第535話 妹の詮索はお好きですか? 1
夏の暑さもまだ引かぬ折、赤石と新井は二人、公園でのんびりとしていた。
「……」
「……」
きぃきぃと、錆びた鎖がきしむ音だけがする。
公園には赤石と新井の二人だけが、いた。
「暇」
「勉強しろよ、受験生」
赤石はブランコに乗りながら、グミを食べていた。
「グミちょうだい」
「はい」
赤石はグミの袋を新井に渡した。
「これ何か変な物とか入ってないよね?」
「そう思うなら食うなよ」
赤石は新井からグミを奪い返した。
「冗談じゃん」
「冗談じゃなさそうだっただろ」
新井は赤石のグミを再度受け取り、食べ始めた。
「……」
「……」
新井は赤石のグミをパクパクと食べ続ける。
「グミって一回渡したらもう返って来ないのか?」
「残念。借りパクだね」
「最初は食べた後返すつもりだったのかよ」
「女子高生が口から出したグミなんて、普通のグミの百倍くらいの価値あるし」
「気持ち悪すぎるだろ」
「チョップ!」
新井が赤石の頭にチョップを入れる。
山田とのいざこざを乗り越えた赤石と新井は、急速に距離を縮めていた。
「ねぇねぇ、友達一〇三号」
「どうでも良い存在すぎるだろ」
「ジュース買って来て」
「パシリじゃねぇか」
「はーやーく!」
「グミを渡したのにジュースまで……」
赤石はその場を後にした。
「……おいし」
新井はグミを食べながら、赤石の隣のブランコを揺らしながら遊んでいた。
「あ」
「え」
新井の前を、一人の少女が横切る。
「由紀、姉?」
「菜摘ちゃん……」
櫻井聡助の妹、櫻井菜摘が、新井の前で立ち止まった。
「……」
「……」
二人は沈黙する。
一体妹はどこまで知っているのか。
兄からどこまで聞いているのか。あるいは、何も聞いていないのか。
櫻井と仲違いをしたことをしっているのだろうか。
新井は視線を逸らす。
「元気だった、由紀姉?」
「あ、あ~。そ~ね。元気かな」
菜摘がどこまで知っているのか分からないため、新井はあやふやな返事をする。
「最近おにぃが元気なくてね……。何か知ってる?」
「え~、なんだろ。何かあったんじゃない?」
新井はあはは、と不自然に笑顔を見せる。
「それに、最近皆全然お家来ないよね? 志緒お姉ちゃんしか来てない」
「あ、そうなんだ~!」
新井は意外だなぁ、とでも言いたげな声音で膝を打つ。
「前はあんなに皆お家に来てたのに、何かあったの?」
「え~、なんだろ~? 私夏休み中すごいバイトしてたから、あんまり時間なかったって言うかぁ~」
事実、バイトに明け暮れてはいた。
毎日毎日バイトに明け暮れ、稼いだお金を資金に山田と遊びほうけていた。
「おにぃが最近元気ないのって、皆がお家に来なくなったのと何か関係あるのかなぁ?」
「えぇ~、どうだろう」
新井はその理由を知っている。
だが、何も言わない。
「ここ、いいかな?」
「あ、あ~……」
菜摘は赤石が先ほどまで座っていたブランコを指さした。
赤石が帰って来る手前、新井はどう返答しようかと悩む。
「そんなバーのカウンター席じゃないんだから」
話しているうちに、赤石が帰って来た。
「あ、おかえり」
「ああ」
赤石は新井にジュースを渡した。
「なにこれ、どこで買ってきたの?」
新井は赤石に手渡された、ラベルの付いていないジュースをまじまじと見る。
「まぁそれはひとまず置いておいて」
「置いておけないんだけど」
赤石は菜摘を見る。
「あ、始めまして。菜摘と言います。お兄さんは……」
菜摘は赤石に上目遣いをする。
「俺の名は浄堂新一朗、キャピタルスタッシュ芸能社が絶賛売り出し中の若手俳優だ。よろしくな」
赤石は菜摘に手を差し出す。
「え、若手俳優!? すごい!」
菜摘は両手で赤石の手を挟み、ぶんぶんと振った。
「嘘だよ」
「嘘!?」
横から会話に入る新井の言葉に、菜摘は目を丸くする。
「初対面の知らない人の言うことは信用しちゃダメだよ、菜摘ちゃん。お前は死ね」
「勉強になって良かったんじゃないか?」
「教育に悪いんだよ、クソ男」
新井は赤石を叩く。
「まぁ座って」
赤石は菜摘に、自分が座っていたブランコを差し出した。
「お前立っとけよ」
新井はブランコに座ろうとする。
「お前が立っとけ」
赤石は空いていた新井のブランコに座った。
「分かった、分~かった。じゃんけん。じゃんけんしよ?」
「お前が俺に一度でも勝てたことがあったか?」
赤石はじゃんけんに敗北した。諦めて、立ち上がる。
「で、なんでラベルついてないの? 薬とか入れてないよね?」
「漢方かもしれないぞ」
「勝手に病を治療しないで」
「悪いな、医師免許持ってないんだ」
「アカイシ・ジャック止めて」
新井は訝しい目でジュースを見る。
「家から取ってきたやつだから」
赤石は家から、通販で買った一本三十七円の激安ジュースを持って来ていた。
ラベルも付いていないようなジュースだった。
「あ、家帰ってたんだ」
「俺の家近くなんだけど、寄ってく?」
「さっき寄って出て来たところじゃん」
あ、と新井は咄嗟に口元を隠す。
「……」
菜摘を見る。
菜摘は悲しそうな目で、新井を見ていた。
赤石の家には行っているのに、櫻井の家には行っていない。
バイトで忙しいという建前が嘘であったことを、意図せずして自白してしまった形になる。
「猫とかいるんだけど、見てかない?」
「いや、もういいから」
手を振り、赤石の冗談を受け流す。
「いや、違うくてね」
新井は言い訳を開始する。
「こいつはただの同級生で、たまたま家に寄っただけっていうか」
「そう……なんだ」
菜摘は目を伏せる。
「聡助からは、なんて聞いてるの?」
新井は核心に、触れる。
ここで、赤石は目の前の少女が櫻井の妹であることに気が付く。
「何も……」
「……」
沈黙。
耐えられず、新井はジュースを口にする。
「これ何味?」
「爽やかオレンジ味」
「へ、へ~……」
聴きたくもない質問をして、その場をごまかす。
「もしかしてだけど」
菜摘が静かに顔を上げる。
「おにぃと、何かあった?」
菜摘は強い視線で、新井を見つめた。




