第538話 櫻井たちの旅行はお好きですか?
高校一年の夏休み、櫻井たち一行はひょんなことから、旅行に来ていた。
「……」
「……」
「……」
櫻井たち一行は横並びになって、唖然としていた。
「な、なんだぁぁ、これはあああぁぁぁぁ!!」
櫻井の悲鳴が、その場にこだまする。
櫻井、高梨、八谷、新井たち一行は先の見えないような長い階段を眼前にして、固まっていた。
「どうしてこうなったぁ!?」
櫻井はバッと振り向く。
「し、知らないわよ! 私は何にも知らないからね!」
八谷は腕を組んで、プイ、と顔を逸らす。
「私たちの絆を深めるために旅行に行こうよ、と言ったのは誰だったかしらね」
高梨は冷たい目で犯人探しをする。
「……」
「……」
「……」
高梨たちは水城を見た。
「え、わ、私!?」
水城が声を荒らげる。
「ち、違う違うよ! 私は先生に言われたことをそのまま伝えただけで……」
「ここに来たい、って言ってたのは誰だったかしら?」
高梨は再度質問をする。
「……」
「……」
「……」
一行は八谷を見た。
「わ、私!?」
ぷい、と顔を背けていた八谷に、視線が集中する。
「だって、こんななってるって知ってるわけないじゃない!」
左右を背の高い樹で囲まれた長い長い階段を前にして、八谷は反駁する。
「私は行きたかった所を言っただけで……」
「あなたが行きたいって言ったんだから、あなたが普通調べておくべきでしょう? 私嫌よ、こんな真夏に長い階段なんて上るの」
「何よ! 行きたいところ言っただけなのに、なんで私がこんなに責められないといけないのよ!」
「まぁまぁまぁ」
櫻井が仲裁に入る。
櫻井との交流が浅いからか、八谷たちの関係もまだギクシャクとしていた。
「この階段を上ったら何があるんだ?」
「神社があるから、普通にお参りでもしようかなって……」
八谷は尻すぼみになりながらも答える。
「他の観光地にしたら良いんじゃない? ほら、他にも色々あることだし」
「……」
水城が提案をするが、八谷は浮かない顔をする。
「……」
櫻井が八谷の顔色を窺った。
「いや!」
そして、パン、と手を鳴らし、溌剌な笑顔で答えた。
「これも何かの機会だ! 折角だし、皆で上ろうぜ! 良い思い出になるんじゃねぇの?」
これも経験経験、と口ずさみながら櫻井は階段を上り始めた。
「嫌よ、私」
「まぁまぁ、折角だしさ……」
水城が高梨をなだめる。
「私は全然良いよ! 体動かすの大好きだし!」
「良いわよね、あなたはいつも汗臭いんだから」
「はぁ!? なんだし! 別に汗臭くなんてないし!」
新井が高梨ににらみを利かす。
「ほらほら、皆も一緒に行こうぜ!」
「む~……」
新井が先を行き、高梨も渋々ながら階段を上り始めた。
「はぇ~……」
櫻井の妹、菜摘は長い長い階段を見上げながら、小さな一歩を踏み出した。
身長も低く体力の少ない菜摘には、自然、厳しい挑戦になる。
「……」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「どうして私がこんなこと……」
階段を上り始めはや五分、既に櫻井たちの間には距離が出来つつあった。
「ほらほら、皆早く~!」
一番手の新井が櫻井たちを見下げながら、手を振る。
「あいつ、体力バカ……!」
櫻井は新井を見上げながら、息を整える。
「……」
八谷が櫻井の隣にやって来る。
「悪かったわね、私のせいで」
「んぇ?」
八谷は肩で息をしながら、櫻井に話しかけた。
「何のことだかさっぱりだぜ、俺には」
「今階段を上ってることについてよ!」
息を切らし、頬を染めながら八谷は櫻井を小突く。
「別の観光地にしたらスケジュールとかおかしくなるし、折角の旅行なのに行きたいところを探すのに時間費やすのももったいないし、それに……」
八谷は自身の行動を顧みる。
「それに、私の提案だけが却下されないようにしてくれたんでしょ?」
「……」
櫻井は八谷をじっと見る。
水城や高梨の提案が通って八谷の提案だけが通らなければ、自然、八谷の肩身も狭くなるだろう。
「お前は別に、何も考えなくて良いんだよ」
櫻井は八谷の頭を撫で、わしゃわしゃと髪をかき乱した。
「な、何すんのよ!」
「あのなぁ」
櫻井はため息を吐く。
「ちょっとは俺に、頼ってくれて良いんだぞ?」
「……」
八谷は目を丸くする。
「お前はいつも自分一人で何でも解決しちまおうとするからさ。ちょっとは周りの人を、頼ってくれても良いんだぞ?」
櫻井は八谷にニカ、と微笑みかける。
「なんてったって、この俺がお前の味方をするんだからさ!」
ふん、と櫻井は力こぶを作り、快活に笑った。
「……バカ」
八谷は頬を紅く染め、ぷい、と顔を逸らした。
「早く行くわよ!」
八谷は櫻井の背中をバン、と叩き、先に行った。
「な、なんだってんだよぉ……!」
櫻井は首をかしげながら、八谷の後を追った。
「皆~!」
新井は階段を上り切り、櫻井たちを見下ろした。
櫻井たちはまだまだ、はるか後方にいた。
「全くもう……」
しょうがないなぁ、と呟きながら新井は階段を下りて行った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
長い階段を上りながら、菜摘は最後方で苦しんでいた。
「大変だ……」
菜摘は表情を歪ませる。
「ちょっと休憩……」
菜摘は足を止め、休憩し始めた。
「はぁ、はぁ……」
菜摘はうつむきながら膝に手を置き、息を整える。
「菜摘ちゃん」
「……?」
菜摘は顔を上げた。
「お姉ちゃんの登場だよ」
新井は最後方の菜摘の所まで、階段を下りて来ていた。
「お姉ちゃん……?」
一番進んでいたはずの新井がどうして最後方まで下りてきているのか、理解できなかった。
「辛くない? 無理しないでね?」
「……」
菜摘は静かに、こく、と頷く。
「ほら、乗って」
新井はその場にしゃがみ、菜摘に背中を向けた。
「で、でも……」
菜摘は遠慮がちに断ろうとする。
「だーいじょうぶ。お姉ちゃん運動得意だから。菜摘ちゃんくらいの重りがあってちょうど良い感じなんだ」
語尾に音符が付きそうなほどの楽し気な声で、新井は手をひらひらと振る。
「じゃあ……」
おずおずと、菜摘が新井の背中に体を預けた。
「わ~ぁ、軽い軽~い! こんなの何も背負ってないのと同じだなぁ~!」
演技がかった声で、新井がおどけて見せる。
「よし、しゅっぱーつ!」
新井は菜摘を背負い、階段を上り始めた。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「いやいや、全然。皆が笑ってお参りできるのが一番なんだから!」
新井は肩越しに菜摘と会話をする。
「菜摘ちゃんが……ううん、私たちが皆楽しいと思えるような旅行になるのが、一番でしょ?」
新井はししし、と笑った。
「お姉ちゃん……」
菜摘は新井の背中に、ぎゅっとしがみついた。
「これからもね、こうやって色んな所に行ったり、色んなことをしたり、皆で集まることがあると思うけどね」
新井は階段を一歩一歩踏みしめながら、背負っている菜摘に声をかける。
「菜摘ちゃんはね、これからも我慢しなくて良いんだよ」
「……」
菜摘は新井の背中につかまり、新井の言葉を、じっと聞く。
「あんなバカ兄貴がいて大変かもしれないけどね、菜摘ちゃんは何も我慢しなくて良いんだよ。全部お姉ちゃんに任せてくれても良いんだよ」
「……」
新井は軽やかな足取りで階段を上る。
「いつかまた、一緒にここの階段に挑戦しに来ようね? その時はまた、今度は一から手を繋いで、一緒に上ろ?」
「うん、うん……」
菜摘は目を潤ませながら、答える。
「お姉ちゃんはずっとずっと、菜摘ちゃんの味方だよ。タコパとかしたり、ライブとかも行ったり、一緒に勉強とかもしたり、冬は鍋でもして、年末年始も一緒に年を過ごしたり、そうやって思い出作って行こうね?」
「ありがとう……お姉ちゃん」
菜摘は新井の背中で、新井の温かみを感じていた。
「ここらへんで良い」
階段を八割ほど上ったところで、菜摘が新井の背中から降りたい、と伝えた。
「あとは一緒に、手繋いで上ろっか?」
「うん!」
新井と菜摘は手をつないで、残りの階段を上り始めた。
「お~い、こっちこっち!」
階段を上り切った櫻井が、新井に手を振る。
「せ~の」
新井と菜摘は同時に、階段を上った。
「到着~~~~!」
新井と菜摘は二人、手を上げた。
新井を横目で見てみれば、やはりそれなりの負担があったのか、うっすらと全身が汗ばんでいた。
「大丈夫か? ごめんな、菜摘を任せちゃって」
「いやいや、全然。私ほどの体力バカになるとね、むしろご褒美」
「それ、普通にへんた……」
「何か言った!?」
新井が櫻井を睨みつける。
「何も言ってません!」
櫻井はビシ、と敬礼した。
「ようやく皆揃ったことだし、お参りでもしましょ」
高梨が階段の上にある神社を指した。
「これだけ長い階段を上って来たんだから、きっとお願い事も叶うよ」
「そうだったら良いなぁ~」
櫻井たちは神社に賽銭をし、手を合わせた。
「……」
「……」
「……」
参拝を終え、櫻井たちはその場を後にした。
「げぇ~、これまた下りるのかよ」
「嫌ならいいわよ。あなたはずっとここにいなさい」
「そんなこと言ってねぇだろぉ!? ちょっと休憩しようぜ」
櫻井たちは神社の近くに併設されている甘味処に高梨たちを誘う。
「全く……ちょっと休憩してから行くわよ」
渋々ながら高梨が店に入り、櫻井たちも後に続いた。
「お姉ちゃん」
「ん?」
新井の手を握っていた菜摘が、小さな声で新井に尋ねる。
「何お願いした?」
菜摘が新井の手を引く。
「ん~とね」
新井は顎に指を当て、
「これからも菜摘ちゃんたちと仲良くできますように、って。これからもいっぱいいっぱい、皆で楽しく遊べますように、ってお願いしたよ」
そっと菜摘に伝えた。
「――――!」
菜摘は感極まり、新井に抱き着いた。
「こらこら、お店入るよ、菜摘ちゃん」
「うん!」
菜摘も新井と共に、甘味処へと入って行った。
「これからも……」
これからもお姉ちゃんたちと、色んな思い出を作れますように。




