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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第53話 葉月冬華はお好きですか? 5



「いやぁ~、ご飯中に席外すな、ってよく怒られてんのについ席外しちゃったわ」

「そうだな」

「ようやく帰って来たわね、統貴」


 高梨も落ち着き、赤石と食事を再開して暫くして、須田が帰って来た。


「俺の弁当誰か食ってなかった?」

「小人が食べに来てたな」

「えぇマジか!? じゃあ今日の夜寝てたらなんかいいことあるかもな」

「赤石君。臆面もなく嘘を吐くのは止めなさい」


 須田の軽口に適当に対応する赤石を、高梨は諫める。


「そういえば俺この前面白いこと思いついたんだけどさ……」


 須田が席につき、いつものように会話をし始めた。


「きゃああああぁぁぁぁぁー! 櫻井くぅん!」

「聡助遅いのよ!」

「聡助本当ないよ~」


 が、須田の会話は食堂内に響き渡った三人の姦しい女の絶叫によって、かき消された。

 赤石たちは、三人同時に声のした方を振り向く。


「いやぁ~、悪い悪い。ちょっと美穂姉に呼ばれてて、な、水城?」

「そ…………そうだよ~。やっとご飯が食べれるかな……あはは」


 櫻井が、やって来ていた。


 三人の取り巻きの大声で周りの人間は不快そうな表情をし、眉をひそめた。

 その感情は大声を出した取り巻き達に対するものか、その取り巻き全員から好意を寄せられている櫻井によるものか。


 赤石もまた、眉をひそめて考える。


「あれ、櫻井じゃん。すげぇハーレムだな!」

「そうだな…………」


 そういえば須田が櫻井ときちんと対面したのは今回が初めてか……? と思いながらも、覇気のない声で答える。


「櫻井君遅いよ! ご飯冷めちゃうよ!」

「いや、先に食べててくれよ! 俺と水城いつ来れるか分からなかったんだからさぁ」

「皆で食べた方が美味しいに決まってるじゃん、もおおぉぉ!」


 葉月はポカポカと櫻井の肩を叩き、櫻井は笑みを浮かべながら葉月をいなす。


「そっ……聡助遅いのよこの馬鹿!」

「いっ…………痛ぇな止めろよ恭子! この暴力女!」

「誰が暴力女よ!」


 櫻井が遅かったことで針のむしろのような状況だった八谷は、同じく櫻井の肩を叩く。

 

 さらに眉間の皺を深め、その様子を観察する。


「赤石君、また怖い顔になってるわよ」

「…………そうだな」


 赤石の背後にいるのにも関わらず事実を言い当てる。

 高梨に戦々恐々としながら、少し表情を緩める。


「お前も行かなくていいのか?」

「別にいかなくていいわよ、今はあなたたちと食べてるんだから。意地悪な事言わないでくれないかしら」

「…………」


 お前も櫻井が好きなんだろ。

 行けよ。


 そういう心の闇を、ごく自然に吐き出してしまったような、そんな気がした。


「なぁ悠、マジかよあれ。噂では櫻井が美女を侍らせてるとか聞いてたけど、実際見てみると、こう、なんだな、圧巻だな」

「そうだな」


 須田は見たままの印象を伝える。


「でも、おかしくないか? 五人っていうか、四人しかいなくないか?」

「もう一人は高梨だ」

「えぇっ!? お前、もしかしてあの時から!?」


 須田は振り向き、高梨を見た。


「何よ統貴、悪いのかしら。あの時がどの時か知らないけど、人の行動に一々ケチをつけないで」

「まぁ、そうだけど」


 うるさい。


「櫻井君の正妻は私だから別に何も思わないわね。あの子たちはうるさい蠅みたいなものだわ」

「いやいやいや、婚約してないだろさすがに!?」

「私と聡助君の間に婚約なんて些事なことよ」


 うるさい。


「聡助、早く食べるわよ!」

「ちょっ…………ちょっと待てって恭子、引っ張るなって!」


 うるさいうるさい。


「ちょっ…………ちょっと止めてよ恭子ちゃん! 櫻井君が嫌がってるでしょ!」

「いや、大丈夫だから冬華」

「ふっ…………ふええぇぇぇ、突然頭触らないでよ! ビックリしゅ、しゅるじゃん!」


 うるさいうるさい。


「聡助何食べる? 恭子っちもとーかも暖かい食べ物頼んだから冷めちゃったんだよねぇ~。何とか言ってよ聡助」

「あはははは、お前らアホだろ」

「う…………うみゅぅ~、櫻井君が早く来ると思ったんだもん!」

「そっ…………そうよ、私もそう思ったのよ!」


 うるさいうるさいうるさい。


「さっ…………櫻井君、ほら、私たちも早く料理頼みに行こ?」

「み…………水城も袖引っ張らないでくれよ! 今、右も冬華たちに引っ張られて左も水城に引っ張られたら動けないだろ!?」


 うるさいうるさいうるさい。


「みっ…………水城ちゃんが離してよ!」

「えっ…………な、何で!? 今から櫻井君も料理行くから私が引っ張らないと櫻井君のご飯ないよ!?」


 うるさいうるさいうるさいうるさい。


「ら……らいじょーぶだもん! 櫻井君のご飯は私があーんするんだから!」

「ちょっ……葉月さん、止めてよ! 私がやるわよ!」

「二人とも駄目に決まってるでしょ! ここは幼馴染の私がやるべきでしょ!」

「いや、お前らのご飯冷めてんだろ!? なんでそんなもん食わそうとすんだよ!」


 うるさううるさいうるさいうるさい。


「えっ…………えぇ!? 私も幼馴染だよ!?」

「いや、いいからお前ら袖から手を離してくれよ! 服が伸びる!」


 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。


「だっ駄目だよ! 櫻井君は私のところに来るんだから!」

「えっ…………えぇ。櫻井君もご飯頼むよね?」

「駄目だよ! こっち!」

「えぇ……こっち…………だよね?」

「いいからお前ら袖から手を離してくれーーーーーー!」


 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。


「…………」


 赤石は箸を置いて、立ち上がった。


「どうしたのかしら、赤石君? トイレにでも行きたいのかしら? だったら私の分までしておいて欲しいわね」

「……」


 益体もない冗談を、高梨が言い張る。


「俺帰るわ」

「えっ……えぇ!? 悠もう帰るのか!? 俺まだご飯食べてる途中だぞ!」

「悪い。気分が悪いから帰らせてくれ。高梨と後で帰って来てくれ」

「…………そう」

「いや、気分悪くたって――」


 須田が言いかけた所で、高梨が須田の裾を引っ張った。


「気分が悪いなら帰ると良いわ」

「あぁ……そうさせてもらうよ。お前も櫻井の所に行きたいなら行けばいいと思うぞ」

「…………………………そうね」


 一言。

 全く必要のない、悪意に満ちた一言を言い放ち、即座にその場を後にした。


「おい悠、体調良くしろよー!」

 

 悪意に気付いていないのか、気付いたうえで声をかけているのか。

 赤石は須田の言葉を背中で聞きながら、無我夢中で歩いた。


「ふざけるな……」


 呟く。


「クソが」


 何度も、呟く。

 怨嗟の声を、呟く。


「ふざけるなよ」


 櫻井が来るまで一言も会話を交わしてなかったくせに、櫻井が来た途端にあたかも今まで旧知の仲で喋ってました、と言わんばかりの雰囲気を醸し出す。


 櫻井が来た途端、話し出す。

 

 その仲の悪さを露見させたくないからか。

 はたまた、櫻井がいない場所で仲良くする必要性がないからか。


 櫻井が切っ掛けで話し出す。

 櫻井がいないと会話すらしないあの女たちが、気持ち悪かった。

 取り巻き達の性格が、理解できなかった。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 櫻井が来るまで一言も話さなかったあいつらが気持ち悪い。

 櫻井が来た途端、滔々(とうとう)と話し出したことが、気持ち悪い。


 そして、櫻井が来た途端の嬌声。


 他者の迷惑を一切顧みない、三人の姦しい嬌声。


 挙句、食堂内で櫻井の取り合い。

 裾を両方から引っ張り、まさしくラブコメ然としたあの行為。

 

 場所も空間も音も何もかも、自分たちのためにだけしかないと思っているかのような傍若無人な行為。


 食堂内にいる生徒たちは揃いも揃って眉をひそめていた。


 そのことに一切気づかなかったのか。

 自分達さえよければそれでいいのか。


 うるさい。

 邪魔だ。

 気持ち悪い。


 櫻井にばかり固執する取り巻きも。


 他者を顧みない取り巻きも。

 

 そして取り巻き達を統制しない櫻井も。


 誰を選ぶわけでもない櫻井も。


 何もかもが、気持ち悪い。

 憎い。

 見たくない。


 そんな気持ちから、赤石は帰った。


 櫻井と取り巻き達の悪辣な行為に、気を病んだ。



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