろうか。
「……」
カメラを構え、中庭に向けてみる。
中庭では二人の男が、談笑していた。
三田はレンズ越しに、二人の男を覗く。
レンズを通して見る男たちの日常はどこか幻想的で、どこか儚い。
時たまブレてぼやける視界に、小さく舌打ちをする。三田は手の平に、じっとりと汗をかいた。
「衝撃、中庭で二人でいつもの様に談笑する二人の男子生徒。その仲はただの友情関係だけというわけではなく……」
自然、今見た情報から記事を作ろうとしてしまう。
「……止めた」
カメラをしまい、男たちの近くに腰かけた。
中庭に座る二人の男の話に、耳を傾ける。
上背が高く、小麦色で健康的な体躯をした爽やかな青年、須田。
クマがひどく、目つきの悪い中肉中背の青年、赤石。
二人の男は中庭で食事を楽しみながら、静かに談笑していた。
「それ美味そう」
「交換してやるよ」
赤石と須田、二人の男は互いに食事を交換していた。
「どうしてそんなに私に優しくしてくれるの……」
須田がいじらしい声で赤石に聞く。
これは本当にシャッターチャンスではなかろうか。
三田は須田と赤石の声に耳を傾ける。
「年を取ると人に優しくすることでしか喜びを感じられなくなるんだよ、お嬢さん」
「おじさま……」
須田は赤石と食事を交換した。
「悠って教室の中での立ち位置どんな感じ?」
赤石から交換してもらった食事を楽しみつつも、会話は止めない。
「最悪だな。この前なんて、食堂でしか買えないはずのパンが俺の机の上に置いてあったんだよ。盗人と間違えられてボコボコにされちまったよ」
「エピソードがごんぎつねすぎるだろ」
「今度犯人を見つけたら撃ち殺してやろうと思う」
「ごんぎつねすぎるだろ」
赤石は眉を顰め、説明する。
「全くヒドいもんだよ、俺の校内での立ち位置は。近くの人間に話しかけても、うんともすんとも言いやがらない。ブロックで出来た人形かと思ったね」
「怖すぎだろ」
「俺以外の人間が全員エヌピーシーに見える」
「悠はレベルいくつくらい?」
「マックスが百だとしたら、八十三くらい」
「結構強いじゃん」
「女子高生こそが、人生で一番輝いてる時だからね」
「俺たちは女子高生だった……?」
「毎日女子高生周りにいるし、俺たちも女子高生みたいなもんだろ」
「俺あの芸能人と同じ高校だったんだぜ、みたいなダサさを感じる」
「俺たちを主人公にしたアニメならすごい視聴率取れると思う」
「さすがに誰も見ないだろ」
「視聴率爆増すると思うな、多分」
「どんなシーンで」
「変身シーンで」
「男子高校生の変身シーン需要なさすぎるだろ」
「変身シーンだけ十五パーセントくらい視聴率上がる」
「何に変身してんだよ」
「普段は冴えない男子高校生なのに、変身したら一転、日本の平和を守る正義のヒーローでした、みたいな」
「絶対変身シーン需要ないだろ」
「今さら謝ってももう遅い。俺はお前だけ助けません」
「嫌なヤツすぎるだろ」
「腹が立つやつを怪物の囮にして、地球の平和を守る」
「まぁでも犠牲ってどこかでは払わないといけないって一面もあるから」
須田と赤石は中庭を歩く高校生たちを眺めながら、食事を楽しむ。
「赤石は何考えてるか分かんない、とかいう声もよく聞くな」
「悠を理解するのは難しいもんな」
「市井では」
「発言が大名すぎるだろ」
「一般人は土のついた食い物でも食っとけ!」
「絶対反乱起こるじゃん」
「クソガキ! 走るな!」
「走らせたげてよ、子供なんだから」
「女は意見をするな!」
「集まる知識が半分になるよ」
「じじい! さっさと死ね!」
「じじいより早く死ぬ可能性あるだろ、これ」
「汚い手で触るな、クソ庶民!」
「力合わせようよ~」
須田が赤石の話に適当に相槌を入れる。
「宇宙人とか言われたこともあるぞ」
「確かに悠は宇宙人っぽい所もあるかも。理解できないってところも含めて」
「だから我々からして~」
「もう宇宙人のスタンス取ってるじゃん」
「地球人は発想が軟弱なんじゃん? ってあたし思うワケ」
「急に女子高生に戻って来た」
「バイブステンアゲてへぺろのすけなんですけど~」
「平成の女子高生だ」
「君たちを皆殺しにします」
「宇宙人情緒やば」
中身のない会話に耳を傾け、三田はすっかりカメラを撮る気を失くした。
「青春なんて嘘っぱちだね。静かな旬で静旬としてほしい」
「悲しすぎだろ、折角の十代に」
「そこ! 男女で喋るな!」
「静かの規律厳しすぎだろ」
「歯を見せ笑いし人間、皆天罰下る」
「笑うくらい許してあげてよ」
「なお、嘲笑は可」
「嘲笑ばっかりの高校嫌すぎる」
「ははっ、お前音楽とかやってんだ」
「嫌な奴すぎるだろ」
「まぁそれも青春だから」
「人間同士のいがみ合いとかも青春と言えば青春ではある」
「歯を見せて笑ったら、お婆ちゃんに不細工な子だねぇ、と言われた」
「滅茶苦茶ありそうな話なんだよなぁ」
「二マス戻る」
「また不細工な子供扱いされる可能性あるな、これ」
赤石と須田の中身のない話を聞いていた三田は、もう少しよく聞こうと、茂みに背中を預けた。
「うわわわあああっ!」
思ったよりも茂みの抵抗が少なく、そのまま赤石たちの下へと倒れこんでくる。
「……」
「……」
赤石と須田は一瞬、不思議そうな顔で三田を見た。




