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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第12章 高校生活 こぼれ話篇
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第532話 小田泰弘はお好きですか? 3



「お、いたいた」


 小田が水城を発見し、水城の下にやって来る。


「え~、なになに。何楽しそうな話してんの? 俺も混ぜてよ」


 小田がポケットに手を入れ、にやにやと笑顔を張り付けながら水城の下へやって来た。

 水城の周囲の人間が、嫌悪感を隠そうともせず小田を睨みつける。


「てか水城ちゃん、昨日送ったメッセ無視しないでよ~。俺ちゃんガラスのハートだからショックで砕けちゃいそう。よよよ……」


 小田が胸を掴み、よろよろとくずおれる。


「他のアプリで何か投稿とかしてるんでしょ~? ねぇ~、無視とかされたら俺ちゃん泣いちゃうぞ!」


 小田は水城の周囲をぴょんぴょんとしながら話しかける。


「……」


 小田と水城の間に、櫻井が無言で入って来た。

 櫻井が小田を睨みつける。


「え~、彼氏? 水城ちゃんの彼氏~?」


 小田は櫻井の壁を右に左にかわしながら、水城に話しかける。


「お前……」


 櫻井が口を開きかけた時、水城が櫻井の腕をそっと引っ張り、後ろに下げた。


「ごめ~ん、私あんまりスマホ開かないからさぁ~」


 水城は満面の笑みで、小田にそう答えた。


「……?」


 赤石は水城の想定外の反応に驚き、目を丸くした。

 てっきり、小田には冷たく振る舞い、暗に嫌っていることを悟らせるものとばかり思っていた。

 だが、水城は赤石の想定とは裏腹に、真逆の振る舞いをして見せた。


「えぇ~、またまたそんなこと言っちゃってぇ~。どうせ俺と喋るのが面倒くさくなったから見てないフリしてたんでしょ~?」

「いや、私本当にスマホとか見ないんだよ~」


 水城は困ったように笑う。

 小田と水城とのやり取りを見て、赤石はおおよその小田のプロファイリングが完成した。


 小田は言ってはいけないことを言ってしまう人間だった。平たく言えば、空気が読めない人間だった。

 もしも自分にだけ返信されていないことが分かれば、周囲の人間からの水城への好感度が落ちてしまう。あぁ、面倒くさい人には返信はしない、人を見て対応する人なんだ、と思われてしまう。

 水城が特定の人間にだけ冷たくしていることを周囲の人間に漏らしてしまえば、誰にとってもポジティブな作用は起こらない。加えて、周囲の人間も水城が小田を嫌っていることを理解し、結果、腫れ物を触るように、二人は気を遣われるようになる。


 人間は誰しも、人への悪意を隠して生きていく。

 周囲の人間への悪意を公言してしまえば、もちろん当人の好感度は下がる。

 加えて、対象の人間が現れた時に、周囲の人間が二人の関係性を察して気を遣わなければいけなくなる。対象の人間とセットで腫れ物扱いをされるようになる。


 人間は人間社会を生きる上で、他人への悪意を隠して生きていかなければいけない。嫌いな人間を公言してしまえば、周囲の人間から腫れ物扱いされかねない。

 それがどんな理由であれ、嫌っていることを公言することは、本人へのダメージになる。


 小田はそんな人間の深層心理を利用してか、はたまた何も考えていないのか。

 人に気を遣わせているという一点に関して言えば、間違いなく天才的に群を抜いていた。


 周囲を巻き込んで不正が出来ないように詰めていく精神性。人間社会では誰もが当たり前に出来ていて、誰もがなあなあにしていることを、してしまう。

 自分が思っていることを何も考えずに口走ってしまうのが、小田だった。


 それはある種、小田の美点であり、汚点でもあった。

 よく言えば、正直者で嘘がない。

 悪く言えば、人の気持ちを察することが出来ず、不愉快で軽薄。周囲を巻き込んだ、劇場型で激情型の火薬爆弾。触れるだけで周囲の人間の好感度を下げていく貧乏神。


 水城はそんな小田と、対峙していた。


「俺と喋るのが面倒くさくなっただけだと思うけどな~」


 小田は視線を逸らしながら、水城に言う。


「全然、全然! 私そんなこと全然ないよ!」


 もう~、と水城は笑顔で手を振る。

 実際小田のことを面倒だと思っているだろうが、水城がそれを公言できるわけはない。水城とは鈴ノ宮高校一の美貌を持つ天使であり、誰にでも優しい聖母のような女である。少なくとも、周囲からはそう思われている。


「今日から! じゃあ今日からちゃんと毎日アカウント見て返信するようにするから!」


 ごめん、と水城は手を合わせて小田に謝った。


「え、マジ!? じゃあ俺今日は張り切って、百通はメッセ送っちゃおう~」


 水城の決意を聞き、小田はその場で小躍りした。


「私が暇な時だけだからね!」

「大丈夫、大丈夫! いやぁ、言ってみるもんだなぁ」


 そうして水城と雑談を交わし、小田は満足げな態度でクラスへと帰って行った。


「水城……お前、良いのかよ?」

「いいよ、いいよ! 元々私がグラモ全然開いてなかったのが悪かったんだし……」

「お前が気に病むようなことじゃないんだぞ?」

「ううん、心配してくれてありがとう」

「いや、そんな……」


 櫻井がどもる。


「やっぱり櫻井君って、こういう所で優しいんだよね……」


 水城がボソ、と呟く。


「ん、何か言ったか?」

「なんでもな~い」


 水城もまた、満足そうにして席に戻った。






 その後も、水城による明るく素直で取っつきやすい善人運動は鳴りを潜めなかった。


「水城ちゃん、今日一緒にご飯食べない?」

「ごめん、今日はパス! どうしても行きたいところがあって……」


 水城は女子生徒からの食事の誘いを断る。


「今日は一段とかわいい……」

「え、本当!? 嬉しい、ちょっとだけ髪型変えてみたんだ!」


 男子生徒からの羨望とも下心とも取れる呟きに対して、水城は明るく笑い返した。


「赤石君、おっは~!」


 朝登校をするや否や、水城は赤石の背中をバシ、と叩き、笑顔で挨拶をする。


「おはよう……」


 赤石は教科書を机の中に入れながら背中をさする。


「うん、今日も髪型が決まっているねぇ、お主」

「せやかて工藤、あんな、これただの寝癖やねん」


 水城は顎に手を当て、近くにいた三矢の髪型をふむふむと見つめる。


「高梨さんはまた小テスト満点かぁ……。やっぱり可愛くて頭も良いなんて、本当敵わないなぁ」

「あなたが私にかなうことなんて一生ないから、安心して負け続けてちょうだい」

「にゃははは、これはまた手ごわい……」


 水城による善人運動は、その後十数日に渡って続いた。


 もちろんそれは、小田に対しても例外ではなかった。


「なぁなぁ、水城ちゃん。昨日のメッセ終わるの早かったんだけど!」

「乙女は夜が大事なの! お肌のゴールデンタイムを逃せないから早く寝るのです!」


 水城は人差し指を立てながら、ふふん、と自慢げに答える。


「水城ちゃん、俺カレーパン食いたいからちょっと買って来てよ」


 小田が水城に百五十円を渡す。


「いや、パシリじゃん!」


 水城は小田にお金を返す。


「水城ちゃんもどうせ三、四人くらい彼氏できたことあるんでしょ? あ~あ、羨ましいなぁ。俺みたいな非モテ男は一人も彼女出来たことないのに」

「いやいや、全然全然! 私全然モテないもん! ね、赤石君!」


 水城が近くにいた赤石に水を向ける。


「変なダンスバトルで勝った男にこの前ついて行ってたじゃねぇか」

「いや、それ鳥の求愛行動やないかい!」


 水城がビシ、と赤石に突っ込みを入れる。

 オチを作り、冗談で会話を締めることでその会話を強制的に終わらせる。

 小田との会話を早くに終わらせたいであろう水城への、赤石なりの助力だった。


「水城ちゃん、鳥だったの……!?」


 ワナワナと小田が震える。


「そうそう、私は鳥だから変なダンスする男の子の方が好きになっちゃって……って、そんなことないから!」


 水城がバカ、と赤石を詰る。


 その後も水城の善人運動は、止まらなかった。


「水城ちゃん、変なダンスバトルしてるんだって~?」


 男子生徒がにやにやとしながら水城に尋ねる。


「そうそうそう、私も変なダンスバトルするのが趣味でね……って、なんでやねん!」


 水城が男子生徒に突っ込みを入れる。


「俺とこいつがダンスバトルするから、どっちが勝ったか教えてよ」

「ダンスタァイム!」


 根明の男子生徒たちが二人で変な動きを模したダンスバトルを始める。


「駄目だ……甲乙つけがたい……!」


 く、と水城が渋面で顔をしかめる。


「おい、水城ぃ! パンと水買ってきて~」

「買わないよ!」

「手数料つけるからさ!」

「あ、それなら行こうかな……ってならないから!」


 男子生徒からの軽い冗談に答える。


「水城ちゃん、なんかちょっと二の腕肉ついてきたんじゃない?」

「肉ついてない! ちょっと食べすぎただけだからすぐ戻るの!」


 水城が他者に心を許すたびに、水城に対する会話のハードルが下がり、揶揄ともいじりとも取れるような軽口が増えてくる。


「水城ちゃん、ちょっとは筋トレした方が良いんじゃない?」

「うーるーさーい! 全然大丈夫なの! まだまだ大丈夫です!」


 水城は頬を膨らます。


「水城ちゃん体操服忘れたの? 俺の貸そうか?」

「いや、同じクラスなのに貸してたら意味ないじゃん!」


 水城への会話のハードルが下がるにつれて、男子生徒からの性的なからかいも増えてくる。


「水城ちゃんなら靴下とか全然一万円とかで売れそうじゃない?」

「もう、キモい~。赤石君、警察呼んで!」


 男子生徒からの性的なからかいが一定のハードルを超えた時に、水城は決まって赤石に水を向けた。

 赤石はスマホを取り出し、耳に近づけた。


「もしもし? あの、クワトロマヨコーンピザを二枚頼みたいんですが。はい、エルサイズです。はい。……あ、いえ、二人です」

「今はピザ頼むフリして警察に電話かける意味ないから!」


 おい、と水城が赤石に突っ込んだ。


「別にヤバい彼氏に監禁されてて、ピザ頼むフリして警察に電話かけてるみたいな状況じゃないから!」


 赤石と水城のやり取りが一セットになり、毎回のように会話が強制的に終了させられる。


「水城ちゃんってなんかすごいスタイル良いよね? 余計なものがないっていうか……あっ」

「ちょっと~、何~?」


 水城が不審な目で男子生徒を睨みつける。


「何~?」

「知らねぇよ」


 水城が赤石を睨みつける。

 この話を早く終わらせろ、との言外の合図。


「……」


 赤石は小さくため息を吐き、水城に手をかざした。


「合格だ。余計な雑念がない。さんざ手間かけさせやがって、バカ弟子。ようやく次の修行に入れるな、着いて来い!」

「やっとおいらもあの宝具を手に出来るんスね……!?」


 赤石は水城から求められるたびに冗談を言い、会話の流れを強制的に切ってきた。


 水城はその後も、数々の男子生徒たちからのからかいを受け、可憐で美しくも、楽しく面白いいじられキャラとしての地位を確立した。


 そんな水城がクラスを震撼させるほどの大事件を起こすのは、そう遠くない先の話だった。





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