閑話 北秀院大学の事前説明会はお好きですか? 5
「まずはやっぱり時間のかかるお米から」
船頭が率先して料理を始める。
「悠人、お米いい?」
「駄目って言ったらどうするんだ?」
「カレーうどんになる」
「それはそれでいいな」
赤石は米びつを指さした。
「四合くらいでいいかな?」
「大食い系配信者いないよな?」
「いません」
船頭は四合分の米を炊飯器の内釜に入れた。
「貴重な備蓄米だから慎重に取り扱ってくれよ」
「米騒動だ……!」
船頭は水を入れ、米を研ぎ始めた。
「これ……」
黒野が赤石に洗剤を手渡す。
「ありがとう、黒野。俺もちょっと喉乾いてたところなんだよ」
「ちがーーーーう!」
洗剤を飲むフリをする赤石を、黒野が慌てて止める。
「野菜洗うから……」
「殺す気か」
赤石は洗剤を置き直した。
「野菜に洗剤使わない?」
「使うか。アンチ無農薬野菜すぎるだろ」
赤石たちは野菜を袋から出し、水で洗い始めた。
「統はじゃがいも洗う姿が似合ってるよな」
「へへ、そうだろ?」
須田が鼻の下をこする。
「昔から芋洗わしたら日本一だったからな、俺っち」
「こんなに芋が似合う日本男児はいないよ」
赤石たちは野菜の皮を剥く。
米を洗い終えた船頭が赤石たちに合流する。
「ちょっと失礼」
船頭が赤石の後ろを通る。
「もう、この家狭い~」
「仕方ないだろ、大学生の下宿先なんだから。そんな広い家にいたいなら金持ちの家の子の友達になりなさい!」
「ヤーダー!」
船頭も野菜を剥き始めた。
赤石、黒野、船頭が野菜の皮を剥き、須田が野菜を切り、鍋に放り込んでいく。
器用に、かつ素早く手慣れた様子で具材を切る須田を見て、船頭が目を丸くする。
「須田ち、すごい料理上手くない?」
船頭は須田の手捌きを見ながら、感心する。
「だろ? これでも国王御用達の宮廷料理人やってたからさ」
「料理漫画の主人公みたいな属性をつけるな。フランス留学から帰って来て地元のシャッター街を再生させる料理漫画の主人公じゃないんだよ」
「妙に細かい設定」
黒野がぼそ、と呟く。
「居酒屋でバイトしてるだけだろ」
「え、須田ち居酒屋でバイトしてるんだ!?」
「そそそ」
「初耳~」
「ミーは居酒屋でバイトしてるザンス!」
「急ごしらえのフランスキャラ止めろ」
はは、と須田が笑う。
「はぇ~。私って皆のこと知ってるようで、結構知らないんだねぇ~」
船頭がぽかん、と口を開ける。
「なんか、こうやって皆で同じことしながら喋るのって楽しいね」
にこにこと、船頭が赤石たちに笑顔を振りまく。
「喋りながらできるバイトとかあったら、人手不足のこの時代でも絶対人いっぱい来るのにな」
「本当それ」
「そんなの効率悪すぎて仕事進まないでしょ」
お互いに雑談を楽しみながら、赤石たちはカレーの具材を用意した。
「よし、出来た」
須田は最後の野菜を切り終え、鍋の中に入れた。
「次は炒めてから煮込みだね」
船頭が具材を炒め始める。
「悠人、そっちあと何分?」
「あと五分で到着する! それまで持ちこたえてくれ!」
「いや、そうじゃなくてご飯炊きあがり」
「まだ十分はかかりそうだ」
おおよそ料理の各工程が終わり、赤石たちは手すきになった。
「カレー寝かせたら美味しくなるから、子守歌お願い」
「子守歌で寝る料理食べづらいわ」
船頭がカレーをぐつぐつと煮込み、しばらくの後、炊飯器から炊き上がりを知らせる音が鳴った。
「こっちもいけそう! 皆、ご飯盛って~?」
「盛ります盛ります、さらに盛ります」
「盛りすぎないで!」
赤石は四人分のご飯を皿に盛り、黒野に渡した。
黒野はご飯を机に置き、須田はスプーンとお茶、コップを用意する。
「完成~」
船頭はふう、と額の汗を拭った。
「持って行くね~」
「重いから統に任せとけ」
「大丈夫大丈夫! こう見えても力あるから」
船頭は力こぶを作る。
「カレー全こぼしエンドは嫌だぞ」
「持つ持つ」
須田が腕をまくり、鍋を持った。
「じゃあ……ごめんね?」
「いいよいいよ」
「統貴なんてこういう時にしか役に立たないんだから」
「そうそう、俺はこういう時にしか役に立たないから……ってなんでだよ!」
須田が典型的なノリ突っ込みを終え、カレーを机の上に置いた。
「というかこれ、普通にご飯盛ってカレーのルー掬いに行った方が良くない?」
「……」
「……」
船頭の提案に、一同が押し黙る。
「よし、統。カレー元に戻せ」
「おい!」
須田はカレーを卓上クッキングヒーターの上に戻した。
「はい、じゃあ皆並んで~」
船頭がお玉でカレールーを掬い、赤石たちは順番になって並んだ。
「ありがとうねぇ」
赤石は恭しく船頭にお辞儀する。
「そんな炊き出しじゃないんだから」
「米貴重だから……」
「悠人の家のお米だけどね」
船頭は四人分のご飯にカレーを盛った。
「よし、じゃあ完成かな」
赤石たち四人は、それぞれ机の周りに座った。
「じゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
船頭が食事の挨拶を言い、赤石たちがそれに続いた。
「美味しい~」
カレーを頬張り、船頭はいの一番にそう言った。
「……美味しい」
黒野もカレーを一口食べる。
「美味い美味い」
「カレーなんていつ食べても美味いからな」
四人は黙々とカレーを食べる。
「なんか、団らんって感じだね」
船頭は赤石たちを見回しながら、言う。
「こんなことなるなら、もっと人呼んでも良かったね」
「そうかもな」
「麦ちゃんとかすごい悔しがってるかも」
「写真撮って送りつけてやれ」
「あ、じゃあ良いかな? 食事中だけど」
船頭はスマホを取り出し、内カメラで食事中の様子を撮影した。
黒野は写真に撮られないように、後ろを向く。
須田はカメラに向かってピースをし、赤石は黙々とカレーを食べていた。
「カレーなう」
船頭は上麦にチャットする。
「今時そんなの使ってる奴いないぞ」
「位置情報付けて良い?」
「好きにしてくれ」
船頭は上麦に食事中の写真を送り付けた。
「送ったよ~」
船頭は食事に戻った。
「でさ、大学うちらどうする?」
船頭はスプーンで赤石を指しながら、聞く。
「大学どうするか会議~!」
パチパチ、と船頭は拍手した。
「やっぱ単位取る履修登録……? とかは皆でやっておきたいよな」
「ね~。失敗したら全部パーだもんね」
「奨学金……」
「あ、奨学金とかもあるねぇ」
「食堂とか皆で行かね?」
「須田ち良いこと言う~!」
赤石たちは大学に入ってからやりたいことを口々に呟いた。
そうしてしばらくの間雑談しているうちに、ピンポンピンポンピンポン、とインターホンが鳴らされる。
「来たかも」
船頭が立ち上がり、ドアに向かっていった。
「俺が家主だぞ」
赤石も扉へと向かう。
ドアスコープを覗き込むと、そこには大慌てで息を切らした上麦がいた。
「赤石、カレー、ずるい……」
ドアを開けると、そこには肩で息をする上麦がいた。
「白波、カレー、食べる」
上麦はずかずかと赤石の家に入り込む。
「悪いな、上麦。このカレーは四人用なんだ」
「カレーにそんなのない!」
赤石は上麦の分の米をよそい、カレーをよそった。
「俺たちが何時間も苦労してカレーを作ったのに、お前は食べるだけなんだな」
「白波、食べる係」
「働かざる者食うべからず」
黒野が恨めしそうな目で上麦を見る。
「お前は人のこと言えないだろ」
「カレー、美味しい」
上麦が船頭の隣に座った。
「いやぁ、楽しくなってきたなぁ」
「静かに食べてくれよ」
「大学の作戦会議もこれで盛り上がるぞ~!」
赤石たちはカレーを食べながら、大学の作戦会議をしていた。




