第525話 駅のホームで走り回るのはお好きですか? 2
駅のホームで子供を叱りつけて数日、赤石は職員室へとやって来ていた。
「なんで呼ばれたか、分かるよね?」
赤石は椅子に座らされ、教師たちと面談をしていた。
「何か良い賞を受賞したんでしょうね」
身に覚えのない赤石は何の件で呼ばれたのか、全く分からなかった。
「あのねぇ、赤石君。君あてにクレームが来ててね」
数名の教師が圧迫するように、立ったまま赤石を囲んでいる。
「地球から、環境悪化を行う人間へのクレームですかね」
「この前駅のホームでしたこと、分かるよね?」
赤石の話を聞かず、女は赤石に言った。
ようやく、赤石は何の件で呼ばれたのか察しが付く。
「名乗った覚えはないですが」
「カバンに名前、書いてあるでしょ。書いてなくても、制服がうちのなんだから、近くにいる人に聞いたらすぐ分かるでしょ?」
なるほど、と赤石は膝を打つ。
「自分が何をしたか、分かってるよね?」
「はい」
よく、分かっている。
「じゃあ自分が何をすれば良いか、分かるよね?」
女は赤石を諭すように、なだめるように、言う。
「何かすることが……?」
赤石は小首をかしげる。
「謝罪でしょ、謝罪」
はぁ、と女はため息を吐いた。
「お前、自分が何をしたかちゃんと言ってみろ」
対面して座っていた男が、ドスの利いた声を発する。
「人殺し予備軍の少年を助けた……?」
「……」
「……」
教師たちは黙り込んだ。
「君が子供に暴行を働いた、ってクレームが来てね。うちの教育はどうなってんだ、って電話が鳴ったのよ」
女は複雑な表情でポツポツと話す。
「フェイクニュースですね。人間って相手がやり返さないって分かってると自然と居丈高になるんですよね」
「フェイクニュースじゃなくて」
「在校生徒より見知らぬ他人の言ってることの方が正しいんですか? どういう基準で話の正否を判断してるんですか? やっぱり日本なんで年功序列ですかね。年取るって良いですね」
「じゃあ、何があったのかちゃんと言ってみて」
「何があったのかちゃんと言ってみて、じゃなくて。まずは間違った情報で人を叱りつけたことを詫びてくださいよ」
赤石は女を睨む。
「はいはい、分かったから。早く話して」
謝るつもりがないことを察した赤石はため息を吐き、そのまま駅のホームであったことを話した。
「……」
「……」
数秒の沈黙が、流れる。
「確かに、それが正しいなら子供に暴行を働いたわけじゃないけれども」
沈黙を破ったのは、女教師。
「じゃあもう良いですか?」
「いやいやいや」
女が赤石を止める。
「それでも、地域の皆さんがクレームを送って来たんだから、ちゃんと言うことがあるでしょ?」
「スマホ見る前に子供見ろ、とかですか?」
「あのねぇ……」
はぁ、と女はため息を吐く。
「悪いことをしたら、ちゃんと謝るべきでしょ?」
「……?」
謝る理由が、分からなかった。
「何にですか?」
「地域の皆さんのご気分を害したことに」
「ご気分を害した、って。命を尊ぶことに気分を害するも何もないでしょ」
「それでも、こうしてクレームが来てるんだから、せめてポーズだけでも、謝らないといけないでしょ?」
女がトントンと人差し指でリズムを取る。
「いやいやいや」
赤石はすぐさま反論する。
「なんで悪くないのに謝る必要が?」
「人生、悪くなくても謝らないといけないことがあるでしょ? 先方はカンカンなんだから、謝ってその場をやり過ごさないといけないこともあるの」
「謝ったら非を認めたことになるじゃないですか。悪くないのになんで非を認めないといけないのか理解できないです。アメリカなら謝るなって教えられると思います」
「ここは日本だから」
「お客様は神様だか知りませんけど、謝らないですよ。大体、いつもなら海外は進んでる、だとか日本は遅れてる、だとか欧米を見習え、だとかさんざ言ってるくせに、こういう時になったら急に日本に従え、とか言い出すんですね。何枚舌付いてるんですか?」
癪に障り、赤石は言い返す。
「そもそも、君も言い方ってものがあるでしょ?」
「言い方がどうだったかと行動が正しかったかどうかはまた別の判断基準でしょ。そもそも、悪い言い方だとも思ってないですし」
「あのねぇ……」
はぁ、と女教師が頭を抱える。
「お前はどうして、そんな考え方になるんだ……」
前に座っている男教師も、頭を抱える。
「子供への言い方ってものがあるでしょ?」
「子供への言い方があるのなら、良い年した大人が子供の高校生にこんなクレームつけてくることこそ言い方があると思いますけど。後になって急に嫌だった、とか言われても。その場で言い返してもらわないと。瞬間移動したわけでもあるまいし」
「地域住民の方に支えられてるでしょ、私たちは」
「地域住民の方が支えてるなら、なおさら保護される立場でしょ、こっちは。そもそも、ホームで暴れ回る子供を放置してスマホ見てるような親が地域を支えてるわけないですし、そんなことでクレーム入れてくる親が地域を支えてるわけもないですし、社会の癌でしょ。仮に百歩譲って支えてたとして、支えてるのはこの高校であって、自分自身は全く支えられてた覚えないですけど。そもそもここの地域育ちじゃないですし」
「はぁ……」
赤石の論法に疲弊して、教師たちが大きなため息を吐く。
「じゃあこうしましょ」
赤石は提案した。
「今回の件、全部ネットに放流しましょう。高校のアカウントありましたよね? あれで今回の件を全部ネットに投稿して、どっちが悪いのかネットの人に聞いてみましょう」
「いやいや……」
今度は教師が否定する番だった。
「世論に聞いてみましょう、どっちが悪いのか。どっちかが社会的に死ぬまでやりましょう。炎上してどっちかが社会的に生きれなくなるまでやりましょう。徹底的に。ネットの住民はすぐ炎上させてきますから。どっちが悪いかは世論に任せましょう」
ナイスアイデア、と赤石は目を弓なりにした。
「なんで君は、普通に謝るってことが出来ないの?」
「悪いことしてないからですけど」
呆れた顔で、教師たちが赤石を見る。
「ちゃんとその人も高校に呼んで、動画に撮ってネットに上げましょう。どっちが悪いか、ちょっとはハッキリするでしょう」
「そんなことできるわけないでしょ?」
「謝罪させたいならそっちの方が良いんじゃないですか? 自分が間違ってると思ってないなら、出来るはずですよ。むしろネットが味方に付いてくれるんじゃないですかね。俺は間違ってると思ってないからできますけど、クレームつけてきた人は出来ないんですか? 自分が間違ってると思いながらクレームしてきたってことですか?」
「……」
教師たちが顔を見合わせる。
「私たちにも立場ってモノがあるから」
「皆さんは何故戦わないんですか? 何故何も言わないんですか? 何故何も発さないんですか? 何故何も自分の思っていることを言わないんですか? 何故戦わないかが分からないです。戦わなかったらずっと搾取されるだけじゃないですか。何故自分から搾取されることを望んでいるのか全く理解できませんが」
「守るものがあるから……」
「高い給料ですか? 自由に人を怒れるだけの権力ですか? どうなっても、クビを切られる以上の悪いことは起きなさそうですが。自分たちの生徒よりもずっと大事な権力や地位、名誉、金があるんですかね。信念と比べたら、些末な問題に思えますけれど」
「……」
「間違ってるものに間違ってると言えない世界は退屈ですね」
何を言っても無駄だ、と感じた教師たちは赤石への説得を諦めた。
「あのね、クレームを入れてくれた方も君を思ってのことだから」
「自分の子供を見殺しにしかねない親が他人の子供のこと思ってるわけないと思います」
「……」
教師たちは、喋るのを止めた。
「もう良いです。こちらから説明しておきます」
怒りを露わにしながら、教師は赤石との話を取り止めた。
「もう今後同じようなことが起こらないように注意してください」
「別に自分から首突っ込みたくて突っ込んだわけではないんですけれど」
「次から注意してください」
「はあ」
赤石は立ちあがった。
「次からは、死にそうな子供がいたらちゃんと見殺しにするように、努力します」
赤石はそう言って、部屋を出た。
「誰ですか、あの子の担当は?」
「どういう教育してるんですか!?」
赤石がいなくなり、次の魔女狩りが、始まった。
次の生贄を求める会議が、紛糾する。
「おう、どしたん?」
職員室から出て来た赤石は、須田と出会った。
「職員室にな」
「またかよ」
須田が笑う。
「相変わらず職員室が好きだな」
「昔もそうだった、みたいな言い方をするな」
「中学もそうだっただろ」
「俺が職員室を好きなんじゃなくて、職員室が俺を好きなんだよ」
「ほどほどにしとけよ~」
「何も悪いことしてないんだよ、俺は」
赤石は須田と別れ、教室へと戻った。
「本当キモかった~」
八谷は教室で櫻井と、駅のホームでの出来事を話しこんでいた。
「私がそれ教えたら急に顔真っ赤にして突っかかってきて」
「あ~、いるいる。そういう男いるんだよなぁ」
櫻井が苦笑する。
「本当ああいう奴って何考えてるんだ、って思うよな」
「本当そうよね。もう顔も忘れたけど」
「ひで」
櫻井が笑う。
「本当早く死ねば良いのに」
「こらこら」
「あんなやつ皆死ねって思ってるでしょ」
「確かにそうかもしれないけど」
櫻井が八谷をなだめる。
「まぁ、そういう奴に限って、自分が責められる立場になったら急に逆切れしてくるんだよな~」
櫻井はうんうん、とうなりながら言う。
「本当それ。ダサすぎるんだけど」
「お前も散々だったなぁ」
「あ~、もうヤダヤダ。本当どういう頭してるんだろ、ああいうのって」
「まぁまぁ。世界にはそういう頭おかしい奴もいるんだよ」
櫻井と八谷は赤石の話題で、盛り上がっていた。




