第526話 一流インフルエンサーはお好きですか?
チャンネル登録者、百万人。
高校一年生にして一流のインフルエンサーと言われている葉月は、毎日のように動画を投稿していた。
『本当に許せないことがあって~』
動画の中の葉月は、学校にいる時よりも華美で目立つ格好をしていた。言葉遣いや態度も、その服装に引っ張られる。
露出も多く、派手な化粧を施している。
ネット上では自身をややちゃんと呼称し、バリエーションに富んだ様々な動画を投稿していた。
葉月は動画に向かって語りかける。
『ちょっと聞いて欲しいことがあって~、私いつもは自分で宿題やって来るのに、毎回宿題やって来ない子がいて~』
葉月は身の回りにいる、イヤなヤツの話をしていた。
動画内では共感の嵐が吹き、葉月を励ますようなコメントであふれた。
『本当分かる』
『いるんだよね、そういうやつ』
『ややちゃんが可哀想すぎる!!』
『そういう人に限って自分が宿題見せて、って言ったら断って来るんだよね。マジ意味分からんて』
『共感すぎて涙出て来た』
その動画を機に、葉月は世間に認知されるようになった。
『女教師が生理の辛さを分かってくれなくて、怒られました』
鳴かず飛ばずだった葉月の動画が百万回以上の再生を達成した。
葉月はそれから、ヒットした動画と同じフォーマットの動画を量産していくことになった。
『隣の席の男が臭すぎる!』
葉月は身振り手振りを大きくしながらカメラに向かって叫ぶ。
『ねぇ、聞いて! ちょっと前にあったことなんだけど、隣の席の男がすごい臭くて! それで相手が傷つかないようにおすすめのボディーソープ教えたら、何、俺のこと好きなの、って。もう本当きしょすぎ!』
葉月は身の回りにいる嫌いな人間を続々と公表していく。
『マジで共感笑笑。臭いことを指摘してるだけなのに気付かない男本当なんなの笑。こっちが気遣ってることも分からないとか、頭悪すぎて草も生えない』
『男ってなんであんなに臭いの? 全員病気持ちだと思うから近付きたくない』
『頭もおかしくて体も臭いとか生き物としてゴミすぎて笑う』
『分かる。私の周りにも臭い男多すぎて、ストレス溜まりすぎて頭おかしくなりそう』
『体臭い男無理すぎる汗汗。自分の格好に無頓着なクセに、こういうやつに限って女が~とかうちらのせいにしてくんの本当共感。香水の話する前にまずは自分の体臭気にしろよ笑。ややちゃんの周りこんなのばっかで可哀想』
『家庭環境が悪い男って顔も体も汚いんだよね』
『分かる分かる。こういう奴に限って自分に自信あったりするの本当何なの? 自分で鏡見てみろって笑笑。誰がお前のこと好きになるわけ』
『暑いから、とか言って隣の席の臭男が靴下脱ぎ始めて死にかけた私が通りますよ、っと』
『頭悪いんだろうなぁ、って思う』
『家庭環境悪いからお風呂入るお金もないんだよ、きっとそうだよ。そう思うことでしか耐えられない』
『本当男って自分のこと見る能力なさすぎる』
ややちゃん、こと葉月に共感するコメントが続々と届くようになる。
コメントが増え、再生数が増加することで同類の視聴者を増やし、葉月のチャンネルは飛ぶ鳥を落とす勢いとなった。
『私の大切なキーホルダーを捨てられた話』
その動画では、葉月がカメラの前で顔を手で覆い、号泣しているポーズをしていた。
『私が机に置いてたのが悪いのかもしれないけど、キーホルダーを机の上に置いてたら、なんでこんな汚いキーホルダーつけてるの、って友達に笑われて。ごめんなさい、今だけは弱音を吐かせてください。友達だと思ってた子にそんなことをされて、ご飯が喉を通りません。その子にとっては汚いキーホルダーだったのかもしれないけど、私にとっては大切な宝物でした。なんでそんなことが出来るのか分からなくて、ここ最近、ずっと眠れてません』
葉月はカメラの前でベッドにダイブした。
『本当に可哀想。自分のものと人の物が区別できないのヒドすぎる』
『私たちはややちゃんの味方だよ』
『本当にあり得ない。なんでそんなことするのか教えて欲しい』
『警察行った方が良いと思います』
『ややちゃんは何も悪くないよ。疲れた時はいつでも頼って欲しい』
『友達だと思ってた人にそんなことされたらショックすぎる……』
『無理しないでね』
『絶対通報案件!』
葉月を励ますコメントが続々と届く。
『女だからいらないだろ、とご飯を取られました』
葉月が部屋の隅で泣きながらうずくまっている動画が投稿される。
『この前学校でご飯を食べてたら、お前女なんだからそんな食えないだろ、って男の子に弁当を取られました。お母さんがしんどい思いして早起きして作ってくれた弁当なのに、平気な顔して取られて、辛いです』
葉月は弁当を前にして、手で顔を覆う。
『何それヒドすぎる』
『いるんだよね、そういうサイテー男』
『人の弁当勝手に取るって何様、ソイツ!? きしょすぎるんだけど』
『女だからって勝手に食べれないと思ってる男さん想像力なさすぎ』
『食べれなかったからってお前に何か関係あるわけ? 頭悪すぎて本当ため息出る。こうやって女の子は世間から搾取される』
『こういうやつを逮捕する法律を作って欲しい』
『絶対ややちゃんと絡みたかっただけだろ、そいつ。早く消えて欲しい。というか早く死ね』
『辛かったら周りの人を頼っても良いんだよ。ややちゃんが幸せになれるようにずっと祈ってる』
『本当ややちゃんの人生辛いこと多すぎて、見てて涙出て来た』
『頑張って、ややちゃん……』
『ややちゃんは生きてるだけで偉いんだよ。そんな男のこと気にしないで』
『住所教えてください。殺しに行きます』
『勇気を出して告発できたややちゃん偉い。私たちはややちゃんの味方だよ』
『男ってなんでこんなにノンデリなのか本当に誰か教えて欲しい』
『分かります。私も彼氏と一緒に食事に行った時、毎回量が多いのを彼氏側に置かれて鬱。女だからって勝手に食べないと思われるの無理すぎる』
『辛いですよね。学校を辞めたり引っ越ししても良いんですよ。毎日お疲れ様です』
葉月のチャンネルの勢いは、とどまることを知らない。
『教師にスマホを壊されました』
葉月のチャンネルは同様の種類の動画を数百本投稿し、世間から大きく認知されていた。
そして同様に、チャンネルの規模が大きくなると共に葉月を攻撃する人間も増えた。
『教師がいきなり生徒の持ち物壊すのヤバすぎ。教育委員会何してんの』
『こいつこういう動画ばっか上げてるし、普通に嘘だろ』
『はいはい、嘘おつ』
『再生数のために嘘吐いて恥ずかしくないんですか?』
『推理漫画並みに毎日何か起こってて草』
『そんな性格の教師じゃ彼女出来るわけないよね』
『その教師加齢臭ヤバそう。おじさんって皆こんななんだよね』
『ややちゃんのこと嘘とか勝手に決めつける奴、さぞかし良い生活してきたんだろうなぁ。これがヘルジャパン』
『なんで自分のことでもないのに嘘って決めつけれるわけ? ややちゃんがかわいそう』
『あ~あ、これでまたややちゃん傷ついた』
『自分から動画のカス男と同じことしてるバカいて笑ったわ』
『きっっっっっしょ。早く通報してください』
『これは何で撮影してるんですか?』
『この教師キモすぎると思う人はいいね』
『まだこの動画見てる奴いる?』
『一分前で草』
『今まで彼女出来たことないんだろうなぁ……。本当こどおじ臭すぎ』
『なんで女の子ってだけでこんな目に遭わないといけないの! 弁償しろ!』
『スマホ壊れてても何も対応しない人のことよく信じれるね』
『普通にニュースになってます』
『こいつ前余命宣告されてなかった?』
『こんだけ嘘だって疑ってる人いるんだから、ちょっとは何か釈明した方が良いよ』
『アンチさんおつおつ』
新しく、葉月の動画が投稿される。
『ごめんね、もう疲れちゃった』
天井が撮影された動画が投稿される。
テキストで、その内容が長々と書かれていた。
『毎日毎日動画を投稿しただけで誹謗中傷。もう疲れました。私が何かしましたか? 私が迷惑かけましたか? 辛い。死にたい。私って何のために生きてるんだろう。誹謗中傷をしてる人は、その画面の向こう側で今も泣いてる人がいることを知って欲しいです』
毎日投稿が終わり、しばらくの期間が空いた後、さらに動画が投稿される。
『鬱になりました』
大量の薬を手の平に載せた動画が、葉月から投稿される。
『ややちゃんが心配です』
『誹謗中傷してたやつ見てる? これが現実だよ』
『追い詰めないで……』
『もうこれ以上誹謗中傷をするのを止めてください。ややちゃんが可哀想です』
『疲れた時は、ゆっくり横になっていいんだよ』
『私もそういう時期がありました。今は家族や彼の支えがあってなんとか生きていけてますが、そういう時は誰の言葉も聞きたくないと思います。力になれるかは分かりませんが、今後とも応援していきます』
『泣かないで』
『誹謗中傷してた人は自分が何をしたのかちゃんと考えて欲しい』
『なんでややちゃんばっかりこんな目に遭うのか分からない』
『チャンネル登録者が増えたら誹謗中傷も増えるの最悪すぎる。頑張って、ややちゃん。私たちはややちゃんの味方だよ』
『ゆっくりお風呂に入ってください……』
『愛って何だろう』
葉月はチャンネル登録者百万人を、目前にしていた。




