第520話 新入生のオフ会はお好きですか? 4
「うぃ、みーちゃん」
「ひゃっ!」
カラオケボックスで小山田が歌っている最中、斉藤が暮石の隣に座った。
スマホを見ていた暮石は唐突な接触に、思わず声を上げる。
「なに、そんなかわいい声して」
「かわいい声はいつも通り」
「ははっ」
斉藤は額に手を当て、くくく、と笑う。
「飲み物取り行かね?」
見れば、机の上の飲み物は空になっていた。
「やっぱ歌うと喉乾くね」
「な~」
暮石たちはカラオケボックスに入るにあたり、ドリンクバーを頼んでいる。
「じゃ、行くか」
「おっけ~」
斉藤は暮石を連れ、カラオケボックスの部屋を出た。
「どうしようもないくら~いに、あぁ~、夏は過ぎて」
他のカラオケボックスの部屋から声が漏れ聞こえてくる。
「皆楽しそうだね~」
暮石は漏れ聞こえてくる歌を楽しみながら、小刻みに踊る。
「みーちゃんはそんな歌上手くないよな」
「心外~」
むぅ、と暮石は頬を膨らませる。
「ははは、冗談冗談」
「面白くない~!」
二人は階段を下りる。
「階段狭いから危ないぞ。気を付けて」
「ご心配ありがとざます」
二人は一階のドリンクバーへとやって来た。
「何飲む?」
「お茶~」
「いやいや、ドリンクバーでお茶って」
くくく、と斉藤が笑う。
「みーちゃん、本当ギャグセン高いわ~」
「お茶くらい普通だよ~」
暮石はドリンクバーからお茶を注ぐ。
「でもドリンクバーばっか使ってたら正直他の物も飲みたくならん?」
「それは分かるけど」
「自販機あるから、自販機で買おうぜ」
「えぇ~。ドリンクバーあるからいいよ~」
「大丈夫大丈夫、奢るから」
「なら行こっかな」
「現金だなぁ~」
斉藤は暮石を連れて、店の裏手に設置してある自販機へと向かった。
「ヤニタケ、あの図体で美声なの本当ずるいよな」
「分かる~」
カラオケボックスにいるであろう小山田の話題で、二人は雑談話に花を咲かせる。
「どれ飲む?」
「このナタデココ入りのやつ、じゃあ買ってもらおうかな~?」
「おっけおっけ」
斉藤は暮石の指定したナタデココ入りのジュースを買い、暮石に投げてよこした。
「俺はこれにするか」
斉藤は炭酸入りのジュースを買う。
「こういう系のって自販機にしか売ってないんだよね~」
暮石は缶を振り、ナタデココ入りのジュースを開けた。
「な~」
斉藤も缶を振り、炭酸入りのジュースを開けた。
「うわっ!」
炭酸が勢いよく吹き出し、斉藤の服にジュースがかかる。
「あはははははは、あはははははは!」
暮石が腹を抱えて笑った。
「お前ぇ~~~!」
「私悪くないのに!」
斉藤がジュース缶を持ったまま、暮石を追い回した。
「あはははは、あははははは」
二人はある程度走り、落ち着いた。
「はぁ~、面白かった」
暮石は目頭を拭う。
「うっせ、ボケ」
斉藤は暮石に悪態をつきながら、ジュースの缶を持ち上げた。
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
斉藤と暮石はジュース缶をこつん、と合わせた。
「本当笑う」
暮石は笑いながら、ジュースを口にする。
「今日一で笑ったかも」
「笑わそうとしてたんじゃないから」
「良いじゃん、笑ったんだから」
暮石たちはカラオケ店の裏手で、二人ジュースを飲む。
「大学楽しみだなぁ~」
斉藤はジュースを飲みながら、いずれ来る大学生活を楽しみにしていた。
「ねぇ~」
二人は夜空を見上げながら語る。
「星好きだなぁ~」
暮石は夜空に浮かぶ星空を眺めた。
北海道で見たそれより遥かに劣るものではあるが、それでも空は、美しかった。
人工の光が、夜空に眩く光る星を覆い隠してしまう。
小さな光がキラキラと点在している。
「星好きなんだ? なに、浸ってる系?」
斉藤がせせら笑う。
「そんなじゃない~」
暮石が足をぷらぷらとさせる。
「誰の趣味? お前の?」
「なんで分かったの? 友達の趣味かなぁ」
「また男か」
「高校生なんだから同級生に男も女もいるよ~」
「本当モテるよな、お前」
「全然」
暮石は首を振る。
「顔かわいいし」
「私のクラスには私よりかわいい子が五人、六人といたのさ」
「顔面偏差値高いクラスうらやま~。俺のところブスばっかだったわ」
斉藤はスマホをいじりながら、暮石と雑談を交わす。
「はぁ……」
暮石はジュースの缶に口を付けた。
「何見てんの?」
暮石が斉藤のスマホに視線を寄せる。
「ん~、普通に返信返してるだけ」
「女か」
「うっせ。放っとけ」
斉藤はスマホを閉じた。
「なぁ」
「ん~?」
斉藤が神妙な面持ちで、暮石に話しかける。
「今から二人で抜け出さね?」
「……え」
斉藤はくい、と顎でカラオケ店の外を示した。
「てかさ、みーちゃん今から俺ん家来ねぇ?」
俺ん家ここから近いからさ、と斉藤は付け加える。
「……」
暮石は斉藤の提案を受け、そして静かに、口を開く。
「いや、それはダメだよ~」
暮石は両手を振る。
「なんでなんで!?」
斉藤が身を乗り出す。
「だって、私これでも女の子なんだも~ん。かずくんのお家に入ったが最後、何されるか分かったもんじゃないもん」
「いやいやいや、全然全然! そんなことしないから!」
「駄目です~。女の子はそんな不用心なことしないんです~」
「先っちょだけ、先っちょだけだから!」
「ほら、正体表した!」
暮石はからからと笑う。
「絶対手とか出さないから! 本当だから!」
「だ~め。男の子の家に二人なんて危ないから行きません~」
「え~、どうしても?」
「どうしても」
暮石はツン、と断った。
「さ、もう戻るよ。ヤニタケの歌そろそろ聞きなおしたいし」
「じゃあ、今回はなしってことで」
「そ。今回はなし!」
暮石は飲み終わった缶ジュースをゴミ箱の中に入れ、ドリンクバーへ戻った。
「誰かに飲まれてないかな?」
「お茶なんか飲む奴いねぇだろ」
暮石はドリンクバーの近くに放っておいたコップを手に取った。
「よ~し、後半戦も歌うぞ~!」
麦茶の入ったコップを手に持ちながら、暮石はカラオケボックスへと戻った。
一時三十二分、依然として暮石からの連絡はなかった。
「遅い……」
赤石は眠たげな目をこすりながら、暮石からの連絡を待っていた。
暫くして、ピコン、とスマホの通知音が鳴る。
暮石から、電話が来た。
「やっとか」
赤石は暮石からの電話を取った。
「もしも~し」
暮石の声が、聞こえた。
「もしもし」
「ダーリン?」
「ああ」
「ごめんね~、遅くなって。なんか予想外に盛り上がっちゃってさ」
「そうか」
赤石はベッドで布団にくるまりながら、暮石と会話をする。
「今どこにいるんだ?」
「今、タクシーの中」
「タクシーの中で電話してるのかよ、お前」
「そうそう」
暮石はあくびをする。
「男の子と違って、女の子は深夜に出歩いたら危ないから、本当困っちゃうよ」
「男の子でもこの時間に外出る奴はそういないぞ。というかもっと早くに帰れよ」
「あ~、もうこんな夜遅くにお説教は止めてよ~」
「危機感なさすぎるぞ。どんだけ人間を信用してんだよ」
「はいはい、ごめんごめん」
暮石は投げやりに謝る。
「もう帰るのか?」
「うん、今から家帰るところ。一応電話しとかないと赤石君も不安かな、って」
「何があったのかと思ったよ。心配したぞ」
「大丈夫だよ~」
「やっぱり痛い奴ばっかりだったのか?」
「ぜ~んぜん。みんな良い人だったよ? 赤石君って本当心配性なんだから。いちいち心配しすぎなんだよ~。別に今日会った人と一緒に寝ました、とかないから絶対。赤石君が心配しないでも」
「心配してないよ、そこは」
暮石はふああ、とあくびをする。
「あんまりタクシーで電話するのもあれだからここらで切るね、私」
「ああ。帰るまでが遠足だからな。気を付けて」
「遠足なんてしてないって」
暮石がくすくすと笑う。
「やっぱりユーモアだけで言えば赤石君が一番だね」
「ユーモアだけかよ」
「じゃあもう切るよ~」
「ああ。気を付けて」
「うん、気を付けて帰るね。おやすみ、ダーリン」
「おやすみ」
暮石からの電話が切れる。
電話が来たことで赤石は安心し、急に眠気が襲ってきた。
「……」
赤石はものの数分で、そのまま眠りについた。
翌朝――
ピンポンピンポンと何度も鳴らされるインターホンの音で、赤石は目が覚めた。
「……え?」
ドンドンドンドン、と扉が何度も叩かれる。
そしてまたピンポンピンポンと、何度もインターホンが鳴らされる。
「なんだ……?」
赤石は扉のドアスコープから、外を覗いた。
「……赤石様」
ドアの前では、スーツを着用した美形の女が、落ち着きのない様子でいた。
すらりと長身で、後ろでまとめた髪が、女の美しい容姿を際立たせ、ことさらに強調している。
「那須さん……?」
那須真由美その人が、赤石の扉の前で落ち着きなくソワソワとしていた。
赤石は扉をガチャ、と開ける。
「お久しぶりで――」
「おそようございます。突然ですが、本日お嬢様が旅立たれます。早く準備を」
「え、え、え?」
「入ります」
「ど、どうぞ」
那須は赤石の玄関に立ち入った。
「赤石様、早くご準備を。お嬢様が旅立たれてしまいます」
「旅立つって、一体? っていうか、なんでこんな朝早くに」
「説明をしている時間がありません。早くご用意を」
「何の……?」
「服です」
那須はギロ、と寝巻姿の赤石の姿を見る。
「脱いでください、お坊っちゃん。時間が差し迫っています」
那須が白い手袋をグイ、と引っ張る。
「着替えないといけない感じですか?」
「いち早く。今すぐ、ここで、ジャストナウ」
「ここでは無理でしょ」
「私は気にしませんので」
「俺が気にするんで」
赤石はズボンを取りに、別の部屋へ入った。
「もっと時間に余裕持って行動できないですか?」
「早くしてください」
服を着替え、カバンに貴重品をポイポイと入れる。
「赤石様、まだですか?」
那須が玄関から赤石を呼ぶ。
「最速です。これ以上早くしたら多分時間巻き戻ると思います」
「おたわむれはよしてください」
赤石は寝ぼけまなこで寝癖も直さないまま、軽く口内を洗い、玄関までやって来た。
「お嬢様が旅立たれてしまいます。今すぐ行きましょう」
「意味分からないんですが」
寝起き間もなく、意味も分からないまま赤石は那須に連れられ、部屋から出た。
旅立つ、という那須の言い回しに不安を感じながら、赤石は家に鍵をかけた。




