第522話 エピソード:0 1
高校一年、夏――
「さぁ、来ました今年も真っ盛りの夏ぅ! 今年の夏はどのようにお過ごしでしょうか、櫻井さん」
夏休みを目前にして、教室内はざわめき立っていた。
櫻井と同じクラスのお調子者、霧島はマイクを持つかのようなジェスチャーで櫻井に尋ねた。
「どうもこうもねぇよ。いつも通りのくだらねぇ夏が過ぎるだけだっつぅの」
「おぉっと、これは渋い反応! 夏休みを目前にして櫻井選手、これまた渋い反応です!」
お調子者の霧島は声高らかに、そう宣言する。
「……ったく、お前は毎日毎日、下らねぇことばっかり。よくもまぁ飽きもしねぇもんだなぁ」
「飽きるとはなんだい、聡助。親友を前にしてなんて言い草だい」
「はいはい」
「華の女子高生二人、この青春真っ盛りの夏を遊ばずしてどうするってんだい!」
「女子高生じゃねぇよ!」
「フォーーーーーー!!」
霧島は叫びながら腰をカクカクと振る。
「……ったく」
櫻井は呆れた顔で、ため息を吐いた。
「とにもかくにも、夏、夏、夏ぅ! 夏と言えば、そう! 女ァ!!」
霧島が目を向けた先に、高身長ですらりと手足の長い美少女が、そこにいた。
「とりわけ、我らが鈴ノ宮高校を代表する五人の天使からは目が離せない!」
霧島は鈴ノ宮高校にいるという五人の天使たちを紹介し始めた。
「邪魔」
「あぁ、高梨様……」
「今日もお美しい……」
「くぅ~、これが百年に一人の美少女、高梨八宵様……!」
「せめて、せめて匂いだけでも……」
「群れないで。どいてちょうだい」
人の群れをかき分けて歩いているのは、高梨八宵その人。
高身長にして財閥令嬢の高梨は、今日も楚々と歩いていた。
「天才美貌にモデル体型、勉学芸術何でもござれ! 神は何故私たちに平等に才能を振り分けてはくれなかったのか! 百年に一度の天才美少女令嬢、高梨八宵ぃ!」
霧島はマイクを持つようなジェスチャーのまま、遠くを歩く高梨の紹介をする。
「はいはい」
櫻井は霧島の言葉を受け流す。
「続いて紹介するのは、この美少女!」
霧島が紹介する先には、不愉快そうな表情で歩くツインテールの女がいた。
「歩く闘犬、殴る超人、暴力させれば世界一! 闘う美少女、八谷恭子! 不良百人を相手に一人で大立ち回りを見せたとも言われる伝説の暴力少女! しかし、不意に見せる愛らしい笑顔にノックアウトされる男も多数! 何故彼女は暴力を振るうのか! 暴力さえなければ完璧なのに! しかし、その危なっかしさがまた男たちをそそらせる! 俺たちのスケバン美少女、八谷恭子―――――!」
八谷はイライラと舌打ちをしながら、羨望の目で見る男たちを跳ねのけていく。
「邪魔っ!!」
八谷は肩で風を切りながら、去っていく。
「櫻井君、おはよっ」
「え、あ、あぁ、おはよう……」
美少女の紹介をしていた霧島の下に、女子生徒がやって来た。
「霧島君もおはよっ」
「おはよ!」
校内一の美少女とも名高い女子生徒、水城志緒はそのまま他の生徒たちにも挨拶をしに行った。
「くぅ~~~~~~~~!」
校内一の美少女、水城志緒に声をかけられた霧島は肩を抱き、ぶるぶると体を震わせた。
「続いて紹介するは、校内一の美少女とも名高い、この美少女! 水城志緒ぃ! 街中をただ歩くだけで十枚はモデルスカウトの名刺を配られるとの伝説もある、校内の男子生徒なら誰もが知る究極の美少女! 闘う狂犬、八谷恭子ちゃんとは正反対に、究極の美貌を手にしながらも誰に対しても優しく慎み深い慈愛の天使! お前に欠点は何もないのか! 我らが女神、究極の美少女、水城志緒ぃ!」
水城に聞こえないような小さな声量で、霧島は水城の紹介をした。
「さぁ、残すところあと二人! 次に紹介するのは、この子だぁ!」
霧島が廊下を指さした。
「おっはよ~」
「おっは~。皆おは~」
パルクールよろしく、廊下を飛んだり跳ねたりしながらアクロバティックに通る美少女がいた。
窓から侵入した新井は、ぴょんぴょんと飛び回り、ひらひらとしたスカートの中を惜しげもなく見せつけながら、やって来た。
「うひょ~~~」
霧島は垂涎する。
「つ、続いて紹介するのは、この美少女! 飛んだり跳ねたり、蹴ったり投げたり、ありとあらゆる運動の天才、新井由紀―――――! この天才的運動センスを持ちながら、何故こんな美貌をも兼ね備えているのか! 飛んだり跳ねたりするその体は実に健康的で、肉欲がそそる……じゃない、肉付きも良く、すらりと引き締まった体! 小麦色に焼けたその体から伸びる、伸びる伸びるその長い手足が、男たちの目を惹きつける! お前はわざとか、わざとなのか! 飛んだり跳ねたりするそのスカートの中が丸見えだ! 天才的運動神経を意のままに操る美少女、新井由紀――!」
霧島はミュージシャンよろしく、センターマイクを握りしめながら体を反らせながらそう叫ぶ。
「飽きねぇなぁ、お前は」
「飽きないさ、僕は」
はぁはぁと肩で息をしながら、霧島は最後の一人を見るために廊下に出た。
「さぁ、聡助、最後の一人だ」
「ん」
櫻井は霧島の後を追い、廊下に出た。
「かわいい~」
「ラッキー!」
「今日も撮影してるのかな?」
「バカ、学校じゃ撮影できないでしょ」
「お友達になりた~い」
廊下から下を見下ろすと、中庭で人だかりが出来ていた。
「この高校を代表する五人の天使、その最後の一人、葉月冬華~~!」
霧島と櫻井は窓から下を覗き見ると、撮影会のごとく、人だかりの中央に葉月がいた。
「あ、あはは、ごめんね、もう行かないと」
葉月は人だかりをかき分けながら、歩いていた。
「ネットで八十万人以上の登録者を持つ天才インフルエンサー、葉月冬華! 高校を卒業するまでに百万人を突破するとも言われている、ネット界のプリンセス! 彼女が一声あげれば数多の男たちが名乗りを上げるとも言われている、猛獣使いの姫君! 俺たち男はインフルエンサーたる彼女と友達になろうと欲するが、やはりその牙城は崩せないか!? 誰もが羨むその美貌で一体何十万人の男を骨抜きにさせてきたのか! 美少女インフルエンサー、葉月冬華~~~~!」
霧島は髪をかき上げた。
「以上、我らが鈴ノ宮高校を代表する五名の美少女に敬意をこめ、人はこう呼ぶ」
霧島は五本の指を立てた。
「鈴ノ宮高校に降りた五人の天使たち、と!」
霧島はようやく説明を終え、自席へと戻った。
「はてさて、この五人の天使を射止めるのは一体どこの誰なのか! この夏休みで誰が彼女たちとの距離を縮めることが出来るのか! この五人の天使たちからぁ~、目が離せないいいいいぃぃぃぃぃ!」
霧島は血管が浮き出るほどに興奮し、叫んでいた。
「はぁ」
櫻井は大きくため息をついた。
「どうせ俺たちには関係ねぇ話だろ。天使だか剣士だか知らねぇけど」
「またまた、そんなことを言って君の幼馴染が五人の天使たちに紛れ込んでいることを、僕は知っているんだよ?」
「幼馴染っつったって、昔の話だろ。今はもうまともに話すこともねぇよ。それに、俺の幼馴染は……」
櫻井はうつむいた。
「ま、確かに聡助みたいな一般雑魚男子高校生には到底縁のない話だね」
霧島は櫻井の肩をポン、と叩き、にこやかに言った。
「お前ぇぇ~~~」
櫻井は拳を握りしめながら、不敵に笑った。
「お、俺がこいつらのお世話役―――――――!?」
そんな櫻井がその五柱の天使に囲まれて奇声を上げるのは、そう遠くない未来の話だった。




