第537話 妹の詮索はお好きですか? 3
「あんなに笑い合って、あんなに好き合って、あんなに仲が良かった私たちが今こうやって疎遠になってるのって、絶対おかしいよ……」
菜摘は近くにいる赤石に目を向けた。
「赤石は関係ないよ」
赤石に責任を求めようとした菜摘を察し、新井が一言釘を刺した。
「赤石……」
菜摘は復唱する。
「赤石……!?」
ようやくここにいる男の名前を知り、菜摘は目を丸くした。
「人違いだ」
赤石は手を上げ、軽く頭を振った。
「赤石って、いや、赤石さんって、あの……」
菜摘は新井を見る。
櫻井から何を聞かされているのか。
おおよその察しはついているため、赤石はため息を吐いただけだった。
「……」
菜摘は複雑な表情で赤石と新井とを交互に見る。
「そういうことなんだ」
菜摘は合点がいった。
「お兄さんが由紀姉を寝取ったんだ」
菜摘は赤石を指さし、キッと睨みつけた。
「……」
赤石は両手を上げ、敵意がないことを示す。
「お兄さんが由紀姉を騙して寝取ったんだ! だから由紀姉は私たちの所に来なくなったんだ!」
「あのね、菜摘ちゃん」
「付き合ってないって言ったのも嘘だ!」
仲裁に入る新井に、菜摘は牙を剥く。
「この人が由紀姉の彼氏で、この人が私たちから由紀姉を奪ったんだ! 私知ってるもん!」
何を知っているのか。
赤石と新井はお互いに目配せをした。
「私この人が何したか知ってるもん! この人がどんな人か知ってるもん!」
菜摘は新井に抱き着いた。
「ねぇ、目を覚ましてよ由紀姉! 由紀姉はこの人に騙されてるんだよ!」
やはり櫻井の妹と言うべきか、直情的で独善的、一人で突っ走る姿は彷彿とさせるものがあるな、と赤石はため息を吐く。
「あのね、聞いて菜摘ちゃん」
「この人がおにぃと皆を引き離してるって、私知ってるもん!」
菜摘は新井の腕に抱き着き、ぐいぐいと赤石から引き離そうとする。
「あのね、まずは私の話聞いて」
「何回もその名前聞いたもん! 私その人が何する人かって知ってるもん! 皆がお家に来なくなったのもこの人のせいなんだ! おにぃが最近悲しそうな顔してるのも、この人のせいなんだ! 返してよ! 私のお姉ちゃんたちを返してよ!」
「聞いて!」
新井が一喝する。
菜摘はビクッと肩を震わせ、静止した。
「ご、ごめんなさい……」
菜摘はうつむき、謝罪する。
新井は小さな菜摘と目線を合わせるようにして、膝を曲げた。
「あのね、ここにいる赤石は何も関係ない。全部が全部、私が自分で決めて、私が自分で行動した結果なの」
「でも、由紀姉が来なくなったのも全部この人のせいで……」
水城をけしかけ、ハーレムを破壊した、という点で言えば菜摘の言っていることは何も間違っていなかった。
「この人は次はお姉ちゃんを狙ってるんだよ! 絶対そう。おにぃの周りにいるお姉ちゃんを狙ってるから、嘘吐いてお姉ちゃんのこと騙してるんだよ! お姉ちゃんを狙ってるから、その近くにいるおにぃのことが疎ましくなったんだよ!」
批難がましい目で菜摘は赤石を見る。
「赤石さんは由紀姉を狙ってるから、由紀姉と仲が良いおにぃを騙して由紀姉を寝取ろうとしてるんだ」
菜摘は下唇を噛みながら、赤石に言う。
「……」
赤石はただ肩をそびやかすだけである。
「すまない、何を言っているのかよく分からない。まともな教育を受けてこなかったんだ」
「ほら、こうやって普通に嘘吐いてるし」
菜摘は新井と目を合わせ、赤石を指さす。
「あのね。赤石が私のことを狙ってるのかは知らないけど、私は聡助にフラれた後に……」
少し、考える。
もういいか、と新井は諦めた。
はぁ、と大きく息を吸う。
「あのね、聡助にフラれた後に、私は他の男の人と付き合ってたから。赤石となんてほとんど会ってないし話してもないし、連絡だって来てない。聡助にフラれてからはずっと彼氏と一緒にいたの」
「……」
新井が櫻井の下を離れたことと赤石とは無関係である、と新井が菜摘を説得する。
「それにね、聡助の彼女は志緒ちゃんでしょ? 彼女が家に行ってるのに、彼女でもない女の子が家に行ってちゃおかしくない? 聡助と志緒ちゃんとの時間を邪魔しちゃうでしょ? 私が……ううん、私たちが聡助の家に行かなくなったのも、志緒ちゃんと聡助が付き合いだしたからなんだよ。赤石は何にも関係ないし、仮に関係してたとして、菜摘ちゃんには何を言う権利もないよ」
櫻井にフラれ、菜摘に何をどう思われようと関係がなくなったからか。
新井は自分の思いを言い連ねる。
「……」
菜摘も薄々その事実に気が付いていたのか。
何も返さなくなった。
「でも由紀姉も、前その人のこと悪く言ってたよね」
「……」
新井は硬直する。
赤石は半眼で新井を見る。
「菜摘ちゃん、そういうのは人前で言っちゃいけないんだよ」
「でも、あれだけ悪口言ってたのに今一緒にいるのっておかしくない?」
「何言ってたんだよ」
「いや、ほら、あれじゃん」
新井はしどろもどろになる。
「赤石さんのせいでこんなことになった、とか由紀姉も言ってたじゃん! あれだけ悪口言ってたのに、今になって急にその人と仲良くするなんておかしいじゃん!」
菜摘は赤石を見る。
「あなたは由紀姉に陰でこれだけ悪口言われてたんですよ! 嫌われてるんです! 何も思わないんですか!」
赤石は新井と目を合わせる。
「まぁ、言ってそうだしな」
「言ってそうは止めて」
新井と赤石は笑い合う。
「おかしいよ……」
自分への悪口や陰口をいなす赤石を見て、菜摘は頭を抱える。
「あれだけ嫌ってたのに、あれだけ悪口言ってたのに、由紀姉はなんでそんな人と仲良くしようと思ったの!? なんでそんな人と仲良くするの!? おかしいよ、由紀姉も!」
菜摘は声を荒らげた。
「うん……確かに、おかしいのかもしれないね、私たち。でも、それが私たちの関係だから。私たちはお互いに嫌い合ってるくらいの関係性が、案外ちょうどいいのかもしれない」
「……」
新井の返答を聞き、菜摘はがっくりとうなだれた。
「もう、いい……」
菜摘は新井の返答を聞かず、とぼとぼと歩き出した。
「菜摘ちゃん!」
とぼとぼと歩く菜摘に、新井が後ろから声をかける。
「でも菜摘ちゃんのことは、ちゃんと好きだから! もし何かあったら、いつでも連絡してきてね! 私、力になるから!」
菜摘は振り返り、新井に軽く会釈した。
「私でも、ここにいるこいつにでもいいから、もし本当に困ったら、電話でもなんでもしてね!」
「……」
菜摘はそのまま、公園を出た。
「大丈夫かな……」
新井はとぼとぼと歩く菜摘の背姿を見て、不安に駆られた。
「赤石も何かあったら、菜摘ちゃんの味方になってあげてね」
「いや、ほとんど他人なんだよ」
赤石と新井は公園で、その後もただただ話した。




